意趣返し

 ただやはりミユウが前に出てくるという想定は初雪の頭にもなかったんだろう。いきなり数少ない選択肢の投げを通される。いや、おかしいな。今のは見たことないモーションだった。


「あれはつかみ投げだな」


「どーりで見たことねえはずだ」


 ただでさえ前に出ないミユウのさらにレアなつかみ投げなんて見る機会はまずないと言っていい。しかしよりによってつかみ投げって意趣返しでもして流れを元に戻したかったってことだろうか。


 この突拍子もないことを平然とやってくる初雪にはそのくらいでちょうどいいのかもしれないが。


 違和感はさらに続く。近距離の刺し合いではやはりカエデ有利に進んでいく。やっとミユウが読み勝ってひっかけたと思ったが、すぐにダウン追い打ちにつないで距離をとった。


 おいおい、まさかそこまで真似するつもりじゃないだろうな。


 ただここで距離をとったってことは接近するリスクを冒してまでやりたかったことは達成したってことだ。つまりダウン追い打ちとつかみ投げ。一撃必殺に必要な二つの炎は灯っている。


 残りの炎はいつも通りの立ち回りでも灯せるはずだ。


 とはいえ、やはり接近戦をした分のリードは大きく、初雪がこのラウンドをとる。これで準決勝進出まであと一ラウンドになった。加藤側から見れば追い込まれたことになる。


「さてここからだな」


 もう相手の炎は六つ灯っている。残りは超必殺技だけだからすぐには使えるようにはならないが、明らかに狙ってきている以上警戒しないわけにもいかない。今度は初雪がやりにくくなる番だ。


 だがそれも普通の人間の話だ。初雪ならそんなプレッシャーなんて昇竜で抜ければいいと笑って流してしまうだろう。


 むしろ相手の一撃必殺が見られるかもしれないと内心わくわくしているかもしれない。コンボのことを考えると適当な弾に引っかかっただけでアウトだ。それを加藤もわかっている。だから初雪はじっと相手の動きを見て行動する、はずだ。


 それなのにカエデはまったく考えなしにダッシュしていく。虚を突かれたミユウはとっさの行動ができない。そして、カエデは当然のようにダッシュから昇竜を撃ちやがった。


 固まったままのミユウは当然ガード。落ちてくるカエデにフルコンボが入る。もちろん最後は超必殺技。これで条件解放だ。できればこのラウンドは温存して次に使いたいところだろう。


 とはいえ初雪も易々とそれを認めるわけじゃない、よな? 少し不安になってくる。


 相手の一撃に怯えることなくカエデは前に前に出ていく。そうなるとミユウの方もあのダッシュ昇竜が頭をよぎる。


 向こうはこのラウンドを落とせば負けが決まってしまう。その中であのなんの脈絡もなく飛び出す無敵技は怖くて仕方ないはずだ。体力四割に見合うプレッシャーなのかは別として、あの行動には間違いなく意味があっただろう。


 一瞬の怯みを見逃さずにコマンド投げで崩していく。流れはまた初雪に戻ってきたと見てよさそうだ。このまま畳みかけることができるなら、一撃は食らわずに済みそうだな。


 いや、その逆だ。ミユウはミツバと同じく切り返しに不安がある。だったら長い無敵時間のある一撃必殺は十分ぶっぱなすに値するんじゃないか? なによりさっき失った流れを取り返すなら、ぶっぱなし返すほど大きなものはない。


 俺の思考をトレースしたようにスクリーン上で暗転演出が起きる。


 本当にぶっぱなしやがった。なんなんだよ、この試合は。


 当たっていれば流れが変わる。拳を握ってスクリーンを見る。一際ひときわ大きく見えたエフェクトの向こうで、カエデはしっかりとガードしていた。


 珍しい一撃必殺技の硬直差も頭に入っている。B攻撃から高いコンボを決めてK.O.まで持っていった。


 さすが初雪だ。ぶっぱなしてきた数が違う。相手の敗因は初雪につられて自分のステージから降りてしまったことかもしれない。


「一撃の撃ち合い。これこそBlueMarriageですよ」


「いや、たぶん違うと思うぞ」


 計四ラウンドで二回も一撃必殺がぶっぱなされる試合なんて初めて見た。しかも遊びの野試合じゃなくて大会でだ。もちろんどちらも狙いがあったとはいえ、初雪が絡むと試合もミラクルな方向に転がっていく。


「とりあえず次だな」


 ステージに上がって加藤と握手をして別れた。誰何の方は医務室に運ばれたようだ。まぁあれだけ盛大に倒れれば誰だって心配して起こそうとは思わないだろう。まったく二日目初戦からすごい相手だったな。


「やっぱりこのレベルになってくるとりおんさんは不安ですね」


「わかってるんだから言うなよ」


「相手に合わせずにもっと前に出てみた方がいいんじゃないですか?」


 いきなりそんなことを言われてもすぐに対応はできない。いや、さっきの加藤もそうだったから、格ゲーマーには普通のことかもしれない。


 展開や相手の癖から立ち回りを丸々見直すというのは戦術にとってみても有効だ。キャラクター自身にできることは決まっている、ということは言い換えればどの行動も偏りなくこなせるということだ。


 対して格闘技では自分の得意な展開や距離に持ち込む、という考え方が強い。相手に合わせてスタイルを変えると言いながらも結局は自分の癖や練習してきたことを生かせるように他の部分を変えているだけで、根本的な部分はだいたい同じだったりする。


 スタイルというのは場数で少しずつ固めていったものであって、服を着替えるように一瞬で変えられるものではないという頭がある。


 相手の癖を見切り、それに対応することはできても、自分のやっていること自体を変えるのは難しい。


「とにかく俺のやり方でやってみるさ」


「ふぅん。通用するといいですけどね」


 含みのある言葉を漏らしながら初雪は俺を見る。とにかく次の試合だ。勝ちあがった方と当たることになるんだからな。


 準決勝はほぼ順当な勝ち上がりで次戦の相手は予想通り亜久高の二人に決まった。一番のハイライトが舞台が血の花で染まったあの一戦だったことを考えると、今日の俺は相当運がいいらしい。


 一撃必殺を決めた初雪の機嫌も上々で、次戦はいい流れで試合に入れそうだ。


 壇上には一足早くカラキチと焼き肉が待っている。夏の合宿以来の顔合わせだ。あのときはまったく勝てなかったが、今度は意地でも食らいつく。


「それでは準決勝第一試合を開始します!」


 実況のイトモの声が会場に響く。


「毎回この口上入るのか?」


「まぁ、ある意味試合より盛り上がるところですから」


 一度目は感慨を持って聞けたんだが、二度目となるとなんとなく食傷気味になるな。とはいえ実況だって毎度違う文句を考えるのも大変だろう。会場が盛り上がっているならわざわざ水を差す理由もない。


「続きまして、ツープレイヤーサイド。

 今のハメでしょ? 俺の試合じゃ日常だから。

 見つけなかったお前が悪い。直さなかった開発が悪い。

 壊れるまで遊んでやる。壊し屋ぶれいかぁず、カラキチ! ぶち壊す!」


 こうやって聞くと悪役じみてるな。いや、実際あの連携を繰り返されたら極悪人だとキレるやつがいてもおかしくないが。俺の相手はカラキチになるらしい。


 カラキチの使うサツキは見切りにくい中下段、めくり、対空投げで崩した後、対策を知らなければ確実にヒットする起き攻めを重ねてくる。起き上がりをずらしたり、受け身を遅らせたりしないと延々と食らい続けることになる。


 一度合宿で対戦出来ているのはラッキーだった。経験の浅い俺はああやって手ひどく負けなければ対策しなきゃならないことにすら気がつかないままだっただろう。


「どんなパーツもキャラの個性。生かしてやるのがプロデューサー。

 揃えたコンボで演出すれば、どんなキャラでも輝ける。

 輝くステージへの案内人。焼き肉、コンボプロデューサー!」


 準々決勝の二人とは逆に今度は攻撃面が苛烈なタッグということになる。こっちもどちらかと言えば攻めて勝つタイプと考えると、勢いに乗れた方が勝つことになる。先に出る俺の役割が重要になってきそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る