第9話 見つける 3/3
「すごくやばい霊……いや、呪いみたいなものがあって、それがあのトンネルで幻覚を見せてる」
「なにそれ?」
今一つ伝わらない。かと言って、一から十まで説明するには心霊スポットの話としては壮大過ぎて、これまた伝わらないだろう。俺の先祖の話までするのも嫌だ。俺は肝心な所は隠して、性質だけ説明することにした。
トンネルから離れたあとは、札に異常は見られない。追われてはいないようだし、全て説明するよりも適度にごまかした方がいいだろう。少し説明に時間がかかったとしても今、この場で納得してもらって二度とあのトンネルには行かないように仕向けたかった。
「相手が望む姿を見せて……それを餌にしておびき寄せた人間に憑りつくようなやつがいる」
「え、怖っ」
「お前らが三人で行った時は、幽霊を探しに行ってた訳だからお前らがイメージする“作業員”の姿になった」
「それじゃ逃げられちゃうのにね」
「そういうのもお構いなしなんだよ。霊ってより呪い。そういう装置……即死トラップだと思った方が分かりやすいかな」
「へー……」
わかってもらえたのか、まだ不安だ。
「他の二人にも伝えといてくれ。偶然、たまたまトンネルに居ただけのやつだけど、ほんとに危ないから」
「噂話とぜんぜん関係ないヤベェやつがいるとか、空気読まな過ぎでしょ」
「とにかく、もうあそこには行くなよ」
「行かないよ。即死トラップでしょ」
とりあえず、重要なことは伝えられたようだ。
「そうだ、地井。札は大丈夫か?」
「え? あー、うん。大丈夫。破けたりしてないよ」
「よかった」
「守ってくれてありがとね。逃がそうとしてくれたし」
「いや、俺も助けられたから。お互い様ってことで」
「ふーん。ねぇ、このお札貰っていい?」
「ああ、お守りと一緒に持っていてくれ。念のためってことで」
「ありがと。大事にするよ」
地井はニヤニヤしている。オカルト好きとしては嬉しいアイテムなのだろう。終始ドタバタとしていたが、どうにか目的を果たした俺と地井は帰路についた。
◆
家に帰るまで、ずっと自分に何が起きたのかを考えていた。八白についての記憶がなくなっていた。封印されていたという方が、おそらく正しい。そんなことをする必要があり、実行できるのは八白本人だけだろう。
八白は、おそらく人形と決着をつけるために行動している。だから、俺を遠ざけておくためにこんな面倒なことをしたのだと思う。今日の件で人形がまだ動いていることもわかった。つまり、今も八白の行動は続いているのだろう。
八白は、最悪の結果も想定しているはずだ。最後にあった日、札作りをした日の様子を思い出す。昔を懐かしむような顔。強引に家に泊めたこと。突然、風呂に入ってきたこと。全部、これで最後になるかも知れないと思ってのことなら、納得できる。
家に帰った俺はすぐに札入れをひっくり返す。八白が俺の想像通りに行動しているなら、必ず俺に向けて何かを残しているはずだ。思った通り、バラバラと落ちる札と一緒に折りたたまれた紙が出てきた。
八白の家で寝たはずの俺が、気が付いたら自分の部屋にいた。俺の記憶が封じられたのはその時だろう。その前後で、俺の周りに増えた異物。違和感なく当たり前に家にあった物は、この札入れだけだ。
八白は、もし首尾よく帰って来られたなら「済んだことだ」と言って笑って流すだろう。だがもし、帰って来られなかったとしたら――それでも封印だけはやり遂げるはずだ。そうなれば、封印を引き継いで守る者が必要になる。
俺にその役が務まるとは思えないが、伝書鳩くらいの役はこなせる。八白が力及ばず倒れたときのため、俺に「次の行動」を伝えるはずだ。だから、八白が俺に渡した物のどこかに八白の言葉が隠されていると考えた。
手紙を開く。中には、ごく短い言葉が、ぽつんと書かれていた。
「
結へ
忘れろ
」
頭に殴られたような衝撃が走った。もう一度、記憶が飛びそうになりながら、俺は手紙を握りつぶした。
「忘れろ」
手紙の内容を口に出す。その通りにすることが、俺の身を守るために最適だと言いたいのだろう。それは、きっと正しい。
ずっと感じていた、八白の中の冷たい壁は、もうすっかりなくなったと思っていた。少なくとも俺に対してだけは、取り払われたつもりでいた。しかし、結局は蚊帳の外だった。
「ふざけるな」
口をついて言葉が出る。全ては俺を守るため。危険から遠ざけるため。今まで通りだ。何一つ変わっていない八白の動機。それが俺には、何より悔しい。
八白に関わり続けるためにしてきたことは、それなりにあって、それでもまだ彼女の足元にも届いていないことも分かっている。数日修行して届く訳がない。それでも、伝言も預けられないほど、数に入らないとは思っていなかった。
衝動的に家を飛び出して、何度も通った道を走る。この角を曲がれば山が見える。そのまま真っ直ぐ進めば細い山道がある。その先には長い石段がある。石段を登り、鳥居をくぐれば社がある。
全て思い出せる。それなのに、山に近づけない。気が付けば家の前に戻されている。以前、八白が使った結界だろうか。いや、あれは自分の意志で入ろうしなくなる物だったはずだ。俺が山に近づけないのは、より強力な、入ろうとする意志を持った者もはじき返す結界だ。
自分の力不足をあらためて見せつけられる。膝の力が抜けて、その場に座り込む。守られた、という気持ちよりも蚊帳の外に追い出された、という気持ちの方が強い。なら、どうにかして飛び込んでみるか? と考えても、飛び込む方法もなく、あったとしても飛び込んだあとで俺にできることなど何もない。
そうだ。できることが何もない。ただひたすら、無力だ。
ふいに、八白の中に感じていた冷たい壁の正体がわかった気がした。あれは、八白自身を閉じ込めるためのものだ。壁の中には八白しかいない。自分とそれ以外を切り離して、自分以外を守るために何百年もかけて作られた壁だ。
その壁と山に張られた結界を重ねる。俺は、分厚い壁の外側にいて、壁に触れることさえ許されない。もしかしたら……その壁の向こうに行けたのはゼツだけだったのかもしれない。あるいは、ゼツだけは始めから――壁が作られる前から内側にいたのかもしれない。
「“知ったとしても、同じ場所に立てる訳じゃない”……か」
いつか言われた言葉を思い出す。あのとき俺は“同じ場所に立てなくても、同じ方向が見たい”と言い返した。けれど、それは間違っていた気がする。考えをまとめようとしても、頭がぐちゃぐちゃになっている。何がいけなかったのか、自問が止まらない。
◆
「ああ、前にもこんな風になったな」
考え続けて何分座り込んでいたかわからないが、唐突に坂本が死んだときのことを思い出した。こんな混乱も“一度経験している”“自分は立ち直れる”と思えば、心も頭も落ち着いてきた。これも成長なのか、などと思うと複雑な心境だ。
俺は、今回はまだ失敗していない。だから、これからどうするかを考えなければならない。俺は自分が何をしたいのかを考えるべきだ。
当たり前のように、真っ先に八白のことが思い浮かぶ。俺が見たいと願っていたものは八白であって、八白が何を見ているのかを俺は考えていなかった。山に目をやる。八白の中にある壁と、山に張られた結界をもう一度重ねてみる。
八白の中にある壁をどうしたいのか、その自問への答えがようやく見えた気がした。
俺は、壁なんて見ていなかった。寒さに凍えながら逃げ回る八白を見て、冷たい壁があると思っていただけだ。だから壁なんてどうでもいい。八白の肩を抱きしめたかっただけなんだ。
冷たい壁の内側がどれほど寒いのかを、俺は想像できない。壁の中に入れない人間に、壁の中の苦痛はわからない。それでも俺は、八白を独りにしたくなかった。それは俺自身が独りにならないためのエゴかもしれないけれど、そうだとしても構わない。
ゆっくりと脚に力を入れる。
「忘れませんよ。八白さん。俺はできることをします」
静かに呟いてから、俺は家に戻った。
俺は、壁を無視する。どこにいても八白を支えよう。
八白を独りにしないこと。それが、俺がしたかったことのはずだから。
見つける 終
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