第9話 見つける 2/3
「どうしたの? 急に食いついて」
「ちょっと気になることがあってな」
今朝、目覚めてから続く記憶が欠落している感覚と、強迫観念にも似た“何かをしなければならない”という焦りの原因が何なのか。俺は何かを追いかけていたはずなのだ。大切な誰かと一緒に。
しかし、俺にはどうすれば抜け落ちた記憶が取り戻せるのか分からない。だから、目の前の事件に取り組むことにした。そうすれば、今までそうしていた時のことを思い出せる気がしたからだ。
「急にやる気になったねぇ。ま、あたしとしては心強いけど」
「トンチンカントリオの三人でトンネルに行ったんだよな?」
「そうそう。工事中に生き埋めになった人の幽霊が出るって噂があってさ」
「その事故ってほんとにあったの?」
「知らない」
「下調べしないのか?」
「そこまでするのは神谷くらいだよ」
普通はそうだろう。解決したくて関わる訳じゃない。怖がりたくて関わるんだから、なんなら、分からないままの方が怖がるのには都合がいい。何故、俺は解決にこだわるのだろう。
考えを巡らせると、誰かの面影が思い浮かんだ。ひどくぼやけて判然としないその誰かは、俺が事件を持ち込んでもさっさと解決してしまう。いや、解決ではない。興味がある部分だけを
ずっとそうだった。だから、取り残された人たちに何かをしたくて、俺は解決役を始めた。確か、中学生くらいの時だ。それよりも前から、俺は《誰か》と一緒にいる。外堀を埋めるようにじわじわとだが、思い出せてきた。
しかし、そんな労力を割いてまで、つきまとっていた相手の顔が思い出せない。俺は何故、そこまでして関わり続けていたのだろう。
「知りたいから……」
無意識に口からこぼれ落ちた言葉を、地井が拾ってしまった。
「そんなにオカルト好きなんだ……探求心、ってやつ?」
俺は、不意に出た言葉を聞かれてしまったことに少しだけ動揺したが、すぐに返答が思い浮かんだ。聞きなれた、言い慣れた言葉が自然に出た。
「いや、執着してるんだ」
地井はきょとんとしている。その顔を見て気が付いた。地井は“下調べ”についての話をしているだけだ。俺の思考を読める訳じゃないのだから、当然だ。
「なんか、難しいこと言うね。賢い風味だね」
「それはもういいよ。で、トンネルに行ってどうなったんだ?」
俺は焦って話を戻す。
「本当に出てきたんだよね。幽霊。作業服姿の幽霊が出てきてさ。こっちを睨みつけたんだよ」
「それでトンチンカントリオは大慌てで逃げ出した、と」
「そゆこと。ついでに忘れ物までしちゃってね」
「ところで、忘れ物って何?」
「財布に付けてたお守り」
「意外と信心深いんだな」
「親に渡されたんだよ。財布に挟んで持ち歩いてたんだけどね」
「逃げる途中で落とした?」
「そーそー。焦って財布は拾ったんだけど、帰ってから中身見たらなくなっててさ」
「厄介な話だな」
「ほんとだよ。そーゆーモノって、やっぱり大切にしたいし。落としたままで、ほっときたくないからねー」
「そうだな」
俺は持ってきた札を手に取る。いくつかを選んで、自分の身体に貼り付ける。
「じゃ、そろそろ行くか」
「おっし。行こ行こ」
◆
休憩のあと、またしばらく薄汚れた舗装路を進むとトンネルが見えてきた。いくら廃トンネルと言っても、時間は昼前。木々が生い茂っている訳でもないので辺りも明るい。入り口の横にはトンネルの名前と開通日が彫り込まれた石のプレートが埋め込まれている。中を覗き込めば、大して長くない闇の向こうに光が見える。小さな、何の変哲もないトンネルだ。
その前で、俺と地井はお守りを探す。地面を見ながらウロウロと歩いている。飛び回る虫が顔に体当たりしてくる。俺が手を振って追い払っていると、地井がスプレーを渡してきた。
「ほい。虫よけ」
「お、ありがとう」
「急に連れ出しちゃったからね。このくらいの準備はこっちでするゼ」
地井は渾身のしたり顔でサムズアップをしている。俺はその顔に向けてスプレーをかけるような仕草をしてから、地井に返した。本当にかけると危ないので仕草だけ。
「あはは。ひどい」
けらけらと地井が笑う。
しばらく探し歩くと、細い木の下に、光沢のある赤い布に美しい刺繍がほどこされたお守り袋が落ちているのが見つかった。拾い上げて、地井に確認してもらう。
「おー。これこれ。ありがとー」
「どういたしまして」
「ほんと、感謝だよ。よかったー」
太陽の下で朗らかに笑う地井を見ていると、ここが心霊スポットなのを忘れてしまう。
そうだ、ここは心霊スポットだった。ここで事故死した人がいたはずなのだ。そのことを思い出すと同時に、地井に話を聞いたときに気になっていたことも一緒に思い出した。俺はトンネルの入り口近くまで行ってから、地井に声をかけた。
「なぁ、地井。お前らが見た幽霊ってどんな格好してた?」
「え? えーっと……」
「幽霊の服装、覚えてないか?」
「パニクってたからあんま覚えてないよ」
「でも一目見て、工事の人だと思ったんだよな?」
「あ!そうそう。ヘルメット被ってたんだ。で作業服みたいな恰好だった。と、思う。たぶん。自信ない」
俺はそれを聞いてホッとした。
「トンネルの開通日。ここのプレートに刻んであるから見てみろ」
「えっと、100年くらい前?」
「多分、最初に開通したのがその年なんだろう。当時はほとんど手作業だったんじゃないかな。その後で何十年かしてコンクリで固められて補修された。そこからさらに何十年も経って使われなくなった。ってことかな」
「すっごい昔だね。歴史を感じる」
「それでだ。そんな昔の工事で亡くなった人がヘルメット被ってるか?」
「それも変だね。じゃ、見間違えかな」
「多分。恐怖心で何かを見間違えたのかも知れないし、何かの用事で来てた作業員かも知れない。何にしても、100年前の工事で亡くなった人ではないだろ」
「なんだ。ビビって損した」
俺が関わってきた不可思議な事件のほとんどは、こういう勘違いから生まれた物だった。彼女をガッカリさせたくなくて、話を持って行く前に調べる癖がついた。彼女は、人の執着が怪異を作ると言っていたけど、執着以外の営みには興味を示さなかった。空振りした時の顔を見ると、自分への興味まで一緒に失われてしまうような不安を感じた。彼女とのつながりが切れてしまうような不安。
――彼女とは、誰のことだ。
バツン!と言う音が聞こえた。俺の胸の辺り。服の中からだ。中を見てみると、休憩の時に貼った札が破れ始めている。
「!!」
俺は息を飲んで周囲を見渡す。見るためではない。嗅ぐためだ。俺は怪異の臭いで居場所を掴むことができる。鼻に意識を集中しながら顔を臭いの強い方向へ向ける。
トンネルの入り口に誰かが立っている。小柄な白い影。黒い長い髪。
「……八白さん?」
無意識に名前を呼んだ。思い出せなかった誰かの名前を。忘れるはずのない名前を。
瞬間的に、全てを思い出す。記憶の濁流で頭が割れそうに痛む。
バツン!
ふたたび音がする。札の亀裂が広がったのだろうけど、覗き込んで確認する余裕はない。俺は、声を振り絞った
「地井! 逃げろ!」
「え? どうしたの?」
「早く!」
「お、おう! わからないけど、わかった!」
せめて地井だけは逃がさないといけない。と思った瞬間に首がガクンと振り回されて俺の視界が歪んだ。
地井が俺の服を掴んで走りだしたことを理解する前に、俺の脚はもつれて転びかけた。だが、腰を掴んだ地井が力ずくで俺を支えた。首の後ろと腰の側面を握られた俺は、
「お前! 地井! なんで!?」
「置いてけないでしょ!!」
「それはそうだけど」
「なに!? 戦うつもりなの!?」
「そうじゃないけど!」
「っていうか見間違いなんじゃなかったの!?」
「……違う奴がいたの!」
「マジか!!
そんなことを言い合いながら走り、休憩に使った
「ねぇねぇ。何がいたの?」
「……すごくやばいやつ」
「説明が雑」
あれは、八白ではない。思い出した。小学生の時、倒れる直前に感じた恐怖感。トンネルの白い影には、それと同じ恐怖を感じた。
あの影は《人形》が見せた物だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます