初雪舞うスクリーン
両者のメンタルの差は最終の三本目に露骨に表れた。
同じように移動と昇竜の撃ち合いになるかと思われたが、もう埒が明かないと思ったんだろう。裏表の崩しではなく真正面からカリンがカエデに近付いた。
リリアやカエデには劣るものの、カリンにもコマンド投げや中段といった崩し択は一通り揃っている。地上からなら半身にガードポイントのつく攻撃もあり、悪い選択ではない。
問題はそれ以上に選択肢の多いカエデが相手だということだ。
中距離の刺し合い。長い大足がカリンの足元をすくう。ダウンする前に必殺技キャンセルで打ち上げバウンドさせてエリアルに入る。これがあるからカエデは油断できない。
どの距離からでも安定して普段のルートに入ることができる。特殊ゲージが必要とはいえ、安定火力があるというのはこういった緊張感のある対戦では大きなアドバンテージだ。
体力差がつけば焦りも大きくなる。いらだちと合わさると集中力が失われていく。
いつもの突発的なリープ中段が通る。また同じルートを通ってダウンを奪う。同じ状況。こういう読み合いは冷静な方が勝つと決まっているのだ。
画面端を抜けようとした前転受け身をしっかりと下段で狩っていく。超必殺技で締めて初雪がラウンドをとった。まだ一ラウンドだが、大勢は決まっていた。ラウンド間にインターバルはない。ここから気持ちを切り替えるには時間が少なすぎた。
勢いに乗った初雪は昇竜の確反からフルコンボをもらったくらいでは止まらなかった。体力だけ見ればいい勝負だったんだが、試合のペースは終始初雪が握っていた。
これで勝ちは一本ずつ。最後は決定戦。俺に勝ったカラキチと初雪が対戦することになる。俺にとっては祈る時間が続くってことだ。
「うーん、白熱してましたね」
「ある意味ではな」
間違いなく今大会最長の試合になるだろう。お互いの防御がちゃんとしているっていうのもあるんだろうが、あれほどダッシュと空振りが交錯する対戦も早々ない。途中からお互い意地になっていたようにも見えた。
初雪の方はただただ楽しんでいただけのようにも見えたが。
「連戦になるみたいだけど、大丈夫?」
「はい。ご心配ありがとうございます」
「はっちゃん、なんか元気だね」
フィジカルスポーツと違って体が疲れていく感覚は少ないが、それにしたって本当に楽しそうだ。まるで大会に来ているんじゃなく、ただ友達の家でゲームをやっている、そんな風にすら見える。
楽しく勝つ、そうは言っていたが、俺は今日も一戦一戦を必死にこなしているだけだ。それをこいつはただただ楽しんでいる。少しくらいは近づいたと思っていたが、これが強さの大きな差なのかもしれない。
「それに、ちょっと試したいことがあるんですよ」
「何かわかったみたいなこと言ってたな」
「試してみないことには。でも」
こういうのを試すのが楽しいんですよね、と初雪は不敵に笑った。そういやこういうのも好きだったな。たった一人で格闘超人を研究し続けているだけのことはある。
いったいどんなことをやってくれるのか。少し楽しみでもある。全部昇竜で狩れます、とか言い出しそうなところが怖いが。
まずは相手の移動についていくのが先決だ。中距離からなら転移しやすいからな。さっきのカリンの後にサツキとやるのは動きが変わって見切りにくいだろう。早い段階で切り替えたいところだ。
ただ向こうもあのドラゴンダンスを見せつけられた後に策もなしには突っ込めない。ガードすれば無力とは言うが、逆に言えばそれ以外にはなんでも勝ってしまうのが昇竜なのだ。
置いた短い牽制の先をかすめるようにカエデの長い5Cをひっかける。
入れ込んでいた必殺技からエリアルへ。これがカエデの使用率が低い理由でもある。コンボの派手さがないのとキャラ設定がややメインストーリーから外れるせいでイマイチ人気が出ないんだよな。
そんなことを考えながらカエデのコンボを見守る。とはいえこの緊張感の中、同じコンボを同じように入れ続けるのは精神力が必要だ。
それができるから初雪はこうしてステージの上で何度も熱戦を繰り広げ、制してきたのだ。
ダウンにダッシュで相手を画面端へと押す。こういった小さな行動で相手の意識を逸らす。前転を読んでやや後ろに下がったところにサツキの昇竜がリバーサルで飛んできた。
「危ねえな」
「アタッ!」
「あぁ、ラッキーだったな」
前転読みで後ろに歩いていただけだが、それがガードになった。読みは外れていたが、助かったってだけだ。
なんだかんだで昇竜ってのはハイリスクローリターンな割に合わない選択肢だ。徹底して使わないプレイヤーだっている。
そのリスクに見合ったリターンを引き出してくる初雪は、敵に回すと恐ろしいが、味方にすると何かをやってくれそうな根拠のない希望が持てる。
ラウンドを奪い、次の開幕。勢いづいた初雪を止めるのはこのレベルの相手でも簡単じゃない。焦りから距離感を見失ったのか、サツキのダッシュに置いた5Bが刺さる。
あまりに強引な手段だ。機動力の低い俺のミツバ相手にすらやらなかったこと。それほどカラキチが追い詰められている。
「完全にペースを握ったな」
町口の嬉しそうな声に俺は答えられなかった。
近づいたと思った背中はまだまだ遠く先にあることをスクリーン越しに見せつけられている。
しかし、そのままの勢いで、とはいかなかった。カラキチにだって意地はある。スピードを生かした小足からの中段で崩すとダウンまで繋いでいった。
ダメージは高くないが、とにかくターンは入れ替わった。勢いに乗ればあっという間に試合がひっくり返るなんてことはBlueMarriageではよくあることだ。
あの表と裏、中段と下段、そして投げまで絡めた高速の起き攻めに初雪はどうするんだろうか?
応援も忘れて俺はそのシーンに注目する。俺ができなかったことを初雪が答えてくれるような気がした。
プレイしていなければじっくりとキャラの動きを見ることができるものだ。サツキの選択は裏周りからの着地2B、下段択だ。ただの下段じゃないジャンプして消えながら背中に回り込んでというフェイントが入っている。並みのプレイヤーなら蹴られてから気付くだろう。
初雪の答えはガードでも昇竜でもなかった。
リープ中段の下段無敵を利用してサツキの頭に槌が振り下ろされる。
読んでいたのか? それとも何か癖でも見つけたのか?
この攻防が完全に試合の流れを決めた。ラウンドを挟んでも初雪の勢いは衰えることなく、最後には起き攻めで投げ拒否のジャンプに昇竜をぶっ刺して勝ちを奪ってきやがった。
ここまで負けなし六連勝。本当に恐ろしいやつだ。
握手をしてからステージを降りる。次は決勝。その前に長めの休憩時間がある。
昨日対戦した会議室を借りて昼食兼作戦会議だ。
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