第2話 別れる 2/3


 八白は村雨家を出ると、何処かに向かって歩いていく。生霊の時のように、臭いを追っているのだろうか?


「今回は臭いを追うまでもない。が付いとる」

「当り前のように心を読みますね。まぁ、良いですけど」

「こやつ、二度目で慣れおったか」

「すごいでしょ?」

阿呆あほう。もっとすごい奴が居ったわ」

「……誰のことですか?」

「教えんよ。さて、着いたぞ」


 到着した場所は、小さな公園だった。

「先に紬から話を聞いておいたんじゃ。花と言う娘の周りで、姿を消した者が居らんか、あるいは強く執着しておる者は居らんか、な」

「いつの間に?」

「今朝、スマホでやりとりしとった」

「スマホ持ってたんですか?」

「いや、持っておらんよ? 儂ほど術に長けておると道具などなくても、あちらのスマホと文通できるんじゃよ」


 八白は得意げに胸を張るが、最新技術と妖術を組み合わせたことを“文通”と表現することの違和感のせいで、俺は驚き切れずにいた。

「じゃから、引っ越しした友人の話も知っとった。この公園が、ビーズの小瓶を渡した場所じゃ」

「ここに来たのは念を込めた人間の手がかりを探すためですか。でも、過去の執着も臭いで分かるんですか?」

「そこまでは分からんよ。それこそ、呪詛と言えるような物でもなければ、すぐに掻き消える」

「なら、どうやって?」

「さっき、瓶にかけたまじないで、念の後を追っておる。ちょっとしたも付けてな」


 八白は電話の逆探知のようなことをしているらしい。“術に長けている”と言うのは本当のことなのだろう。俺には術のことは分からないけど。

「そうじゃの。お前にはその内、身を守るための簡単な術くらいは教えてやろう」

「まず、心を読まれないようにする術を教えてもらいたいです」

「そういう術もあるにはあるが、格上相手には効果が無いぞ?」


 八白は喋りながら公園の中をぐるりと歩き回りながら、何かの欠片を拾っている。これも術に関係するんだろうか。

「今朝、村雨の家に行く前にこの公園にをしとった」

「その、破片ですか」

「うむ。これは弱い結界を張るために撒いた物じゃ。儂が招いた者以外、この公園に入ろうと思わんようになる。強い意志を持って入ろうとすれば、簡単に踏み越えられる程度の力じゃがな」

「その結界を今、いている訳ですか?」

「いや、弱めとるんじゃ。瓶にかけた術は念を追い、念を込めた者をここに招くように仕掛けておいた。じゃから、結界が弱まるにつれて招かれた者はこの公園を訪れたくなる。と言う寸法じゃ」

「随分、手際が良いですね」

「儂は謎解きを楽しむために、お前に付き合っとる訳じゃないからの」

「紬のお願いだからですか? 妙に急いでるようですけど」

「さぁ、どうじゃろうな……さて、これで後は待つだけじゃ」


 俺たちは昼下がりの公園でぼんやりと“招かれた客”の到着を待っている。不意に空白の時間が出来たせいか、不意にある疑問が沸いた。俺は、ぼんやりしたまま、それを口にしていた。

「八白さんは、何故、人間の執着を知りたがるんですか?」

「……お前、この頃、不躾が過ぎるぞ」

「俺、ずーっと八白さんを引っ張り回してますよね」

「そうじゃな」

「でも“こういう話をすれば興味を惹ける”って知っているだけで“何故、興味を持つのか”ってところは、考えたこと無かったんです」

「だからなんじゃ」

「俺は、八白さんに執着してます」


 八白は、ぽかんとした顔でこちらを見ている。口が半開きになった八白を見たのは初めてかも知れない。

「八白さんのこと、知りたいんだと思います。俺」

「なんじゃそりゃ」

「……自分でもよく分かりません」

「お前が分からんのなら、誰も分からんわ。そんなもん」

「だから、八白さんに解いてもらおうと思って、話しました」


 少しの間――八白が考えをまとめるまでの数十秒間、沈黙が続いた後に八白が言った。

「お前のそれは、執着ではない。ただ、目の前にある未知へ向けられた、ありふれた好奇心じゃ」

「ただの好奇心で、十年近く付きまといますかね?」

「それを証明してやる。お前が望む答えをくれてやれば、興味は失せるじゃろう」

「未知でなくなれば、好奇心は無くなると?」

「ああ、そうじゃ」


 俺は、黙って続きを促した。

「儂が人間の情念を知りたがるのは、ある言葉の意味を理解したいからじゃ。遥か昔、ある者に……儂が唯一信頼した者に……言われた遺言じゃ」

「どんな言葉ですか?」

「“お前は、幸せになってくれ”」

「それは、そのままの意味で、幸せになって欲しいということじゃないんですか……?」

「儂は、あやつと居た時にはもう、幸せじゃった。それを“お前は”などと言いおって! ならば、あやつが不幸せじゃったのか!? ……あやつは儂にどうなって欲しかったんじゃ?」


 八白が早口で、まくし立てるように言う。きっと、今まで何千回としてきた自問なのだろう。


「儂が知りたいのは、あやつが何を願ったのか? じゃ。じゃから、人間の願いや欲、執着を調べとる。何かの怪奇現象を引き起こすほどの情念ならば、願いもそれだけ強かろうと思うてな」


 八白がそこまで話した時、人影が現れた。招かれた客人が到着したようだ。俺は、八白が与えた答えを咀嚼する時間が取れなかったことを残念に思いながら、人影の正体を確認する。


 そこに立っていたのは、少年だった。見た目からすると年齢は、紬や花ちゃんより少し下だろう。少年は、とくに訳もなく公園に来た――と、自分では思っているからか、周りを見渡して小首を傾げている。


 八白が少年に静かに近づき、声をかける。

「初めまして」

「あ、初めまして」

「私はシロ。あなたは?」

森下もりしたはじめ、です」


 妙に頭に響く声だった。手を伸ばしても、少し足りないくらいの距離にいるはずの八白の声が、頭の後ろから聞こえるような気がした。森下と名乗った少年の声も、同様に頭に響く。たぶん、これは質問に正直に答えさせるような幻術の一種なのだろう。八白に名を聞かれた時、ついつい、俺も名乗ってしまいそうになった。


 ……俺にまでかかってないか?この術。


 八白は少年に質問を続ける。

「花ちゃんの友だちなの?」

「村雨さんは、小さなときから友だちだよ。遊んでくれる」

「引っ越ししたお友だちのことは知ってる?」

「うん。舞浜まいはまさんのことだよね」

「君も舞浜さんと仲良かったの?」

「舞浜さんとは、あまり話したことないよ」

「ここで、舞浜さんが花ちゃんに何か渡したのを見た?」

「綺麗なビーズが入った瓶。引っ越すから、お別れの前に友情の印だって。大切にしてって、言ってた」

「それを見て、どう思った?」

「羨ましかった。村雨さんと仲が良くて」

「他に思ったことはある?」

「あの瓶があると、僕が一番の友だちになれないじゃないかって思った」


 森下君は、実の親にも言いたがらないだろう内容を何のためらいもなく八白に話していく。彼の虚ろな表情を見ると、スパイ映画なんかに登場する“自白剤”を使われたら、たぶんこうなるんだろうと思わされる。自分にも使われたらと思うと背筋が寒くなる。


 いや、忘れるな。今まさに使われてるんだ。


「花ちゃんを困らせたいと思った?」

「ううん! そんなこと思わない」

「そう。なら大丈夫ね」


 八白が踵を返してこちらに戻ってくると、森下君も公園から出て行った。そして、俺の頭だけがフラフラしたままだった。


「この件はもう解決じゃ。子供の幼稚な嫉妬。それだけじゃった」

「それだけで、物が動いたってことですか?」

「村雨家で感じた執着は、あの小瓶が最も強かった。他の原因は考えられん」

「その瓶は封じたし、執着の正体も掴んだから、もう解決ってことですか」

「そうじゃ。さて、次はお前に質問じゃ」


 予想はしていた。まとめて術をかけたのは、俺にも聞きたいことがあるからだろう。

「この術はそれなりに仕込みがかかるんじゃ。とっとと真相を知りたいから、この公園に仕掛けたんじゃが、丁度良くお前にも聞きたいことができたからの。使い回した訳じゃ」

「嘘や誤魔化しは不可能、ですか?」

「質問を返せるとは、なかなか見込みがあるな」

「そりゃ、どうも」

「先ほど儂が答えた“人の執着を知ろうとする理由”……信じたか?」

「はい。俺の執着をただの好奇心だと証明したいなら、嘘をくのは悪手でしょ? 好奇心なんて、隠されるほど湧いてくるんだから」

「生意気じゃな。それで気は済んだじゃろ?」

「いいえ。本当だと思ったから、余計に気になってます」

「何が気になる」

「八白さんのことを、もっと知りたい」

「知ってどうする?」

「……分かりません」


 八白の雰囲気が変わる。同時に一気に頭のモヤが濃くなる。誰と会話しているのかすら、一瞬で理解できなくなった。気持ちが悪い。真っ直ぐ立てているのか、地面がどこにあるのか分からない。


 天高くから、絶対的な何かの、声が響いた。


「知って、どうする」

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