闇夜に紛れた狼

「ほれほれ、存分に食べなさい」


「ひなたサンって料理できるんだな」


「なんかひっかかる言い方するねぇ」


 バスケットいっぱいに詰められたサンドイッチを見せつけるひなたサンに素直に感心する。まぁ、このコスプレも自作なわけだし、手先は器用なことは間違いない。


 意外と女子力高いな、この先輩は。


「さすがだな。助かった」


「いえ、今回はりおんさんのおかげです」


「気付いた、ってなんだったんだ?」


 ひなたサンお手製のハムたまごサンドを口に入れながら、俺は初雪に答えを聞いてみた。


「いえ、槌擦ればなんとかなるんだなぁ、と思って」


「もうちょっと詳しく頼む」


 マヨネーズの味がくどくない。もしかして自家製なのか、これ。


 うちの女子部員はどっちもこだわりが強いな。いや、トニーちゃんもある意味こだわりの塊だったな。あれが平常運転で忘れがちだが。


「あの崩しって結局サツキ側が不利なんですよ」


「どういうことだ?」


「裏回ってる間にこっちの起き上がりが始まっちゃうんで、崩しが来るときにはこっちは動けるんですよね」


 言われてみればそうだ。いくらダウン状態があるとはいえ、あれだけ動き回れば相当なフレームを消費する。こっちは目で追うので精いっぱいだが、フレームレベルで見ればこっちが有利とも言える。


「だから着地後に下段か投げなら槌でスカせますし、中段なら発生で勝てます」


「なるほどな」


「私もあれは昇竜しかないかなぁ、って思ってたんですけど、意外といけるものですね」


 俺が中段を見てから割り込みにいったのを見て気がついたってことか。それにしてもお前の頭の中にはよく見てガードするって選択肢はないのか?


 まぁ、ガンガードで状況が良くなるゲームじゃないから間違ってないのかもしれんが。


 たった一回の反撃だったが、それまでの立ち回りの不利からターンを握りきれなかったのだから流れをつかめなかったのもしかたない。


「次は、あいつか」


 俺が漏らした言葉に初雪の手が止まる。


 この流れのまま決勝の舞台にまで行きたかったが、やっぱりまだひっかかるところはあるか。


 俺の相手はリコリス。準決勝も準々決勝も負けていた。トーナメント表を見るに、どうやら予選も一つしか勝っていないようだった。


 あのもがなが選んだ相棒だ。相当な実力だと思っていたんだが、本人はまだ一年。さらに前年度チャンピオンと組んでいるプレッシャーもあるのかもしれない。


「ん? なんですか?」


「いや、なんでもない」


 同じチャンピオンでもこっちはこれだからな。


 口いっぱいにサンドイッチを詰め込んでハムスターみたいになっている初雪を見て、俺は笑いを漏らした。


 これを見ていると、緊張なんて馬鹿らしく思えてくる。


「お前がバカで助かるよ」


「私のおかげで勝ったのにそれはひどくないですか!?」


 おかげで伸び伸びとやっている、と言いたかったんだが、すっかりへそを曲げちまったな。


 昼食を終えて会場に戻る。同じように休憩をとっていた観客たちも少しずつ席に戻り始めていた。視線を前に戻すと、さっきまで戦っていたステージが見える。


 特別ステージが飾られることもない。それなのに決勝の舞台という名前がついただけでその雰囲気は一変する。戦いの舞台が輝くのに必要なものは華美な装飾でも高級な設備でもない。ただ勝者に与えられる栄光の大きさだけがその価値を決めている。


 あの舞台は今、地方大会の勝者を決めるという栄光を掲げて、さらに輝きを増している。


 そしてそれに応えるように、初雪もまたその力を強くしているはずだ。


 まず、ここまで連れてきた。


 ここに来ればあの強いとちめん坊が見られると思っていた。


「緊張しますね」


「いや、俺は楽しみだ」


 自分が待ち焦がれた瞬間にもうすぐ立ち会える。どこに緊張している暇がある。俺はこの後に起きる最高の戦いを最高の場所で見ることができる。そのためにも、目の前の相手は倒しておかなきゃいけないのだ。


「そうでしたね。私も楽しく挑みます」


 そういうつもりで言ったわけじゃないんだが、いいように捉えてくれたならわざわざ否定する必要もない。壇上に上がる初雪の足取りはやはり重い。だが、立ち止まるようなこともない。前に進み続ける意志さえあれば、たいていのことは何とかなったりするものだ。


「大会もいよいよ大詰め。決勝戦の開始です。みなさん腹ごしらえはすみましたか?」


 実況の声にも力がこもっている。


 さっきはいい仕事はできなかったからな。ここで一つ挽回しておかなきゃいけない。


「続きまして、ツープレイヤーサイド。

 眠れる狼は闇夜に乗じて人を狩る。

 研がれた牙はいつ剥かれるか。輝く爪は肌を割くか。 

 不機嫌な狼ビター・ウルフ、リコリス!」


 本当にどういうやつなんだろうか。使っていたのは冥夜だったが、特別どこかに強いところがあるとは思えなかった。ここまで何かを隠しているのか。それとも本当に牙が抜けているのか。蓋を開けてみなきゃわからない。


「勝つためにはどうすればいい? 答えは簡単だ。

 殴って、投げて、叩きつける。たったそれだけで十分だ。

 打、投、決、もがな! 勝利という言葉はこの男のためにある!」


 今日一番の歓声が上がる。昨年王者の地区大会決勝を見られるんだからこれほどおもしろいこともない。さらに相手は昨年の中学王者。


 このカードは全国大会の決勝でもおかしくないのだ。俺の存在なんて観客には映っていないだろう。


「それじゃ、待ってますから。勝ってきてくださいね」


「あぁ、気楽に昇竜撃たせてやるよ」


 ここで俺が勝っておけば、初雪が負けてもまだチャンスはある、ということになる。俺がもがなに勝つ可能性は、言いたくないがほとんどゼロに近い。


 それでも後がないプレッシャーなんてない方がいいに決まっている。さっきはいいところが見せられなかったしな。


 深くかぶった帽子から覗く長い髪、不機嫌そうな瞳は準々決勝で戦った誰何よりもさらに暗い印象があった。


 壇上に残ったリコリスは俺の顔を一瞥いちべつすると、口を真一文字に結んだまま、コントローラーの準備を終えてボタンのチェックに移っている。


「お前をぶっ倒せ、って言われてるからな」


「誰に?」


「あいつにだよ」


 そう言ってリコリスは顎で待機席の方を示した。そこには周りよりも頭一つデカい男が腕組みをしてまだ真っ暗なスクリーンを見つめている。


 もがなだ。俺のことなんて眼中にないと思っていたが、その視線は想像よりもかなり厳しい。少なくとももう全国大会に意識が言っているなんてことはなさそうだ。そのくらい油断してくれていた方がありがたかったんだが。


 とにかく後のことを気にしていてもしかたない。まずは目の前の相手からだ。


 使用キャラの冥夜は対戦経験も多くある。とはいえスタンダードキャラゆえに戦い方はプレイヤーで変わってくる。最初から強引にいかずにしっかりプレイスタイルを見極めたいところだ。


 ミツバを選んで待機する。相手はカーソルを動かさずに冥夜を、と思っていたのに動いてきたカーソルが俺の選んだミツバに重なった。


「ミツバ……」


 俺が何度も隣で聞いてきた事実を受け入れられないような言葉。まさか自分が言うことになるとは思っていなかった。


 大会には何人かミツバ使いがいたが、結局当たらないままだった。まさか本当にミツバ同キャラで対戦することになるとはな。


「なんか知らねえけど、ここまで隠しとけ、って言われてムカついてんだ。ボコらせてもらうぜ」


 隠していた狼の牙がきらめいたような恐怖が背中を走る。そんなところに隠し玉なんて聞いてない。ミツバ対策なんてやってないぞ。当たり前だが。

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