社の八白、詛を解く

Bar:バー

第1話 集める 1/3

 俺は長い石段を登り、鳥居の前で息を整えた。ゆっくりと話を整理する。これから話すのはどう語ろうが“不可解な話”なのだから、時系列で並べるのが良いと結論を出して、では、どうすれば彼女の興味を惹けるのか? と考えを巡らせる。


 これはいわばだ。人間に解決できない問題を、解決できる力を持つ存在に売り込もうとしている。上手く、にさせなければならない。俺が高校の帰りに荷物も置かずに社に来たのは、今日中にそれをする必要があるからだった。


 ここには、何を祀っているか分からない社がぽつんとある。本殿も拝殿も無いので、鳥居こそあるものの神社ではないだろうし、近隣の住人は他に呼びようもないため“社”と呼んでいる。そんな場所に住み着いた、怪異がいる。


 にじんだ汗が引いた頃合いで、俺は鳥居をくぐって声をかける。

八白やしろさーん! 居ますかー!」


 俺の声を聴いて、境内の奥に立つ少女がこちらを振り向く。沈み始めた日の赤い光が、長い黒髪と巫女服に照り返している。

「なんじゃ、ゆう。掃除が終わったばかりなんじゃから、散らかすな」

「面白い話を持ってきたんで、お茶でもどうですか?」


 八白は呆れた様子で、鼻をふんっと小さく鳴らしてから手招きした。

「どうせ、また相談事じゃろ? こうしょっちゅうでは流石に気が向かんよ」

「大丈夫、向かせますから」


 八白はこの場所にずっと住み着いている狐仙こせんだ。狐の妖怪らしいが、尻尾も狐の耳も無い。普通の少女に見えるが、その姿は俺が子供の頃から変わらない。彼女は社を管理しながら、すぐ横に建つ小さな家で暮らしている。土地は神谷家――俺の家の物なので形式的には居候と言うことになるが、土地の権利なんて概念が生まれるより前から、彼女はここにいる……のかも知れない。そんな八白を、いつの頃からか俺は“不思議な出来事”を口実にして、月に一度は連れ出すようになった。


 八白は自宅の居間に俺を上げると、急須のお茶を出してくれた。俺は話を始める前に、手土産としてコンビニで買っておいた“お稲荷さん”のパックを取り出す。八白が目敏く好物を見つけたことを俺も見逃さない。

「話と言うのは、俺の通う高校で起きていることです。最初に生徒の持ち物が突然に無くなる、という出来事が頻発しました。複数の生徒が被害を受けたのでイジメや嫌がらせではなく、無差別なイタズラだと思われました」

「失せ物探しなんぞ、興味はないぞ」


 この返事は予想通り。ここで話を切り上げられないための手土産だ。八白の目線が、お稲荷さんから離れないうちに、二の句を継ぐ。

「不思議な事件と言われるようになったのは数日前に“手に持っている最中の物”が消えたからです。そして、どうやら失せ物ではなく、収集しているようなんです。強い執着を持って」

「ほう?」


 八白の目線がこちらに向いた。腹の中で軽くガッツポーズをしつつ、話を続ける。

「その事件で、周囲にいた何人かの生徒が“制服を着た人影が現れ、手に持っているシャーペンを奪って、消える瞬間を見た”と言っているんです。人影と言っても顔も性別も不明。すぐに幽霊話になりましたが、調べても過去にそれらしい死者は出ていません」

「死者ではないなら、生霊のたぐいだと?」

「もしくは記録が無いほど古い死者か。どちらにしても、制服なら生徒を怪しむのが筋でしょ?」

「死者が自らの姿を偽ることもある。だが、知らない物には化けられん。十中八九、学校の関係者じゃろうな」

「ちなみに、無くなった物――“収集物”は文房具12点、メモを書いた紙4点、ハンカチ2点です。文房具12点には、使用中に消えたシャーペンも含まれます」

「ふむ、金銭ではなく、人に向ける執着の匂いがするな」

「恨みか、妬みか、後悔か。気になりませんか?」


 八白は少しだけ考えて、口を開いた

「良かろう。その口車に乗せられてやる。だが、茶が先だ。それにもう日が暮れる」

「では、明日、学校に行きませんか? ちょうど土曜日ですから」

「門も空いておるし、平日よりは儂も入りやすい。結、今日来たのはそのためか」

「では、朝8時に迎えに来ますね」

「まったく、儂を連れ出す手管ばかり上手くなりおる……」



 日が変わり、俺と八白は学校の前に居た。校内に入るとすぐに八白は空中をにらみ始めた。かと思えば、すぐに校舎に向かい下駄箱を漁っている。

「何してるんですか?」

「臭うんじゃよ」

「そりゃあ、思春期の下駄箱ですから」

阿呆あほう


 辛辣なツッコミの後、八白は教室に向かいながら説明してくれた。

「お前の推測は正しい。この気配は死者の物ではない」

「生霊ってことですか」

「じゃが、方向がハッキリせんのじゃ」

「普通は方向があるんですか? 」

「もちろん。死者の情念よりもハッキリとしておる。何せ、生きながら現在進行形でを放っておるからの」

 どうやら、生霊の発生源がぼやけているらしい。つまり“一筋縄で行かない”ということだ。俺は、八白を連れ出せたことで弛緩していた緊張感を取り戻した。


「この教室か?」

「ええ、例の“制服の人影”が出た教室です。臭いますか?」

「……臭う。臭うんじゃが、この学校の敷地、全体が臭っておるからの。程度の問題でしかないわい」

「想像より、危険そうですね」

「危険かどうかまでは分からん」


 そう言うと、八白は教室のドアを開けたと同時に、見た目相応の――小学校高学年くらいの声色と口調で、元気一杯に挨拶した。

「おはよーございまーす」

「あん? 誰?」

「え? 誰? カワイー」

「何? 神谷の彼女か?」


 意外なことに土曜の教室には三人も生徒がいた。ヤンキー口調がデフォルトの男、東野とうの。やけにテンションが高い女、地井ちい。何かと冗談めかす男、香取かとり。この三人はよく一緒にいるので、あだ名はまとめて“トンチンカン”。その不名誉なあだ名を、三人とも気に入って自称している変わり者たちだ。


 そのトンチンカンが八白を見てはしゃいでいる。盛り上がり過ぎないうちに、俺はもう何度言ったか分からない嘘を吐く。

「こいつは親戚の子でな。一度、高校を見てみたいって言うから遊びに来たんだ」

「初めまして。神谷シロです」

 八白の偽名もだ。理由は不明だが、八白は“八白”の名を隠したがる。本名を知っているのは、神谷家でも俺だけだ。


「んで、お前らは何してるんだ?」

 すぐに相手に話を振るのも、いつもの手だ。根掘り葉掘り聞かれる前に話題を逸らすためだが、今回は地井が既に八白を撫でまわしているので、出遅れた感がある。

「俺らは幽霊探し」

「手がかり探してるんだよー」

「シャーペン泥棒の幽霊のな。だが、俺のシャーペンには興味無いみたいだ」

「カンちゃん、幽霊にもモテないんだねぇー」


 狙い通りに話題が逸れてホッとしていると、八白が俺の裾を引っ張った。

唯兄ゆうにい、次はあっち!」

「おいシロ、走るなよー。じゃあ行くわ」

 俺は手を振って教室から出ると、飛び出して行った八白の後を追った。

 

 八白に追い付くと、俺たちはすぐに調子を戻す。

「結、調べて欲しいことがある」

「収集物の共通点、ですか?」

「ああ、生霊のの対象を調べてとくれ。しかし、察しが良いじゃないか」

「長い付き合いですから」

「たかが十年、二十年じゃろ。長いものか。はぁ……昔は素直な子だったのに、堅苦しい話し方と小賢しさばかり覚えおって」

「でも、本名を教えてくれるくらいには信頼してるんでしょ?」


 俺はそう言った瞬間、空気が変わった。八白の動きが止まって、小さいはずの背中が怪物の威容を放っていた。低い、腹の底から響くような声が言う

は信頼の証ではない。普通は、こちらに近づき過ぎんために教えんのじゃ。じゃが、自ら首を突っ込む阿呆あほうには、命綱が必要じゃっただけのこと。手のかかる餓鬼がきの分際で、調子に乗るな」


 そう言うと八白の姿は掻き消えた。俺は、数回の深呼吸で自分の心臓をなだめた後、頼まれた調べ物に取り掛かる。謝るにしても、必要なことはしておかねば逆効果だ。と言うことを理解するくらいには、俺は今まで八白を怒らせてきた。


 怪異としての八白が恐ろしくない訳ではないが、踏み込まずにいられない。俺は、不思議な出来事自体よりも、八白に執着している自覚がある。

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