第6話 まみれる 3/3
間宮はあっけにとられた顔をしている。
「何言ってるの? 結くん」
「自殺するつもりですよね。その絵が完成したら」
踏み込み方を間違えると、この男はするすると逃げて、掴みそびれてしまう気がした。俺は、この面倒臭い男を見殺しにしたくなかった。
「なんでそう思ったの?」
「絵です」
「僕が絵を描くのは当たり前でしょ」
「殺意を通して見た時の綺麗な色を描く、って言ってたのに真っ黒じゃないですか」
「んー……いや、そういう解釈じゃないんだけど……」
「奥さんの絵なんですよね。それを真っ黒に描くなんて、当てつけじゃないんですか?」
「それは違うよ。あのね、この絵はもう一段階、手間をかける予定なんだ」
間宮の表情が真剣な物になった。
「色を何重にも重ねた後でね、削るんだ。上からナイフで。そうすると地層みたいに混ざった色が出てくるの。それで削り方を工夫して絵を描くんだよ」
「え……」
「うん。だから、当てつけとかじゃない……」
絵についての俺の解釈は、本当に見当違いだったようだ。
「すみません……変なこと言っちゃって」
「え?あ、いいよいいよ。死ぬ気だったのは正解だし」
「え?」
「え?いや、だから。正解」
掴み損ねたと思ったら、向こうから飛び込んできた。本当に訳の分からない人だ。間宮は表情を元に戻して話し始めた。
「妻が出ていってからね。仕事が手に付かなくてさ。家の中の掃除とかずーっとしてたの。そしたらさ、まぁ、
「あ、あの……奥さんを探したりは?」
「だって、もう僕には会いたくないだろうから」
「そんなこと……本人に聞かないと分からないですよ」
「あー、ごめん。
「は?」
「僕が会いたくないんだ。どんな顔していいか分からないし、何を言ったらいいか。頭の中が空っぽなんだ」
短い沈黙の後で、俺は「生意気なことを言いますけど」と前置きをしてから言った。
「今の、その泣きそうな顔で、ごめんって言ってみたらどうですか」
「あー……、はははっは! そうだね! それがいいよ。きっと」
少しの間、間宮は涙を流しながら笑った。その後、落ち着いてから言った。
「許してくれるかは分からないけど、たぶん、それが僕の言いたいことだ」
言い終わった間宮は、今までと変わらない柔らかい表情だった。
「ちょっと、ごめん。電話かけてくる。出てくれるか分からないけど」
間宮が小屋から出て行った。俺はすっかり冷めた飲みかけのコーヒーを飲む。俺は、上手くできたのだろうか。
「まぁまぁじゃないかの? よくわからんが」
「八白さん、居たんですか」
「さっき戻った」
「何やってたんですか、一体」
「せっかく
何故、八白はそういうことを先に言ってくれないんだろう。
「街の外に出たついでに気配の位置を離れた場所から確かめたんじゃよ。街から街へ飛び回っての。測量みたいなもんじゃ。お前は移動の足手まといじゃから置いて行った」
「そうですか」
もう、心を読むのも当たり前になって会話の一部のようだった。文字にしたら、鍵括弧の付け忘れかと思われそうなシームレスさだ。
「言ってくれなきゃ分からないですよ」
「儂が分かっておればいいじゃろ」
「嫌です」
「なんじゃ。生意気じゃな」
八白が苦笑している。
「八白さん。俺、気になっていたことがあるんです」
「なんじゃ?」
「人形を作った祠の一族って、俺の先祖ですか?」
八白の表情が固まった。
「お前、その藪から棒に結論を出そうとする癖を直せ。心臓に悪い」
「で、どうなんですか?」
「知らんでいいじゃろ。そんなこと」
「嫌です」
「生意気じゃ」
間宮と話して――ほんの一時間ほどだが、接してみて思ったことがある。
「俺は、八白のことをもっと知りたいと思ってます」
「じゃからなんじゃ」
「でも、言ってもらわないと分からないんです」
「そりゃぁそうじゃろ」
「だから聞くんです」
「そこは生意気じゃ」
「生意気でも何でもいいです」
「儂の心臓によくない」
八白は顔を背けてしまった。それでも俺は話し続ける。
「間宮さんの絵を見て思ったんです。俺、見えてることだけからぐるぐる考えて、結局、自分が解釈したことを言ってるだけだって」
「そんなん、誰でも一緒じゃろ。見えない物まで分かった気になって考えたら、それは思考じゃのうて妄想じゃよ」
「だから、確かめようと思うんです。話して、聞いて、教えてもらって」
「それでお前が儂と同じ場所に立てる訳じゃなかろう」
「同じ場所に立てなくても、同じ方向を見たいんです。それもダメですか?」
「ほんっとに生意気に育ったのぉ……」
八白は肩を大きく落として溜息を吐いた後、こちらを向いて言った。
「教えてやる。少しずつじゃがな」
「全部じゃないんですね」
「当たり前じゃ。お前、儂が何年生きとると思っとる」
「それもそうですね」
「300年早いわ。それに、儂にも……準備が必要じゃ」
「そうなんですか」
「根掘り葉掘り聞き出したがる阿呆は、お前が初めてじゃからな」
「あまりゆっくりしないでくださいね。俺、人間なんですぐに老けますから」
「調子に乗るな」
短く息を吸ってから八白が言う。
「お前の考えている通りじゃ。祠の一族は数百年の間に神谷の姓を得た。人形を作ったのはお前の祖先じゃ」
「八白さんが社に居るのも、人形に関係しているんですか?」
「そうじゃ。あの山はかつて祠があった場所じゃ。儂は山に住み、人形を封じておった」
「八白さんがすぐ近くにいたのに、封印が解かれたってことですか」
「嫌味に聞こえる言い方じゃが……まぁ、そうじゃ。情けない話じゃが」
そこまで話したところで、小屋の扉が開いた。間宮が戻ってきたのだ。
「結くん。ありがとう。妻と連絡がついたよ」
「よかった。無事なんですね」
「うん。友達の家に泊めてもらってたみたい。警察の方にも見つかったって連絡したよ。あと、めちゃくちゃ泣かせちゃった」
そう言った間宮の目元は赤かった。彼も泣いたのだろう。俺は、その解釈については確認しないでおいた。
◆
後日、香取に結果を報告しようとしたが既に間宮本人から話は聞いていたようで、茶封筒に入った成功報酬を渡された。
「神谷、本当にありがとう。お前のおかげで色々上手くいったみたいだ」
「話しただけだけどな。でも、丸く収まったならよかったよ」
「それと、良いニュースがもう一つあってな。間宮夫妻に第一子が誕生することになりそうだ」
「おお、それはおめでとう」
「
「別居同然って言ってたのに、やることやってたんだな」
「夫妻のことなんて外から見ても分からんのかもな。で、“もしかしたらデキたかも?”と思った小百合さんが大佐夢さんに子供について聞いたら、“面倒臭い”と言われたもんだから、もうブチ切れよ」
「それが行方不明の真相か。犬も食わないな」
「お前は
そう言った香取のしたり顔を、俺は受け取ったばかりの茶封筒で
「なぁ、香取。一つ聞きたいんだけど」
「なんだ? 俺に分かることか?」
「なんで間宮さんは、霊能力者を探したんだ? 話し相手にしたかっただけじゃ、説明がつかないだろ?」
「ああ、それか。俺も気になって聞いてみたんだ」
「なんて言ってた?」
「大佐夢さん、死ぬつもりだったんだと。聞いた時、マジでビビったよ」
俺は作業小屋で聞いていたが香取は全て解決してから聞いた訳だから、ビビって当然だ。
「それで、生きているうちに会っておけば死んでから言い残したことがあっても言いに行けると思って、霊能力者を探したんだとさ」
「夢枕に立つつもりだったってことか?」
「そういうことだな」
香取は苦笑いを浮かべながら言った。
「変人だよ。あの人」
まみれる 終
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