第9話 見つける 1/3

 俺の趣味は、不可思議な出来事を調べることだ。まだ高校二年生だが、怪奇事件と呼ばれるようなものをいくつか解決したこともあり、友人からそういった事件が持ち込まれることもある。


 いつも通り、自分の部屋で目を覚ました俺は時計を見てうなだれた。

「まだ、7時か」

 肩が妙に重く、腕が疲れている。そんなことになる何かをした記憶はない。筋肉痛になるような運動をした覚えも、良く無いモノに憑りつかれるような心当たりもない。原因は分からないがとにかく疲れている、ということを言い訳にせっかくの夏休みだしもう少し寝ようと思って、俺は目を閉じる。


 ――何かを忘れている。


 頭がぼんやりしている。俺は、そのまま微睡まどろみの中に沈んでいく。今は、懸案事項もない。平和な夏休みを堪能しよう。


「お兄ちゃん! お客さん来てるよ! 女の人だよ!」

 妹の紬が出した声で、俺は叩き起こされた。

「待たせちゃダメでしょ!」

 俺に、家まで来る女友達に心当たりはない。

「おーい。神谷ー。起きてー」

 地井の声だった。


 どたどたと足音が聞こえてきた。耳をすませば二人分。一つは紬だが、もう一つは……地井が上がり込んできたと察した俺は焦って返事をする。

「今! 着替えてるから! ちょっと待って!」


「「はーい」」

 二人分の声が返ってきた。俺は急いで布団から出てパジャマから着替えた。



「ちょっと、遠慮がなさすぎるんじゃないか?」

「神谷と私の仲じゃないか」

「部屋に上がり込まれるほどの仲になったつもりはないんだけど」

 居間で待ってもらっていた地井に注意してみたが、特に効いていない様子だ。地井はソファに座り、足の間に配置した紬をなでまわしている。こいつは子供を見るとやたらとなでたがる悪癖があるようだ。


 ――既視感がある。


 にべもない態度の俺に、地井は口を尖らせて言う。

「えー、どろぼう幽霊の時に女子のネットワークでいろいろ調べてあげたじゃない」

「そりゃそうだけど」

 俺は以前、学校に出た幽霊――正確には、担任教師の生霊だったのだが、その正体を見つけ出して解決したことがあった。詳細については俺以外誰も知らないが


 ――いや、俺一人じゃなかったはずだ。


 俺が調べ回ったあとに幽霊の目撃情報がなくなったことで、東野、地井、香取のトンチンカントリオからは一目置かれていた。


 何かが引っかかっている。思い出せない何かがある気がする。記憶を辿ろうとしている俺の思考を、地井が屈託のない声がさえぎった。

「んで、今日はこっちがお願いしにきたの」

「なんだよ」

「心霊スポットに行きたいからついて来て」

「嫌だ」

 俺は即答した。


 俺は不可思議な事件に関わる時に、避けることにしている条件が3つある。


 一つ目は恋愛絡みの話。大抵、面倒な話になる。実際、一回なったことがある。そのときの依頼人は今では東野の彼女になっている。


 二つ目は警察が絡むような話。単純に、俺なんかの出る幕じゃない。しかし、この条件も一回破っている。香取の頼みで、行方不明事件に関わったことがある。


 そして、三つ目は心霊スポット関係の話である。“観光客”が多いため、不要なトラブルに巻き込まれる心配がある。そして、もう一つの理由は……


 ――もう一つの理由を思い出せない。


「思い出せない」

「何か言った?」

「いや、何でもない」

「ふーん。で、さ。独りじゃ危ないし……どうしてもダメ?」

「独りって……そういうのって、集団で行ってキャーキャー言うもんじゃないのか?」

「まぁ、事情があってね。引き受けてくれたら話すよ。長くなるから」

「いつ行くつもり?」

「今から」


 俺はうんざりしながら言った。

「まだ昼前だけど?」

「うん。暗いと危ないから」

「賢明なことで」

「こういう話って得意分野でしょ?頼むよー」


 俺は断るべきだと思った。心霊スポットに出入りする“観光客”とのトラブルを避けたいという理由があるし、避けることにしていた条件を3つともトンチンカンに制覇されてしまうのがしゃくでもある。


 にもかかわらず、この誘いを断ろうとすると「何かをしなければならない」という強い気持ちが湧いてくる。その気持ちは強迫観念にも近く、理由は分からないのだが、目の前の不可思議な何かについて調べなければならないと思える。


「そこに行くとして、俺は何をすればいいんだ?」

「あたしを守ってくれればいいよ」

「何それ」

「そういうの詳しいでしょ」


 俺は少しだけ考えてから言った。

「それなら、この札を使うといいよ」

「魔除けのお札?」

「魔除けは自分から危険な場所に行くときには使えない。これは結界に近い」

「なんかカッコいいね」

 俺は不思議な事件に関わるうちにいくつかの術を使えるようになった。そして、それを札に込めることで他人に使うこともできる。


 ――教えてくれたのは誰だ。


「もし札に異常が起きたらすぐに引き返せばいい。まぁ、破れたりしたら手遅れだと思って諦めてくれ」

「えー……怖い」

 自分から望んで怖い所に行くんだろうに、と思ったが口からはため息しか出さなかった。


「札は肌身離さず持っておくこと。あと念のため、俺もついて行く」

「おっし。ありがとー」

 何かがおかしい。そう感じていながらも、何がおかしいのかわからない。俺の中で強烈な違和感が頭をもたげていた。


「じゃ、行こっか」

 地井が席を立って、俺の肩を叩いた。俺は生返事を返す。頭の大部分、記憶の大切な所が黒塗りにされているような感覚が、今朝から続いている。俺は、こんな状態でずっと生きていたのか?


 違和感はすでに不快感に変わり、思考を巡らせることすらつらい。それでも俺は立ち上がり、使えそうな札をいくつか服に忍ばせてから地井の後を追って玄関を出た。



 目的地は山間のトンネルだった。この街にはいくつか山があり、高速や鉄道を県外と繋げるためにトンネルがいくつもある。その中には、もう使われなくなった古いトンネルもあり、それらは老朽化を原因に立ち入り禁止になっていることがほとんどだ。


 そうして生まれた「人気ひとけのない山中に、ぽっかり口を開けた古いトンネル」という絶好のシチュエーションに、怪奇的な噂が立つのは当然かも知れない。


 俺と地井は近くまでバスで移動し、道路を外れて山中へ進んだ。使われなくなった道は落ち葉や泥に埋もれており、打ち捨てられた人工物が放つ寂寥せきりょう感に満ちている。腕のだるさと脚の疲れを感じながら、山の中を進んでいく。俺は息を切らしながらつぶやいた。

「山に入るのなんて遠足以来かも」

「え? そうなの?」

「普通、山に入る用事なんてないだろ」

「へー、家の裏に山あるのにね」

「……用がないなら入らないって」


 ――自分の言葉に違和感がある。


 俺の家の裏には山がある。先祖から代々受け継いできた土地らしく、一応は俺の家の――神谷家の物だ。だけど、俺はそこに何があるのか知らない。いや、思い出せない……。


 思い出そうとすると、ぼんやりと白い布と赤い布と黒い布が舞うイメージが思い浮かぶ。光沢のない白と赤に比べて、黒だけがキラキラと深い輝きを帯びている。


「どうしたの? ぼけっとして。疲れた?」

「そうだな。ちょっと休みたい」

「運動不足だなぁ」

「帰宅部としては頑張った方だろ?」

陸上部リクブとして言わせてもらえば、走り込みが足りませんな」


 地井はうっとおしい笑顔で俺のいる場所まで降りて来て、コンクリートで固められた法面のりめんの出っ張りに腰かけた。俺もその横に座る。

「この壁ってワッフルみたいだよね」

「崩れ防止の壁だから、内側からの力に強くしてるんだろ。たぶん。壁の出っ張りははりみたいなもんじゃないかな」

「おー、賢い風味」

「“風味”って、実際には賢くないみたいだな」

「ま、味が同じなら区別なんてつかないじゃん?」

「そんなもんかね」

「あたしはそうだよ」


 雑な感想だな、と思いながら俺は息を整えて、疲れた足を揉む。

「そういえば、まだトンネルに行く理由を聞いてなかったな。独りで……いや、二人で肝試しって訳じゃないだろ」

「実はさ、夏休みに入ってすぐにいつもの三人でそのトンネルに行ったんだけどね。忘れ物しちゃってさ」

「それを取りに行きたいけど、東野トン香取カンには断られたってことか?」

「そうそう。二人ともビビっちゃってね。っていうか、ビビるようなことが起きたんだけど。だから、あたしも神谷に頼んだんだし」


 今朝から俺の中に居座る違和感が、その言葉に反応した。

「何が起きたのか、詳しく聞かせて」


 正確に言えば、俺が気にしているのは“何が起きたか”ではなく、“何がそれを起こしたか”。つまり、原因だ。


 ――俺は何かを追いかけていたはずだ。

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