第1話 集める 3/3


 日曜日。俺と八白やしろは高校の前で待ち合わせして、施錠された校門に行く手を阻まれていた。昨日の心配が的中した訳だ。しかし、どうするか考えるも、どうするつもりか聞く間もなく、俺の身体は八白に担ぎ上げられていた。

「予定通りじゃな」

「柵を飛び越えるって本気で言ってたんですか!?」

ゆう、口を閉じろ。舌噛むぞ」

 

 八白は俺を片手で肩の上に担ぎ、軽々と柵を飛び越えた。3m近い高さまでフワリと舞い上がり、その軽やかさのまま落下して着地する。まるで、八白の周りだけ重力が弱まったようだった。

「さ、行くぞ」

 俺を肩から降ろし、八白が事もなげに言うとさっさと歩き出す。膝が笑っている俺は、その後をよろよろとついていく。


「八白さん、どこに行くんですか?」

「教室じゃよ」

「先週見た時はすぐ出ましたけど、何か気になることが?」

「“はっきりせん”と昨日言ったじゃろ。臭いの一番濃い所に行ってみるだけじゃ」

 本当に何の確信もなく不法侵入したのか。呆気にとられる俺を無視して、八白は昇降口に向かう。こんな大胆なことをして、見つかったらどうする気だ。


「見つかりゃせんよ。人が居ないから鍵をかけておる訳じゃしな」

「心を読まないでください。防犯カメラやセンサーって物も今はあるんです」

 俺は昇降口の防犯カメラをには指差しながら言った。昇降口に扉はないが、カメラが目立つ位置に設置されており、侵入者を威圧している。

「安心せい。お前にも隠遁術をかけてある。尻の札を取るなよ」

担がれた時だろうか、俺の尻には短冊型の紙が貼り付いていた。


「何ですか? これ」

「お前を認識した生物の意識を歪める術じゃ。カメラやセンサーには存在を感知されとるが、それを異常かどうか判断するのは最終的には人間じゃ。人間を騙しさえすれば、どんな警報が鳴っていようが全て“誤作動”じゃ」

「サラッと恐ろしいことを……」

「恐ろしくて当り前じゃ。儂は狐仙じゃぞ?」

八白は口角をわざとらしく釣り上げて、如何にも悪人と言う顔で笑った。


 怪異らしさがない時に凄まれても小学生にしか見えない。と思ったが、口には出さなかった。そして、出来るだけ素早く別のことを考えた。また心を読まれかねない。

「学校の外に臭いが無かった理由、何か思いつきましたか?」

「調べられることを調べ終えぬうちに頭を使った所で、タカが知れとる」

「俺はついつい、考えちゃいますね」

「それで何か思いついたか?」

「それは教室で話しましょう」


 俺たちは教室とドアを開けると、中から年配の女性の声がした。

「あら? 神谷くん?」

「え? 先生?」


 クラスの担任が、教壇に立っていた。何故、彼女がここに居るんだ?日曜も出勤して仕事をしていたのか? 俺は驚きのあまり言葉を失った。

「どうしたの?今日はお休みよ?」

「すみません、部活で昨日来た時に財布を忘れてしまって……」


 とっさに目的を隠そうとして嘘をついたが、言ってから不自然だったと後悔した。俺は帰宅部だ。頭は混乱したままだったが、とにかく顔色を変えないように注意して話を続ける。

「そうなの? 一緒に探しましょうか?」

「いえ、場所は分かってるんで大丈夫です」

「あら、そう?」

「先生も大変ですね。日曜なのに」

「ううん。私、このクラスが大好きなの。だから、全然苦じゃないのよ」


 俺は、穴だらけの噓を追求されなかったことに胸をなで下ろしながら、他愛のない会話を続けた。そもそも、鍵のかかった校門を乗り越えて来ているのだから、忘れ物を取りに来られる訳がない。八白に抱えられて柵を越えなければ、校庭にすら入れないはずだ。


 ……それは、先生も同じじゃないか。それに、教室の扉にも鍵がかかっているのが普通だろう。先生が開けてたのか? 何のために? 仕事なら職員室を使うのでは?強烈な違和感に襲われた俺は、周囲を見渡した。


 ……八白が見当たらない。

「神谷くん。どうしたの? キョロキョロして」

「いえ、何でも無いです」


 八白の存在に意識が向いた瞬間、思い出した。俺は今、“認識されない術”をかけられているんじゃなかったか? 八白は“見た生物の認識を歪める”と言っていた。では、目の前に居る先生は“生物ではない”のか?


 俺は、思考を巡らしながら必死で会話を続ける。他愛もない会話を続けている間は、目の前の何かは“生徒と会話する教師で在り続ける”と思ったからだ。緊張で喉が潰れそうになりながら、擦れそうな声を精一杯、平常運転させ続ける。


「ねぇ、神谷くん」

「はい」

「私、このクラスが大好きなの」


 担任の形をした何かは、それだけ言って黙った。俺は、咄嗟に返答できず教室に沈黙が流れる。


「私、このクラスが大好きなの」


 担任の形をした何かが繰り返す。俺の感情は“ヤバい”を連呼する。うるせぇ、知ってるよ。感情に飲まれるな、頭を動かせ。目の前の何かは、恐らく生霊――感情の塊だ。同じ土俵に立った時点で飲み込まれる。


 頭をフル回転させて、目の前の存在が何か考える。俺は、八白に話す気でいた生霊についてのを思い出した。そして、今の状況は仮説と一致している。あれは学校に執着した生霊。クラスに執着した生霊。俺は、答えを見つけ、それを試す。


「俺も、好きです。このクラス」

「そう。嬉しいわ」

「じゃあ、俺はこの辺で」

「また明日ね。神谷くん」


 俺は教室の扉を閉じた。身体がスッと楽になる。辺りを見渡すと、すぐ横で八白がニヤついていた。

「泣きべそかくかと期待しとったが、やるじゃないか」

「生霊は“個人に執着していない”。だから、ただ教室を出れば良い……あっけないけど、そういうことですよね?」

「うむ。正解じゃ」


 目の前の扉にもう一度手をかける。鍵はかかっていた。当然、開くはずがない。

「あの空間――教室は、何だったんですか?」

「あやつの世界とでも言おうかの。独りの教室で、自分の世界を作っとったんじゃろ」

「その世界に踏み込んでたら、どうなってました?」

「授業でもされたかも知れんの。別に大した危険は無いわい。何にせよ、これで事件解決じゃ」


 八白は肩をすくめて言うと、すぐに廊下を引き返しはじめた。八白はもう、この件に興味を無くしている。八白にとっての解決とは、正体を掴むまでを指す。言葉の意味を考えると“解決”ではなく“解釈”が適切だろう。


「八白さん。俺が扉に触れる前に、こうなるって気が付いてましたね?」

「ちょうど良いお灸じゃろ? 踏み込み過ぎなんじゃ、お前は」

「危なくなったら“お互いの得のために”助けてくれました?」

「さぁな。別の小間使いを探したかも知れんぞ?」


 いたずらっぽく笑う八白は、やはり子供にしか見えない。



 いつもの居間に戻り、冷静さを取り戻した俺は八白に答え合わせを頼んだ。

「あの生霊。先生が発生源ですよね。執着の対象は“自分のクラス”そのもの。だから、クラスのヒーローに執着した」

「惜しいな。執着の対象は“自身の青春”じゃろ。お前、担任が話をした後で、恋文が女子の間で流行ったと言っておったろ? その話は“恋文は書いたが結局、渡せなかった”と言うオチじゃないか?」

「確か、そうでした」

「“クラスの人気者に片思いする”と言う青春の思い出。そして、そんな青春を見守る教師としての自分も同時に存在する。じゃから“クラス”と言う解釈も遠くない」

「制服を着た霊も、先生だったんですよね」

「自覚もなく自分の青春と目の前の学生を重ねておったんじゃろ。“生徒と同じ制服を着た、若かりし頃の自分”を想像するくらいに、の。霊は姿をいつわることがある。毎日見ている制服なら、化けるのは容易たやすかろう」

「自覚できない執着、ですか」

「収集物はその教師の机にあるはずじゃ。学校の外に持ち出す訳がないからの。さて、儂は寝る。お前はもう帰れ」


 八白はいつも人の欲や執着を解釈して、事件を理解し終えるとしばらく引きこもって考え込む。事件のあらましを誰かに聞かせることも、必要が無ければしない。派手な捕り物や怪異との戦闘は危険だから極力避ける。


 だから、人間が求めるような“解決”は俺がしなければならない。今回、俺がしたのは簡単なことだった。担任に「無くなった物が遺失物として先生の机に届けられているかも知れない」と、無理な理屈を付けて机を探してもらっただけだ。


 先生は机の中の収集物を見つけたことで、全てを自覚したのだろう。先生は、自覚できている執着を暴走させる人ではなかった。“収集物”はただの“遺失物”になり、それぞれの持ち主の所に帰り、幽霊の噂は消えた。


 こうして、この事件は誰も罰を受けることなく、無事に終了した。中身が見えないように配慮されていたとはいえ、落とし物用の掲示棚にラブレターを並べられた女子たちだけは、気の毒だったけど。



集める 終

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