五章 王者と敗北と反逆

見えない連撃

 副将の俺とカラキチが壇上に残り、コントローラーの準備を済ませる。以前の対戦よりも戦えるという手ごたえはあるが、向こうだって俺がミツバを使うことはわかっている。こっちの手の内がわかっている相手に真正面から挑むのはかなり苦しい。


 とはいえ俺だってちゃんと調べてはきている。さらに奥の手を隠していなければ、一通りのハメに見えるような厳しい連携は頭に入れてあるはずだ。


 フェイントを多く含む連携は一度にいろんな情報が入ってきて混乱するが、格ゲーにおいては出した技は必ず出し切らなければならないという仕様上、裏の選択肢に途中から変えることは難しい。


 ルートごと頭に入れて、きちんと対策すればできないことではないはずだ。防御側の操作も難しいという点を除けば。


 こういう練習を繰り返して体に刻み込むような対策はやはり足りていない。ネット対戦で上級者と当たるといってもこんな特徴的なやつらばかりじゃないからな。


「前よりめちゃくちゃ強くなってるみたいだな」


 席に座ると同時にそんな言葉がかかってくる。面識があるとはいえこっぴどく手を払われた一回戦よりだいぶ友好的だ。


「そう思うなら負けてくれるか?」


「冗談。全力でぶっ倒す」


 ま、当たり前だ。俺だって逆の立場ならそう言っているだろう。戦うときに全力を出してこそ、手に入れた結果に戦ってきたことの実感が湧いてくるってもんだ。


 意気込んで入った結果は、結局悪い方に転がった。


 ターンをとりたいと大胆にめくりにいったところにサツキの昇竜が置いてあった。まさかって感じだ。


 隣に座っているカラキチのしてやったりという表情が見えなくてもわかる。初雪の昇竜に慣れている俺だが、そんなことやってくるやつは他にいないとも思っている。その心理を突かれた。


 昇竜単発ならそれほど痛いダメージじゃない。ただダウンは確定だ。そうするとあの何をやっているのかわからない起き攻めが飛んでくる。合宿で本人に聞いたら自分でもよくわからないとか言ってごまかされたが、今見るとあながち嘘だと言えないほどだ。


 移動技で一度めくった後、ジャンプしながらの飛び道具で裏表。どっちだかわからない。裏をガードしてみたが、当たってしまった。


 かといって転がって受け身をとると、読まれたときにスピードのあるサツキ相手に痛いダメージをもらってしまう。


 できる限り行動を散らして相手の裏をかきたいところだ。


 まずはバックステップにヨツバの攻撃を合わせる。無敵技のないミツバにとってはかなり強力な拒否方法だ。それでも攻撃を止めてしっかりガードしてくる。カウンターとまではいかなかったが、とにかく止められた。今度はこっちの番だ。


 ガード硬直のうちにまずは小パンで固める。下手に隙間を空けるとまた昇竜を擦ってくるかもしれない。ヨツバの硬直が解けるのを待ってから、固め直して崩しにかかる。向こうみたいに派手なことはできないがその分は回数でカバーだ。


 下段をしつこく重ね、ヨツバのフォローを借りつつ隙の大きい2Cも混ぜていく。こうすればついでに暴れにも意識を向けられる。


 中段を振っていくが、今回の本命はこれじゃない。まず通したいのはつかみ投げだ。


 前のゲーセンの戦いで学んだことがある。こういう攻められると厳しい戦いでは早めに炎を灯しておけば、守り系の炎関連の行動を相手が嫌がってくれる。


 カラキチの苛烈な攻めを全部さばける気はしない。こっちは切り返しもキツイし調子に乗らせるといいことはない。リスクを少しでも見せつけて、相手に様子見をさせたいところだ。


 固めのわずかな隙間に投げを刺しこむ。


「抜けた!?」


 思わず声が出た。間違いなくつかみ投げを入れたはずだ。発生は遅いが抜けるなら通常投げではなく掴み投げのコマンドが必要になる。暴れで潰されることはあっても抜けられるなんて思っていなかった。


 読んでいた? それとも向こうも狙ってたのか?


 初雪のせいで一撃必殺ブームでも来てるんじゃないだろうな。


 とにかく狙いがバレたのは辛い。あの攻撃を受け止め切れる自信はないぞ。五分からの刺し合い。大胆に低空ダッシュから狙いに行ったところにまた昇竜が刺さる。ダメだ、流れが悪い。なだれ込む攻撃に押されたまま、一本目はカラキチに軍配が上がる。


 マズいな。嫌な流れが続いている。こういうのがトーナメントの難しいところだ。一度負けたら終わりだっていうのに、こうして流れを変えたり落ち着いたりするための時間はほとんどない。このインターバル、大切に使いたい。


「ちょっとキツイな」


「カラキチさんの崩しを見るのは無理に近いですからね」


「かといって中距離でも押し負けてるからな」


 攻撃の噛み合わせがうまく相手にハマっている。さっきのじゃんけんと同じではあるんだが、こう負けが続くと精神的に辛くなってくる。


 かといって雑な行動に出ればまちがいなく咎めてくるだろう。


「なんかいい手はないか?」


「そうですねー。私は昇竜で流れごとぶった切っちゃうので」


 そうだな。お前はそういうやつだったな。


 聞く相手が悪かった。確かに初雪の昇竜は当ててもガードされても流れを変える力を持った使い方をしているような気がする。相手に怖いと思わせるほどの大胆な行動をやっていかなきゃならないってことか。


 対戦席に戻る。結局打開策に名案はない。やれる手を尽くすしかない。


 二本目の一ラウンドもあっという間に落としてしまった。あの連携を見せつけられるとガードをつい固めてしまう。そうしたところで見えない以上はどこかで崩れてしまう。こちらから何かをしかける必要がある。


 問題はどこでしかけるか、だ。今までのようにどこか隙の多い場所を狙っていきたいところだが、あれだけやられると、どこが隙かなんてわかったもんじゃない。


 落ち着け。猛攻をしのぐときはどうしていた? 目の前を覆うようなパンチの連続で前すらろくに見えないときも当てずっぽうに拳を振り回しちゃいけない。きちんと反撃するところを見極める。


 隙が大きい技っていうのは、相手が当たることを確信しているときに出てくるものだ。格ゲーなら今までガードされていない技は安心して振れる。


 今のところ、俺が対応できていないのはめくりからの中段択。ここに狙いを定める。


 もちろん下段択もあるが、それは捨てる。流れを変えなきゃいつまで経っても勝ちはこっちに近付いてはこない。


 狙いすまして飛び上がった相手に対空技を振る。上半身無敵で相手の攻撃を抜けながらカウンターを叩きこむ。


 ここから反撃だ。まずはエリアルコンボを決めてダウンを奪う。もう炎を狙っている余裕はない。正統に崩していく。


 下手な固めは相手に落ち着く隙を与えてしまう。あえてヨツバで固めずに直接投げにいく。もう一度コンボから起き攻め。そのまま一気に倒しきる。


「よしっ!」


 たった一ラウンド返しただけだが、この価値はある。追いこまれているのは変わらないが、さっきまでとは雰囲気が違う。


 トーナメントはこういう流れの違いが一気に結果を変えたりするものだ。

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