第3話 傷つける 2/3
俺は、東野から頼まれて後輩の川崎に付きまとう生霊を探った。そして、その本体だった坂本に接触した次の週、奴は素人呪術に手を出した。その呪いは、川崎に高熱を引き起こした。だがすぐに八白が対処して、その杜撰な呪いで街にばら撒かれた念も、その日の内に封じられた。
出口を封じられた呪詛は破裂して、未熟な術者は自滅する。坂本は破滅的な不調に襲われたはずだ。とは言え実際は、彼がどんな状態だったか分からない。だが、彼は自力で歩ける程度の体力……あるいは執念があった。
川崎が学校に復帰して数日後、坂本は川崎の帰路で待ち伏せていた。そして、家から持ち出した包丁を自分の首に突き刺した。川崎の目の前で。彼の最期は、自分と別れた女性に一生消えない恐怖を与えたいという、おぞましくて身勝手なものだった。
不幸中の幸いなのは、川崎が肉体的には傷付けられなかったことだ。東野を通して聞いた話では、坂本は川崎に近づこうとしたが何かを嫌がるように離れたそうだ。恐らく、八白が呪いの封じ込めのために飲み込ませた札の効果だろう。しかし、精神的な傷は大きく、川崎が学校を休んで今日で三日目になる。
一方、俺は凶行の次の日は何も知らず日常を過ごし、昨日になって事態を知って、今日は学校を休んでいる。俺が望んでいた結末は、川崎が無事で、坂本が少し痛い目を見て反省する。その程度のものだ。だが、結果は悲惨。そして、そうなった原因は俺が重ねた失敗だと思った。
だから、俺は改めて怒る。坂本の行動への怒りではなく、事態を甘くみていた自分自身への怒りだ。そしてその怒りを、何に使うべきか考える。だが、どうしていいか分からない。独りで考えることに限界を感じた俺は、もう一人の当事者である八白に相談することにした。今なら、どうにか相談できる程度には頭が冷えていると思う。
◆
「何故、昨日の内に来なかったんじゃ?」
「気が動転したから……と言うと、嘘になりますね。真っ先に八白さんに言いに行こうと思いました。でも、八白さんにとっては関わる動機がないと思ってやめました」
坂本の死を伝えると八白は怒るでも焦るでもなく、静かに俺の行動について質問した。俺はできるだけ正直に、感情を混ぜないように答える。
「そうか」
八白は、変わらず静かに呟いた。
「俺は、次に何をするべきでしょうか」
「どうしたらよかったか、と聞かないのはお前らしいな。そこはもう答えを見つけたか?」
「わかりません。でも何が間違えだったのかは、わかったと思います」
「そうか。今回の件は儂も勇み足が過ぎた」
「やっぱり、焦ってたんですね」
「この所、怪異が多すぎるんじゃ。それで、大きな被害が出る前に防がねば、とな。それで、お前はどうしたいんじゃ?」
「……川崎さんを助けたいです」
「助けるとは?」
「立ち直ってもらいたいです」
俺の話をそこまで聞いて、今度は八白が言った。
「儂はな、坂本と言う男の感情を知りたい」
「何故ですか?」
「儂が人の情念を知りたがる理由は、前に話したはずじゃが?」
「いえ、感情的に納得できないだけです」
「儂は納得できんから知りたいんじゃ」
「言葉遊びに付き合う余裕は、今の俺にはないです」
「遊んでなどいない。男女の問題を片方の言い分だけ聞いて考えるもんじゃない」
確かに俺は坂本のことを何も知らない。ただ、狂ったように川崎に執着し、狂った死に方をしたとしか思っていなかった。
「分かりました。でも、死人にどうやって話を聞くんですか?」
「んー、口寄せかの」
「できるんですか?」
「まぁ……ただ、儂の身体に降ろすもんじゃから自分では質問できんのじゃ。本職ならもっと上手くやるんじゃろうけど」
「俺が代わりに質問するか……そうだ! 俺の身体に降霊できませんか?」
「何故そうなる?」
「憑依された八白さんが暴れ始めたら、俺じゃ止められません」
「そこまで下手を打つことはないと思うんじゃが……しかし、その方が安全か」
俺は以前、八白に頭を締め上げられたことがある。片手で、しかも加減してなお万力のごとき怪力だったのだから、全力で暴力を振るわれたら欠片も残らないだろう。そんな訳で、生理的嫌悪感はあるが俺は坂本の霊を身体に降ろすことにした。
八白が降霊の準備をしている間に、俺は風呂に入るように言われた。身を清めるためらしい。そんな訳で、俺は八白宅の風呂場に初めて足を踏み入れた。小さな風呂場に、可愛らしい小物が並ぶ。今、健康な男子高校生である俺は異性の家で風呂を借りている……はずなのだが、色気をまるで感じない。小物の好みは妹の紬にそっくりだし、立ち居振る舞いは祖母のようだし、子供の頃から付き合いがあるから家族としか思えない。とは言え邪念が湧いてこないことは、身を清めるには好都合だろう。
俺が風呂から出ると、居間に縄で四角く囲われた座があり、その周りにいくつかのロウソクが並んでいた。促されて座に入ると八白が何やら呪文を唱える。呪文を聞くうち、数十秒ほどで意識が混濁して眠るように視界が暗転した。
気が付くと俺は八白の後ろから、俺の身体を見ていた。幽体離脱と言うやつか。不思議と恐怖心は無く、落ち着いて周囲を把握できた。俺の身体には今、坂本の霊が入っているはずだ。八白が何を聞くのか、そして俺の身体が暴れ出しはしないか、固唾を飲んで様子を見守る。霊体でも喉が鳴った気がして、少し驚いた。
重く、腹に響くような八白の声が響く。
「名前は言えるか?」
「……坂本……満男」
「川崎と言う者を知っておるか?」
「知ってる」
「お前にとってどんな人間じゃ?」
「許せない」
「何故じゃ?」
「……」
俺の身体に入った坂本の魂は、朦朧としているように単純な受け答えを繰り返している。以前、術をかけられた時の俺もこんな感じだったんだろうか。八白はさらに語気を強めて聞く。
「言いたくないか?」
「許せない」
「何故?」
「裏切った」
「お前は裏切られたのか?」
「浮気してた。俺のこと、馬鹿にしてた。みんなに言いふらしてた」
「それで別れたのか」
「違う。俺は別れたくなかった」
「川崎の方が、お前を拒絶したのか」
「バカにされたけど別れたくなかった」
頬が濡れる感覚がある。反射的に手で拭う。しかし、そこに液体は無かった。見ると、俺の身体の方――坂本が泣いていた。正直、どんなフラれ方をしたとしても、坂本がしたことは全く正当化できないと思うし同情も湧かない。
「もう一つ聞かせろ。呪法を調べた時、何か奇妙なことはなかったか?」
「ネットで調べただけ……」
「何もなかったか?」
「知らない……」
「そうか」
「知らないうちに……知ってた……」
「なんじゃと?」
「やり方を知ってた」
「ほう」
「調べたことだけじゃ、だめだと分かっていた」
「それで、どうした?」
「知ってた。どうすればいいか」
「誰に教えられた?」
「分からない」
「そうか。もうよい。迷わず逝くんじゃぞ」
急に体が重くなる。今まで、後ろ姿を見ていたはずの八白が目の前にいた。どうやら、降霊は終わったらしい。他人の魂を入れるというのは、体には大きな負担がかかるようで腕を上げるのもやっとだ。
「結構、しんどいんですね」
「初めてじゃしな。さ、これを飲め」
八白は湯呑を差し出した。中身は透明な液体だったが、口にするとほのかに草の匂いがした。薬湯なのだろうか。飲み干す頃には、体のだるさはほとんどなくなっていた。だるさから解放されるのと同時に、俺は八白に聞く。
「成果はありました?」
「お前も聞いとったじゃろ。二つ聞いて、一つ分かった」
「俺は、やっぱり坂本には嫌悪感しかないです」
「重要なのは、そこではなかろう」
「どういうことですか?」
「女の方が、負い目を感じているかも知れんということじゃ」
「どんな別れ方だとしても、刃物を持って待ち伏せされて、当てつけに自殺を見せられて、それで負い目も何もないでしょ!」
「落ち着け。重要なのは、本人がどう思っているか、じゃ。ほんの少しでも“自分にも非がある”と思えば、それは自分自身への呪いになる」
俺には納得できなかった。しかし、川崎が今、何を考えているかは俺には分からない。俺が言い返したい気持ちと言い返す言葉の無さの板挟みになっていると、八白が言葉を続けた。
「坂本の思う壺に
「何とか……したいです。このまま呪いが残るのは、許せません」
俺は坂本が残した呪いを解く方法を考えた。そして、その答えが俺の中で見つかった瞬間、静かに待ってくれていた八白の耳がぴくんと動いた。
「ふむ。次に何をすべきか、答えが見つかりそうじゃな」
俺は、小さくうなずいてから言った。
「川崎さんに会いに行きましょう」
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