第2話 別れる 1/3

 山の社に併設された小さな家の居間――八白やしろと話す時のお決まりの場所で、俺は八白に不躾な質問を投げつけた。本題は別にあるのだが、前座として気になっていたことを聞いてみたのだ。

「何故、ケモ耳もケモ尻尾も出さないんですか?」

「なんじゃ、藪から棒に。転がし潰すぞ?」

「どんな状態ですか、それ」

「すぐ体験させてやる」


 八白は長い黒髪が特徴的な少女の姿をしている。八白は狐仙こせんという狐の怪異なのだが、その姿はどう見ても小学生で狐要素は見当たらない。

「転がし潰すのは置いといて、狐っぽさが全然無いから気になりまして」

「転がし潰し体験会の前に答えてやるが、儂は修行の末に獣としてのさがを克服して狐仙――人間で言えば仙人になったんじゃ。獣の耳や尻尾が残っている姿は、儂にとっては修行中の姿じゃから、わざわざ見せる気はない」


 修行で人間より上位の存在になった仙人ように、八白は狐を越えた狐らしい。だから、狐要素をアピールすることはないと言うことか。

「体験会は遠慮します。ってこんなやり取り、前もしましたね。それなら“怪異”ってくくりで話すのも適切じゃないんですか?」

「“前も”も何も、お前が懲りんからじゃろ。括りは好きにせい。どう括られようと儂は儂じゃ。要は、儂にとって“耳と尻尾を見せろ”とは、お前が“ランドセルを背負え”と言われるようなもんじゃ」

「八白さんは似合いそうですよね。ランドセル」

「さて、ぼちぼち体験会じゃな」


 見た目は小学生だが八白の力は人間が太刀打ちできないほど強い。その怪力が込められた小さな手が、今、俺の頭を鷲掴みにしている。

「ちょっと待ってくださいたい痛い! 今日はつむぎの頼みで! 調べて欲しいたいことがあってきたい痛い!」

「ほう、紬が頼みごとか。珍しいの」


 紬は俺の妹で、こちらは正真正銘の小学生。紬は同年代の友だちのように八白と接していて、俺よりも友好的な関係を築いている。友好的と言っても、俺の見立てでは八白の態度は“孫を甘やかす祖母”なのだが。現に、紬の名を出した瞬間、俺の頭は小さな万力から解放された。実は、これは狙い通り。前座の質問も、紬の名前を出せる用事だからこその無礼だった。


「で、どんな話じゃ?」

「友だちがポルターガイストを見たそうです」

「ふむ、物が勝手に動く奴じゃったかの」

「ええ、友だちから家でそういうことが起きたと相談をされたようで、不思議な出来事に首を突っ込み慣れている兄を頼ってきた訳です」

「で、その頼りない兄は儂を頼ってきた訳じゃな」

「そういうことです」


 そこまで聞くと、八白は腕を組んで悩み始めた。その表情から、俺は八白の思考を推し量る。恐らく“紬の頼みを聞きたい気持ち”と“人の情念に関係なさそうな事象に興味が湧かない自分”の狭間で悩んでいるのだろう。そこで俺は、そのジレンマを解消できそうな情報を伝える。


「一説によると、ポルターガイストは思春期の子供が居る家でよく起きるそうで、抑圧された子供の感情が引き起こす現象とも言われているそうです」

「ほう?」

「現実の物体を動かすほどの“感情”ってどんなものか。興味が湧きませんか?」


 八白の顔に好奇の色が滲んだ。俺はすぐに、八白がいつ動くつもりか聞く。

「出来るだけ早く、じゃ」



「え? シロさんも手伝ってくれるの?」

「ああ、や……シロも友だちの助けになりたいって」

「なら安心だね。だってシロちゃんって凄い狐さんなんでしょ?」


 俺は帰宅後、夕食を取りながら八白と共にポルターガイストの調査を始めることを紬に伝えた。紬も――と言うか神谷家の人間は、八白が人でないことは言い伝えられている。ただ、名前はあくまでも“シロ”としか知らされていない。


「シロもこういうことに詳しいから、きっとすぐ解決できるよ」

「うん。ありがと」

「それで、その友だちの家に行きたいから連絡してもらえるか?できるだけ早く」

 紬は頷いて、すぐにスマホをいじり始めた。


 一緒に夕食を食べる母は、俺と紬のやり取りに何も言わない。父はまだ仕事中だが、俺が何をしているか知らないだろうし、興味もないかも知れない。両親は共働きで忙しいせいか、俺が社に入り浸ることや、この手の出来事に関わることについては放任している。


 数分して、紬のスマホが鳴った。

「“いつでも大丈夫だから、早く来てほしい”だって」

「分かった、それなら明日の昼過ぎに行くって伝えておいてくれ」


 そんな訳で、とんとん拍子で予定が決まった。俺は夕食後に社に戻り、八白に明日の予定を伝えた。伝書鳩のように行ったり来たりした次の日、俺と社はポルターガイストが起きた家の前で待ち合わせた。


 俺は時間より前に到着してしまい、見知らぬ一軒家の前でしばらく時間を潰すことになった。不審者扱いされないかヒヤヒヤしていると、八白が予定の時間ピッタリに現れた。

「今日は巫女服なんですね」

「見た目の箔が必要そうじゃったんでな。さ、行くぞ」


 呼び鈴を鳴らし用件を伝えると、すぐに少女の声が応えた。子供の足音が屋内から聞こえる。ドアが開くと、追い詰められた表情の少女――紬の同級生であり、依頼人の村雨むらさめはなが俺たちを出迎えた。

「ユウさんとシロさん、ですね。ありがとうございます。上がってください」

「はい。話は紬から聞いています。お邪魔し……シロ!?」

俺が挨拶を返そうとした時、その横を通って八白がズカズカと村雨家に上がっていく。


 俺と花ちゃんが慌てて後を追う。途中、村雨家のご両親とすれ違うが八白は無視して進み、俺だけが手短に挨拶した。ポルターガイストの被害だろうか、父親は手首に包帯を巻き、母親は額に湿布を付けていた。

し……シロ! ちょっと、挨拶くらいちゃんとしようよ!」

「花ちゃん、あなたの部屋はここ?」

「あ、はい。そうです」


 八白は、俺を無視して花ちゃんの部屋に踏み込もうとする。あまりに無遠慮な八白の態度に花ちゃんはパニックになっているようだったが、自室に踏み込まれる展開を前に弱々しくも疑問を口にした。

「あ、あの……ポルターガイストを見たのは、リビングなんですけど……」

「分かってるわ。でも原因はこの部屋にある」

八白は有無を言わせず、部屋に押し入る。


「最近、拾った物や誰かから貰った物はない?」

「え?えーっと……」

「こっちね」

八白は花ちゃんに質問するが、その答えを聞く前に机の引き出しを開けた。


「シロ! いい加減にしろ! 失礼だぞ!」

八白がシロとして動く時、俺は“シロの保護者”という体裁である。そして、八白は“好き勝手な行動をするための免罪符”として子供の姿をしている気がする。だから、こういう場合は俺が強く出た方が良い。


「見つけた……」

八白は小さく呟いて、引き出しから小瓶を取り出した。色とりどりのビーズが入った、小さな瓶だった。すぐに“シロ”としての体面を取り繕い始める。

「ごめんね、結兄ゆうにい。これは危ない物なの。だから、すぐに見つけなきゃ!って思って……。花ちゃんも、驚かせてごめんね?」

「あ、うん。大丈夫……」

「事情があったのは分かったけど、それならそうと先に言いなさい。シロ」

「うん、ごめんなさい」


 シロは花ちゃんと俺に頭を下げてから、小瓶について説明し始めた。

「これには、強い念がこもっているの。花ちゃん、貴方に向けられた念よ」

「あ、あの。それがポルターガイストを起こしてたの?」

「そう。誰かから、貰った物ね?」

「うん。友だちから……少し前に引っ越しちゃった友だちが、お別れの時にくれたの」


 俺は花ちゃんの顔色が悪くなったのを見て、咄嗟に言った。

「……別れたくない気持ちが強すぎたのかもね」

「そう、なのかな」

「“念がこもっている”と言っても、悪い念とは限らないよ」


 俺がそう言ったのを見て、八白は大袈裟にお祓いのような動きを始めた。何かを書くようにウニャウニャと指で宙をなぞったり、呪文のような言葉を独り言ちたりしてから、小瓶を花ちゃんに返した。

「これで、もう大丈夫」

「ほんとに?」

「うん、大切にしてあげて」


 八白はそれだけ言うと、来た時と同じ手早さで村雨家を後にした。俺はまたしても、手短な挨拶だけして、その後を追った。

「あの? 八白さん、これで解決なんですか?」

「小瓶に宿った念は封じたからの。二度と悪さはできん」

「なら、何故まだ急いでるんですか?」

「念を込めたのは、瓶を渡した者ではない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る