第5話 代わる 2/3

 祠の一族の家に招かれたゼツと八白は、家長に会わせてもらえないか聞いた。だが、家長はずっと部屋にこもっていて誰にも会おうとしないという。そこで、八白は屋敷の中を調べ回った。八白なら人に気づかれずに探索できる。


「学校でも使った認識を変える術、ですか?」

「そうじゃな。理屈は同じじゃ。儂を見かけても、違和感を覚えないから誰も騒がない」

「でも、その術って人間にしか利かないんですよね?」

「うむ。そこは抜かりない」


 八白の術を使っても屋敷に人ならざる者がいた場合は、効果がない可能性がある。ゼツもそのことを理解していて、いざと言う時に備えて逃げ出す準備を整えていたそうだ。だから、屋敷内で別行動を開始する前に、合流場所は山の中にすると決めていた。


 この段取りを決めたのはゼツであり、その手際の良さと状況判断能力の高さを惚気混じりに語られたのだが、それは割愛する。


 ゼツが屋敷の人間相手に情報を集めている間、八白は探索を開始した。八白が屋敷を探し始めてすぐに家長が屋敷にいないことがわかった。八白は屋敷内を歩きながら臭いを追って家長の居場所を探そうとしたが、見つけることはできなかったそうだ。


「家長が長い間、家に戻っておらんかったんじゃろう。臭いが酷く薄くなっておった。それに加えて、もう一つ別の理由もあった」

「どういうことですか?」

「別の臭いのせいで、家長の臭いが嗅ぎ分けられなかったのじゃ」

「臭いって他の人間の情念……ってことですか?」

「いや……もっと、強烈な悪臭が屋敷を満たしておった」


 八白はその悪臭を“死の臭い”と表現した。屋敷には、大量の死の臭いが淀んでいたそうだ。そして、そんな臭いは以前訪れた時――七歳の娘が病床に伏せ、無くなった時にはなかった。八白は神様の噂と臭いの間に何かの関係があると踏んで、悪臭の原因を探すことにした。


 前に学校で生霊の臭いを追った時にも八白が言っていたが、空間全体に臭いが染みついていると出所を探すのが難しいらしい。そのときの屋敷も似たような状況で、死の臭いが濃い方向を曖昧にたどることしかできなかった。


 ただ、その臭いが山の中へ続いていたので、祠に何かあるかも知れないと思ったそうだ。ゼツと合流するついでもあるので、八白はそのまま山に入った。そして、臭いの先にあったのは、予想した通り例の一族が管理している祠だった。


 祠の近くまで行くと、そこにはいくつかの墓が作られていた。村の住人の墓ではないことは、表から隠された場所に作れていたことから明らかだった。そして八白は、一つに墓に何人かがまとめて押し込まれていることを、臭いの濃さから看破したそうだ。


「土葬で……ですか?」

「そうじゃ」

「確かに異常ですね。流行り病とかで数人が一度に亡くなったとか?」

「数人が一度に殺された、が正解じゃ」

「え?」

「噂を流して旅人を集めて、金目の物を持っている者を襲って、財を奪い取っていたんじゃよ」


 八白は苦々しい顔で言った。確かに思い出すだけでも不愉快になりそうな話だ。さらに状況を考えれば、その時の八白とゼツも狙われていたかも知れなかった訳だし、不快にもなるだろう。八白は目をつむり、表情を戻してから続きを話す。


 山の中でゼツと合流した八白は、祠裏の墓とその中身から推測した内容を話した。ゼツの方も祠の一族の屋敷を抜け出した後、周辺の家を見て回り同じ推測をしていた。村全体の金回りが良くなっていて、盗品の売りさばくために行商を始めた者もいたそうだ。村の外との交流がほぼなかった以前と比べると、異様なほどの変わりようだったという。


 二人は一族の凶行を止めようとした。そして、行方の分からない祠の一族の家長を探すことにした。旅人からの略奪と死体の処理は、一族の協力で行われたことだろうから、その指揮を取ったのは家長であるはずだ。今では村ぐるみの犯行にまで発展しているのは間違いないが、中心となった家長さえどうにかすれば、残りは保身に走り犯行を止めるだろうと考えたそうだ。


 家長が屋敷にいないことは確かだし、ゼツが見て回ったときには村にそれらしき影は無かった。残る場所は祠がある洞窟だけである。二人は身を隠しながら洞窟に近づいた。近づくにつれて、山肌に開いた暗い口から異様な気配が漏れ出していることに気が付いた。


「その時、ゼツが気づいたことじゃが、殺した旅人を使って呪物を作っておったようでの」

「とんでもない話ですね」

「呪物は洞窟内に収められて、願掛けに来た者にご利益を与えていたのかも知れんの。その方が神様の噂はよく広まったじゃろうから」

「その噂で集まった人の中から、また何人かは金品を奪われて殺されていた、と」

「その分、呪物の効力も強まる。上手い商売じゃな」

「不味いでしょ」

 八白は苦笑する。


 気分が悪くなってきたが、俺は続きを促した。

「それで家長と、その呪物と一緒に洞窟にいたんですか?」

「うむ。中に籠って、ずっとアレを作っておったようじゃ」

「人形……ですか?」

「そう。人形じゃ。亡くした娘の、な」

「死体で作った人形ってことですか?娘の?」

「いやいや、人を材料にした訳じゃないさ。安っぽい言い方をするなら、呪いの儀式とでも言おうかの。その道具として、恨みを抱えた旅人たちの死体が使われたんじゃ。金や物を奪っていたのは、そのついでだったのかもしれんの」

「人の死体を使った呪術って、ちょっと聞いてて気分が……」

「ちょっと休憩するかの?」

「お願いします」


 俺はいよいよ吐き気がしてきた。願いを叶える神の噂を流して人を集め、来客を殺して持ち物を盗み、挙げ句その死体を呪詛の道具にして、娘の代用品を作ろうとした。そして出来上がった物が、俺が聞いた声の主――人形だと言うのだ。


「儂としては、今の話で“死体で人形を作る”などと発想するお前の方が怖いがの」

「ほんとに気分悪いんで、今は追い打ちかけないでください」


 俺は天井を見上げて息を整える。目をつぶって自分の呼吸音を聞く。少しして、うなだれる。あまり、リアルに想像しないように気を付けながら、それでもいつもの癖だろうか、状況を整理しようとしてしまう。自家中毒のような状態になっている俺を見かねたのか、八白が声をかけてきた。


「……のう? 儂が何故こんなに長々と前置きをしたのか、理由が分かるかの?」

「いえ……ゼツさんを自慢するためですか?」

「阿呆。そういうことじゃないわい」

「なら、酔いに任せて昔話を楽しんでいるとか?」

「いい加減真面目に聞かんと、押し千切り倒すぞ」

「その謎の複合動詞、寝室で言われるとちょっと卑猥ですね」

「よし、引き千切るだけにしておいてやる」

「すみませんでした」

「儂がこんな話をしとるのは、お前がこれからどうするか、覚悟して決めてもらいたいからじゃ」


 八白は唐突に真剣な顔をして言った。怒った時にしか出さないと思っていた、怪異へのおそれを駆り立てるような重厚な声だ。

「今、理由は分からんが“人形”が動き始めておる。人形は、ゼツが……その命を犠牲にして封じ込めた存在じゃ」


 俺は吐き気を忘れて、ハッと顔を上げた。八白と目が合う。その目は、少しだけ潤んでいるように見えた。八白は続ける。

「数百年前に封じられたはずの呪物が動き出し、周囲に影響を与えておる。ただの人間が生霊を飛ばし、少年の念が物を浮かし、馬鹿な男はいつの間にか呪詛の方法を知り、子供の人形が動き出した……今、この街で起きておること……そして、これから起きるであろうことには、興味本位で首を突っ込むべきではない」

八白は目を逸らさない。俺も目を逸らさず、聞く。八白が俺に問う。

「お前はこれから、どうする?」


 俺が不可思議な事件に首を突っ込む理由は――何度も考えたことだが、八白への執着だ。だから、死体の山を想像して吐き気にあえいでいるのに、それでもなお八白の昔話を聞きたいと思っている。だけど、はたしてそれは覚悟と言えるのか。


 ゼツと言う修験者は“人形”と対峙して、命を落としたという。八白の、恐らく大切な人。では俺は、八白にとっての何なんだ? 小間使いか? 神谷家の長男か? 友人か? 弟子か? 取るに足らない何か……なのか?


 八白の目が潤んでいたことを思い出す。八白の涙は誰のために流れたのか?そんな自問に、答えが出る訳がない。だから俺は、八白の目を見ながら言う。言わなければいけないと思ったから。絞り出すように出た声はあまりにか細く、自分のものではないように聞こえた。


「話の続きを、聞かせてください」


 八白は、“覚悟して、決めて欲しい”と言った。でも、俺は覚悟などできていない。できていなから、続きを聞こうとしている。これは時間稼ぎだ。首を突っ込むという愚考を続けるために、すがりつくようにかけた“待った”なのだ。


 ――そして、当然、こんな心境も八白には見透かされている。それも、わかっている。

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