第11話 形づくる 前編 3/3

 真っ白な空間が広がる。そこには、地井や紬、間宮さん、動く人形を持っていた子供、村雨さんの奥さんが整然と並んで眠っていた。ここが、ゼツさんの心の中。


「正確ではないね。僕と人形の心の中だよ」

 俺の後ろに若い男性が立っていた。端正な顔立ちで姿勢もよく、背は俺と変わらないか少し低いくらいだが、存在感は遥かに大きく思えた。彼は説明を続ける。


「人形にも心はある。でも自分の形を持てるほどの自我はないんだ。だから、本人がいないでしょ? でも、存在する限りは周囲の願いを叶えようとする」

「あなたがゼツさん、ですね」

「そうだよ。僕がゼツ。八白が世話になった……っていうか、八白が世話してた子、ってことか」


「ゼツさんも心が読めるんですね」

「まぁね。君は、まだぜんぜんかけ出しって感じだけど……すごい度胸だね。ここに飛び込んでくるなんて」

「八白さんの札を信頼してたので」


 隠遁術の札だけではない。臭気を避けるために身体に貼っておいた結界札も、こうしてゼツの――ゼツと人形の心に入るために使った読心術の札も、すべて八白が書いた“お手本”の札だ。

「八白が札をねぇ。ちまちましたこと嫌いだったのに」

「あ、そうなんですか?」

「そうそう」


 ゼツは少し嬉しそうに話している。だが、唐突に顔を引き締めて俺に問いかけてきた。

「っていうか、君、冷静すぎない? 知ってる人の魂が寝かされてるのに。いいの? 世間話みたいなことしてて」

「ええ、大丈夫です。だって、保護していてくれたんですよね?」

「へぇ。結構、よくわかってる系じゃん」


 ゼツの話し方は、ずいぶんと現代的だ。

「いや、君に合わせてるんだよ?」

「心や記憶を読んで、ですか?」

「そういうこと。時代がかった言い回ししてもわかりにくいでしょ?」

「そうですね。助かります」


 俺は本題に入る。

「結界の外のこと、わかってますよね?」

「うん。結界の外に出た人形の一部が、八白の執着と合わさって何かになったのはわかったよ」

「でも、ここから動けなかった」

「そういうこと。で、“残り香”か。いい名前をつけたね」

「どうも」

 唐突に褒められて、少し恐縮する。


 ゼツはそんなことは気にせずに言う。

「とりあえず、座ろうよ」

「そうですね」


 俺がゼツに向かい合って座ると、ゼツはグイっと身体を前のめりにして話し始めた。

「その残り香ちゃんは、誰かの周りをただよいながら、その人を幸せにしようとしてた」

「その誰かってのは、俺のことです」

「そうみたいだね。八白がこんなに大切に思える人に出会えたんだから、僕も嬉しいよ」


 ゼツは、本当に嬉しそうに笑った。

「でも、幸せにする方法がおかしかったんだ。人形の一部だから、しかたないのかもね」

「俺が、俺を頼る人を救ったときに幸せになると考えて……」

「君を頼る気持ちが強い人を、幸せな眠りにいざなった」


 ゼツは続ける。

「そのとき抜かれた魂が失われないように、僕がここにかくまっていた。だから、君が言ってたように“保護していた”って訳だ。よくわかったね」

「ゼツさんの心に入ったときにわかりました。危害を加えるつもりはないって」

「へぇ? 心が読めるわけじゃないのに? なんでわかったの?」

「俺のこと、弾き出そうとしないじゃないですか」


「それもそうだね」

 と言って、ゼツはケラケラと笑った。よく笑う人だ。だが、また唐突に真剣な顔に戻る。あまりの変わりように俺はいちいち驚かされている。

「でも、それって危険な賭けじゃない?」

「いえ、ゼツさんがどんな人かは八白から聞いてたんで」

「褒めてた?」

「ベタ褒めでした」


 ゼツはガッツポーズをした後、真剣な顔に戻って語った。

「人形ちゃんがどうにかできたら、この人たちを解放できる。でも、人形ちゃんだけをどうにかしても、残り香ちゃんが動き続けていたら意味がない。残り香ちゃんを止めるには八白が万全の状態にならないといけない。でも八白が封印を止めれば、人形ちゃんが暴れ出す。そして、俺は八白も人形ちゃんも、どっちも死なせたくなかった」

「八方ふさがりですね」

「でも、君が来て状況が変わった」

「はい。そのために来ました」


 ゼツはまた満面の笑みを浮かべる。

「カッコいいこと言うねぇ」

「……そういう風に言われるとちょっと恥ずかしいです」

「まぁ、実際カッコいいことしたよ。惚れた女助けたんだから」

「惚れ!?」


 ゼツは声を出さずに「え? 違うの」と口を動かす。なんだ、そのわざとらしい動きは。

「ちが……いません。好きです」

「だよねぇ! よかったぁ。八白が失恋しちゃうかと思って心配したわぁ」

「え?」

「え?」

「いや、失恋? って八白が?」

「おっと、こいつは察しが悪い系主人公かぁ?」

「あの、ゼツさん……ふざけてます?」

「いや、それ、こっちのセリフだし。あんだけのことしておいて、なんで自覚がないのよ? お前、八白のこと完全に攻略済みだからな?」


「攻略って……何かしました? 俺?」

「おっとぉ? おっとっとぉ?」

「何ですか!?」

「そういうの、マジで嫌われるからね?」

「何の話ですか!?」

「“俺、何かしちゃいました?”じゃねぇーよ。何から何までしちゃってんだよー、もうさー。あーもう知らねぇよ。とっとと付きあちゃえよメンドクセェなぁ!」


 何なんだこの人。

「いや、何なんだはこっちのセリフだし」

「もういいです。とにかく……両想いなんですね。それならそれでいいです」

 疲れる人だ。俺の記憶から読み取った“現代風の話し方”というのは、間宮さんと香取を中心に構築されている気がする。


 ゼツはまた真剣な顔に戻って話し始める。

「とにかく、だ。今、人形は八白の封印から解き放たれているが、執着の対象であった君が目の前にいることと、君が心の中に入ってきたことで動きを止めている」

「そうなんですか」

「あ、そこは計算してなかったのね。もしかして、僕と話さえできれば何とかしてもらえるとか考えてたの?」

「そういう訳じゃないんですけど……」


 勢いに押されてしまったが、こっちも考えがあってしたことだ。

「ゼツさんが初めに人形と対峙した時も、心に入ったんじゃないですか?」

「うん。そうだよ」

「それで心の中で、人形自身の願いを満たして成仏させようとした」

「そこはちょっと違う。僕が消したかったのは“神”としての人形だけだ」

「でも、人形の中に願いなんてなかった」

「そこは、正解」


 ゼツはうつむいて言った。

「……そうなんだ。人形は、望まれるままに願いを叶えようとするだけ。自分の願いなんてなかった」

「それでも、人形を見捨てられずに、自分の精神ごと封印した」

「そうだねぇ。結果的にはそうなっちゃった」


 ゼツは八白以上の術の使い手だったはずだ。なぜ、安全に外から封印する方法や、もっと簡単であったと思われる人形を破壊する――怪異をほふる方法を選ばなかったのか。

「人形に――祠の一族の娘に、同情したんですか?」

「同情……とは違うかな」


 ゼツは少し考えてから答えた。

「憧れたんだ」

「人形に?」

「うん。そこまでして望まれる存在に、憧れた」

「でも、何人も殺して作られた呪物ですよ」

「そうだね。ほんと、修験者失格だよ」


 ゼツは心底悲しそうに言った。

「君が来てくれなかったら、俺は人形を殺さなきゃいけなくなっていた。そうしないと、八白が苦しみ続けることになるし、この時代の何人もの人が巻き添えを食う……だから、僕が何百年もかけて語り合って、教えて、人間と一緒に生きていけるように……そういう者にしようとしていた人形を諦めなければならなかった」

「なぜ、そこまでして……」

「僕はね。結構、器用なんだ。何でもできた。何でも。最初はたくさん褒めてもらえた。でも、ね。できて当たり前だと思われるようになった。だからもっと頑張った。そしたら、今度は怖がられた。術を教えてくれた師匠よりも、ずっと上手くなっていたからね」


 そこまで言って、ゼツは一度息を止めた。短い沈黙の後、吐き捨てるように言った。

「だから、僕はずっと壊れていた」



形づくる 前編  終

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