ドラゴンダンス

 次のラウンドもこっちの流れだ。相手の接近に合わせた中足が刺さる。今度はこっちの攻撃が噛み合っている。一度つかまれた流れを変えるのは難しい。こっちだってさっきまで苦労してなんとかここまで持ってきたのだ。


 この一本くらいはもらわないと割に合わない。そんな気持ちが警戒心を薄れさせる。


 空かしジャンプからの下段に昇竜が刺さる。これがあるのを忘れちゃいけない。自分が持っていないからといって相手も持ってないわけじゃないのだ。


 初雪が自分なら使う、と言っていたんだから、カラキチだってきちんと頭に入っていただろう。抜け落ちていたのは俺の頭からだけだったようだ。


 この勢いのまま殺しきりたかった。ダウンバーストで起き攻めは拒否。これはほぼ一ラウンドに一回しかできないからもう少し大切にしたかったが、出し惜しみはできない。


 中距離の刺し合いはヨツバがいる分有利、そう思っていた。


 姿を消す高速移動から背後をとられる。こっちは二人とも誰もいない前に向かって攻撃をしているところだ。避けられない。


 もうバーストはない。あとはただ、コンボが決まっていく姿を見ることしかできなかった。


 冷静さが足りなかった。熱さと勢いで押し切ることも大切だが、同じくらい相手の反撃に備えることも必要だ。少し雰囲気に飲まれてしまったのかもしれない。


「おつかれさまでした」


「悪い。後は頼む」


「任せてください。おかげで少し発見がありましたから」


 発見って何の話だ? カラキチの連携に何かいい抜け方でも思いついたんだろうか。それならもうちょっと早く気付いておいてくれれば俺ももう少し抵抗できたかもしれない。いや、自分で見つけられなかったんだ。恨み節も言ってられない。


 初雪と入れ替わりで席につく。もう初雪が二連勝してくれることに期待するしかない。


「応援だけっていうのは情けねえな」


「十分頑張ってきたって」


 先に出た俺が悪い流れでバトンを渡したんじゃ頑張ったと言われても気休めにしかならない。ずっと一人で最後まで戦っていたから、こうして誰かの勝ちをただただ祈るっていうのは性に合わない。


「やるだけやったんだ。よく見ておくといい」


「急に顧問みたいなこと言いやがって」


「いいじゃないか。らしいだろう?」


 町口に諭されて、俺は柔らかいイスに沈みながらスクリーンに目を移した。


 焼き肉の選択キャラはカリン。表の顔は大人気アイドル。裏の顔は忍者の末裔という変わった設定に、なぜかプロレス技を駆使する謎の多すぎるキャラだ。


 忍術とルチャ・リブレを組み合わせたまったく新しい暗殺術の使い手で、画面内を縦横無尽に駆け回ってプレイヤーを翻弄してくる。サツキは消えて裏周ってきたりするが、カリンは本当に高速で移動するので、目が疲れるキャラだ。


 このキャラを使いながらコンボを判断してくるんだからプロデューサーの名前は伊達じゃないな。


 ただ初雪に有利な部分もある。高速で移動しているということはガードしている時間も短いということだ。初雪の大好きなぶっぱなしが通りやすいとも言える。向こうは攪乱かくらんしてナンボのキャラである以上、動きを止めるわけにもいかないしな。


 俺の想像はだいたい当たっていて、序盤から初雪の昇竜がよく刺さる。もちろんガードされることも多いが、空中の相手に持続が当たるので反撃はやりにくいようだ。


 それに気をよくした初雪のドラゴンダンスはいっそう激しさを増していく。


 観客席のテンションまで上り竜のようにどんどんと上がっていく。こういうところが初雪の人気の一つなんだろう。こいつの対戦は何が飛び出すかわからないというおもしろさがいつも潜んでいる。


 ただここは興行の試合じゃない。公式大会の真っただ中だ。こんな横暴を焼き肉もみすみす許すつもりはない。


 空中バックダッシュで昇竜をかわし、すぐさまダッシュで距離を詰める。メキシカンプロレスのルチャ・リブレは現実でも派手な空中技を得意とするダイナミックな格闘技だ。BlueMarriageの世界ならさらにそれが派手になる。


 つかんだ相手をボディプレスで叩きつける。ダウンした相手をつかんでさらに放り上げた。カリンのダウン追い打ちは特殊で、他のキャラと違い追撃ができるのでコンボに組み込める。


 炎が一つ灯る。さすがに狙ってはこないと思うが、前の試合があるだけに気になるところだ。


 昇竜は単発で当たっても追撃がないから厳しい。あっというまに体力は互角。空中にいることが多いせいでいつもの崩し択はかけにくい。さて、どうするのか。


 高速連続ダッシュが止まる。


 カエデが空中投げでカリンを吸い込んだ。あのスピードが見えているのか、それとも狙いすましたのか。とにかく初雪の空中投げが通った。なんてやつだ、まったく。


 こういうときにどうやって普段と違う行動ができるかが、強さの違いでもある。同じ状況なら俺はおそらくガードを固めて様子を見ようとするだろう。


 ただ、それをしたところでBlueMarriageにおいては事態は好転しない。攻めが強いこのゲームではしっかりと手を出していった方が勝つ。フィジカルスポーツでも同じことだ。蛮勇とアグレッシブは違うが、前に出るという意味では初雪ほど怖いプレイヤーもそういないだろう。


 足元に落ちた相手をリープ中段で飛び越えてからもう一度中段。ガードされてもカエデが有利であることを盾にさらに中段。俺の考え方とはまったく違う崩し方。崩す択をとにかく押しつけていく立ち回りはリスク度外視な分一瞬たりとも気が抜けない。


 だが、最終的な終着点は同じだ。相手を崩してコンボを入れる。それが格ゲーにおいてそのまま勝利に繋がる最短ルートだ。


 見切りにくい立ち下段を通してコンボに入る。普通なら多少下段が見切りにくいからと言っても困らないが、あれだけしつこく中段が飛んでくれば話は別だ。見てから反応することができない速さで振られる下段は、意識が上にいっていると対応できない。


 こういうことができるのは結局下手に返そうとすると昇竜が飛んでくるという恐怖の基に成り立っている。自分の好きなことをベースに戦術を組み立てているあたり、やはり自分なりの戦い方が見えているのだろう。


「とにかく押しつけていくなぁ」


「はっちゃんらしいよね」


 そうか? と思ったが確かに押しの強さは日本一だな。なんてったって隙を見せればすぐに格闘超人の話をぶちこんでくるからな。ほとんど崩せなかったことを考えると格ゲーと違って、セールストークの才能はなさそうだ。


 まぁ、それはなくてありがたかった才能だ。今はとにかく勝ってくれることを願うしかない。


 最初の昇竜連発が効いたのだろう。初雪の調子が上がってくるという意味でも大きな効果があった。攪乱戦法は困ってくれる相手にとってはこれほどいいこともないが、ああして外れても構わないと無敵技を振り回されると逆に対応に困る。


 後ろからつかみにいったところに昇竜、飛び道具で固めにいったところに昇竜、リバサで昇竜、起き攻めで昇竜。


 これはやりにくいだろうな。見ていても気だるくなってくる。ダメージがとれないおかげで試合自体の進みも悪いが、そのせいで読み負けが増えてよけいにやりにくくなってくる。


「相手もイラついてるだろうな」


 BlueMarriageは比較的展開の早いゲームだ。攻めの有利をとった側がその有利をどんどんと広げていく光景は珍しくない。一度ターンをとってしまえば多少実力が上の相手も食ってしまえるところに魅力を感じるプレイヤーも少なくない。


 ただ今の対戦は画面を駆けまわるカリンと昇竜を撃ちまくるカエデがイマイチかみ合わず、どちらも自分の展開に持ち込めていない。


 コンボが売りのプレイヤーならよけいに自分のプレイができずに苦しいところだろう。


 初雪の方は、とモニターの向こう側から半分見える顔を窺う。なんか今にも光りはじめそうなくらい生き生きしてるな。


 昇竜を撃ちまくって機嫌がよくなっているんだろう。これは心配いらなさそうだな。

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