第1話 集める 2/3
高校の廊下での気迫とはまるで違う“怒っているんだぞ”とアピールするような、芝居がかった怒りだ。俺もそれ合わせて、仰々しく頭を下げた。
「この度は、誠に申し訳ございませんでした」
一呼吸置く。頭を上げ、お詫びの品――お稲荷さんのパックを両手で差し出す。
「
「おっしゃる通りです」
「もう良いわい。芝居臭い言い回しは止めとくれ」
「そうします。俺も疲れるんで」
八白はお稲荷さんを受け取ると石段を登っていく。俺はその後ろについて歩く。
「少しは反省せい。儂は、お前がこの手の出来事に首を突っ込むことには諦めがついておる。儂としても人の欲望について、深く広く知りたいしの。じゃが、それは信頼と言う種類の物ではない。お互いの得のためじゃ」
「名前を教えたのも、得のためですか?」
「そうじゃ。儂の名は、儂がそう在ろうと決めた名じゃ。故にその名で呼べば、儂はそこに在ることができる」
「意味がよく分かりません」
「助けてほしい時は名を呼べ。と言うだけの話じゃ。どこに居ても、場所が分かる。死にそうなら助けてやる」
八白が名前を隠す理由が何となく分かった。名を隠すのは、人間で言えばスマートフォンの番号をみだりに教えないのと同じようなことらしい。
「名前を教えて貰った時に“誰にも言うな”って言われたきりだから、そんな意味があるとは知りませんでした」
「お前に死なれて、小間使いが居なくなるのは困るでな」
「得のため、ですか」
「ああ、お互いのな」
八白は昔からこうだ。人間を知りたがるくせに、人間と交わろうとしない。どこか、壁がある。八白は、それが人間を守るために必要なことだと言うが、俺にはその壁が酷く冷たい物に思える。この壁の存在が、俺が八白に執着する理由の一つに違いない。
しかし俺は、この壁をどうしたいのだろう。壊したいのか、乗り越えたいのか、中を覗きたいだけなのか、あるいは、作られた理由を知りたいのか。自分の執着の正体がどこにあるのかは、自分にも見えづらいらしい。
◆
いつもの居間に着くと、俺は報告の準備を始めた。カバンから資料を出して、八白に渡す。表紙をめくり収集物について得られた情報を順に話していく。
「収集物は先週から増えていません。文房具12点、メモを書いた紙4点、ハンカチ2点です。まず、文房具についてですが持ち主、文房具の種類、メーカーもバラバラ。共通点はこの時点では見つけられませんでした」
資料を見ながら、八白が呆れと驚き半々に言った。
「お前、ビビるくらいマメじゃの」
「どうも。……手がかりは4点の消えたメモでした。聞き出すのに苦労したんですが、すべて手紙でした。机に入れていた書きかけの物が消えて……」
「恋文か?」
八白が俺の説明を遮って結論を言った。
「よく分かりましたね」
「騒ぎが起きて、無くなった物を聞かれた時に“メモ”と言い換える“手紙”なんぞ、そんな所じゃろうよ」
「色恋沙汰と無縁っぽいのに」
「失礼じゃな。引きずり倒し回してやろうか?」
「どんな状態ですか、それ」
「説明が終わったら体験させてやろう」
俺はそれを丁重にお断りして、話を続けた。
「そのラブレター、全て同じ生徒に宛てた物でした。相手の名前は“木村
「お前、よく聞き出せたな」
「俺が聞いた訳じゃなく、地井からの情報です。女同士、話を聞きやすかったんでしょう。ちなみに、地井はハンカチを収集されていて、それでトンチンカンも生霊を探してます」
「ああ、教室で話した三人組か」
「ええ、地井は“チン”担当の女生徒です。覚えてます?」
「やたらと頭を撫でまわしてきた女じゃな。あやつ、距離の取り方を
紬は小学五年生になる俺の妹だ。八白とは同年代の友達のように接している。八白が言うには“誰とも強くぶつからずに済む距離感をつかむ、天賦の才がある”そうだ。実際、紬には友だちが多く、トラブルは少ない。
「まぁ、機会があれば勧めておきます。それで、木村亮を軸に調べ直したら収集物の共通点が見つかりました。まず、木村本人の物は、文房具3点とハンカチ1点が収集されています。そして、木村が友人から文房具を借りて、返した後に収集された物が2点。残り7点も全て、木村が一回以上触れています」
「持ち主はバラバラでも、同じ者が触れていた訳か」
「一回借りただけの物や、クラス全員が使い回したボールペンも対象になっていたせいで、共通点が分かりにくくなっていたんです」
「“チン”のハンカチは?」
「落としたハンカチを木村に拾ってもらったそうです」
「見境なしじゃな」
状況を整理すると、木村の私物、触れた物が収集されていた。そして、木村宛てに出される予定だったラブレターが消えている。と、なれば想像される生霊の出所は、絞り込める。
「恋愛絡みでしょうか」
「分からん……じゃが、生霊は木村に強い執着を持っているはずじゃな。生霊の出所は近しい者に絞って良いじゃろ」
「少なくとも、木村が何に触ったかが分かる人間ですね」
「まだハッキリしないんじゃが……次は、儂が調べておいたことを聞け」
八白もこの一週間、事件を調べていたようだ。まだ釈然としていない様子で、八白は自分の頭を整理しながら話している。
「儂が“学校中が臭う”と言っておったのは覚えておるか?」
「“教室だけは少し濃い”とも言ってましたね」
「あの臭いが恋慕から来るものなら、こうはならないはずなんじゃ。個人への執着なら、それこそ点と点を結ぶようにハッキリとした臭いになる」
「学校全体への執着がある、と言う事ですか?」
「それについてじゃが、儂は学校の外で同じ臭いがする場所を探しておった」
生霊の情念が臭いとして分かる八白なら、警察犬が犯人の臭いを追うように出所を調べられる。この一週間、八白は捜索範囲を地道に広げていた。しかし、そこで何かを見つけた訳ではないらしい。
「結果から言うんじゃが、
「臭いだけに?」
「しょうもないことを言うと、はたき落とすぞ」
「俺は地に足がついてます」
「浮いとるわ、風船頭め。で、
「恋愛が動機じゃないのかも?」
「うむ。執着が特定の生徒に向いているなら、帰路や自宅にも臭いがあるはずじゃ。学校を出た瞬間に消えはせん」
「学校限定ですか。よく分からない執着ですね」
「儂もよく分からん。そこで、明日また学校に連れていけ」
「日曜日ですけど、門が開いてるかな……」
「開いてなければ柵を越えれば良いじゃろ」
「無茶言ってくれますね」
「今日まで詫びに来なかったお前が悪い」
仕方ないか、と俺がうなだれた所で報告会は終了……と、思っていたら八白が素朴とも言える質問を投げかけてきた。
「そういえば、今時はメールやら何やらあるんじゃろ? なんで恋文なんじゃ?」
「珍しいかららしいです。特別なイメージがあるから、メールやチャットより良いって。クラスの担任が学生時代の話をしたことがあって、それが切ないだか何だかでしばらく話題になったんです。その後、ラブレターが“古くて新しい”とかで女子の間で流行ったそうです。まぁ、これも地井に聞いた話ですけど」
「ふーむ。流行り廃りとは、そういうもんかの」
八白は妙に引っかかる顔をして黙ってしまった。俺は、それをどうすることもせずに自宅に帰った。明日の不法侵入の準備をしなければならない。準備を整えながら、次に怒らせた時は翌日の予定を確認してから謝りに行こうと思った。
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