約束
昇竜を使うということは複雑な読み合いをかなり荒らすことになる。相手にガードの選択肢を強く意識させれば怖い投げが選ばれる可能性も下がってくる。
きちんと読み合いになればコンボのできる初雪の方が有利だ。どんなに冴えているといっても一点読みをしていることに違いはない。読みが噛み合えば初雪にも勝ち目は十分にある。
「はずなんだがなぁ」
ここまでは全部願望だ。実際のところ大舞台でのもがなの読みは冴えわたっていた。起き上がりの地上中段をしっかりガードすると、固めにいったはずの5Aにコマンド投げで割り込まれる。
「アレに割り込むのかよ」
地上中段はガードしてもカエデが有利だ。普通ならここから固めに入ってまた崩しをやり過ごさなきゃならない。発生一フレームのコマンド投げがあるからこそできる芸当ではあるが、高速の戦闘シーンであの一瞬を切り取れるのは実力のなせる技だ。
叩きつけられたら相手のターン。ガードにはコマンド投げ、ジャンプに対空投げ、バックステップに移動投げ。昇竜にはガード、ついでに打撃択もある。
下手なフェイントは入れてこない。真っ向からの読み合いだ。
相手の攻め気を抑えるなら昇竜はいい選択肢なんだが、初雪の場合は撃ってくることが周知の事実だから、よく考えるとわざわざ相手に植えつける必要もないのかもしれない。
最初の択はジャンプ読みの対空投げ。完全に読まれていた。空中でつかんだ相手を引きずりおろして叩きつける。またダウン。同じ状況がループする。
これを繰り返すんだから精神的にもかなり辛い。カエデもだいたい同じコンボルートだからコンボ後状況が変わらないという意味では同じなんだが。
次はめくりから投げキャラ伝統のボディプレス。しっかりガードしたが、硬直が終わったところにコマンド投げ。
よくあるパターンだ。警戒だってしていただろう。それができないってことは完全に思考力を奪われているということだ。
「完全に飲まれてるな」
副将戦の勢いも流れもあったもんじゃない。全部まとめて投げ捨てられた。これが昨年王者ってことか。
一本目を落として帰ってくる初雪の姿は、元気なんてものは全部吸い取られたかのように萎れている。トラウマが完全にぶり返しているって感じだ。
「やっぱり無理でした」
「まだ残ってるぞ、切り替えようぜ」
そうは言ってみたものの、こいつを立て直すのはかなり時間がかかりそうだ。ちょっとインターバルでは足りない。こんなことならクレープやらケーキやらでも買ってきておくべきだったか。
「完全に読まれてますね」
守りに徹するからよくないんじゃないか? とは感じている。気弱なガードとチキガばかりじゃ相手が図に乗るばかりだ。向こうだって見てから何かをできるわけじゃない。ただそれを伝えたところで今の初雪に届くかどうか。
ここでいいアドバイスがすらすらと出てくりゃいいんだが、いかんせんこっちは初心者とぬるゲーマーばっかりだ。初雪一強だからな。
「あー、なんだ。いつもより昇竜が少ないんじゃないか?」
思ったことが口をついて出た。いつもの初雪らしくない。起き攻めにじっくりガードするようなやつじゃないだろ、お前は。
俺と対戦するときは勝っても負けてもお前の昇竜の機嫌が勝敗を決めていた。結果はどうあれ試合の結果は常にお前が握っていた。今は向こうの読みに勝敗を委ねられている。それは俺が見たかった戦いじゃない。
「でも、ガードされたら……」
「ガードされたら、安心して負けてこい!」
落ちたままの肩をつかむ。力がこもったせいか初雪の体が強張るように跳ねた。
「お前が負けたら、俺が勝つ。だから、何もしないまま帰ってくるな! お前の戦いが見たいから俺はここまで来たんだ。あんなの、お前らしくないだろ」
ビビって固まったまま負けるのを待つなんて、俺が見たかった試合じゃない。勝利が欲しいんじゃない。
あの強烈な印象を残す試合を、大きな舞台で、最強の相手と。
それが見たいからここに初雪を連れてきたのだ。
「勝つって、約束してくれますか?」
「あぁ」
「わかりました。じゃあ、思いっきり負けてきますね!」
そこは嘘でもいいから勝ってくるって言ってほしいところだったんだが。まぁいいか。少なくともさっきまでの暗い顔よりは何倍もいい。
ステージに戻っていく階段を上る足取りもしっかりしている。最終段に上がった瞬間、初雪が思い切り壇上を踏みつける。大きな音に観客がざわつく。驚いたようにもがなも初雪の方をじっと見ている。
そして会場の注目を一身に集める初雪はと言うと、わなわなと震えて小走りにモニター前に駆けていった。
もう一段、段差があると勘違いしたな、あれは。緊張が完全になくなったわけじゃないらしい。
ただ、今のは逆にいい結果につながるかもしれない。あそこで顔を真っ赤にしておけば、むやみに考えて頭がいっぱいになることもないだろう。
他人の事は言えないが、初雪も結構アホだからな。変に考えるくらいなら頭を空っぽにして昇竜を擦っている方がリズムが良くなるってもんだ。
二本目の開幕、カエデはセオリー無視でガンダッシュから入っていく。そして迷いなく昇竜をぶっぱなした。
足りないとは言ったが、無理やり使えとは言ってないんだがなぁ。ただ結果は刺さった。そりゃ相手からすればダッシュから狙うのは槌か崩しだろうからな。やや長いダッシュならもがななら当然反応して攻撃を置ける。
そこに昇竜がぶち当たるというわけだ。ただ相手からすればこんなもん交通事故みたいなものだ。この後の起き攻めがこの試合の流れを決める。
カエデの手は下段中段コマンド投げ、チキガに空中投げや打点の高い3C。バックステップにダッシュや突進技もある。カエデはできることが多い分、いろんな場面で複雑な読み合いをしなくちゃならない。
とりあえずヨツバで固めて攻めるミツバは相手の暴れやバックステップという選択肢は存在しないからな。操作さえできれば攻めてる間はずいぶんと気楽にやれる。
このへんの違いのせいで読み合いが甘いのかもしれないな。そんなことを考えながら対戦を見守る。
相手の起き上がりにカエデの選択は、当たり前のようにダッシュ昇竜だった。普通は倒れている側がやるもんなんだが、初雪にそんな常識は通用しない。いけると思ったら迷いなく擦る。それが初雪のやり方だ。
ダッシュを見て暴れていたか、昇竜がカウンターで刺さる。ここからコンボにいけたらどれだけ楽なことか。昇竜を当てるセンスだけは間違いなくナンバーワンだからな。
次の起き攻め。そろそろ嫌がってガードしてくれることを期待していたんだが、攻めの姿勢は意地でも変えない。先に手を変えたのは初雪の方だ。
またダッシュで近づいてから択をかけようとしたところにコマンド投げで割り込まれる。
起き上がりにピッタリ重ねられれば勝てるはずだが、実際には多少のズレはどうしても起きる。そうなると発生が早いコマンド投げはやはり脅威だ。
二回当てた昇竜の体力を一気にまくられる。やっぱりきっちりコンボを入れていかないと体力差が自然とついていく。
相手の起き攻めにもとりあえず昇竜。一本目で使えなかった分と言わんばかりに繰り返される。なんか想像していたのよりもかなり泥臭い試合になってきた。いや、実力のある者同士が戦うとこういう展開になることは不思議でもない。
相手が強ければ強いほど、こちらは集中していなくちゃいけない時間が長くなる。格闘技でも同じだ。パンチの強い相手には攻撃を、防御の堅い相手には一瞬の隙を、トリッキーな相手には様々なフェイントを。
逃せばそのまま勝利がこぼれ落ちていくかもしれない瞬間を捉えるために、必死に相手の動きを追っていく。そうすれば自然とスタミナはいつもより早く消費され、最後にはこうして意地と根性と運が絡み合う勝負へと流れていく。
投げと昇竜の鍔迫り合い。現実には絶対に起こらない勝負が目の前で繰り広げられている。
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