格闘変人の流儀

 加藤の使用キャラはミユウ。キャロルと同じく銃を使うキャラだが、こちらは見た目通りの遠距離特化型だ。銃以外にも散弾銃や対物ライフルをどこからともなく取り出してはぶっ放してくる。


 一応設定上は魔法使い見習いのはずなんだが、明らかに魔法の使い方を間違っているキャラだ。


 基本的に相手と距離をとって、近づいてくる相手に飛び道具で牽制し追い払うといういわゆるシューティングキャラで、うまいプレイヤーになるとほとんど画面端にキャラが居座ったままこっちがハチの巣にされるなんてことも珍しくない。


「固めて崩すタイプのカエデとは相性が悪そうだな」


 知らないから黙っているものと思っていた町口がやや険しい表情でつぶやく。


「わかるのかよ」


「そりゃ大会を見るならゲーマーとしてはちょっとくらいはやってかないとな」


 それは仕事なのか趣味なのか。はっきりしない答え方だな。


「ま、素人よりマシなだけで助言とかはできないぞ」


 何もわからないままじっと座っていられるよりは気楽か。俺も初雪の動きを見て解説できるほどの能力はないし、ちょっと勉強してきてくれただけありがたいな。


 さて、まずは一戦目。お互いのプレイスタイルはある程度はわかっているとはいえ、読みで定石から外した行動をとることだってある。キャラの能力に合わせつつ、小さな読み合いで違う選択肢を用意するくらいはできなきゃ対戦なんてやっていられない。


 基本的にはどうやってカエデが近づいてミユウをとらえるか、逆にミユウが様々な飛び道具で近づかせないか、という話になるだろう。


 一見すると地味な戦いになりそうだが、ここにいる人間ならいかに厳しい戦いをしているかちゃんとわかってくれるだろう。


 開始時の距離はどちらも有利とはいえない距離だ。ここから近くなるか、遠くなるかでわかりやすく有利不利が決まっていく。


 カエデはまっすぐダッシュにいかなかった。相手が一番警戒するであろう行動を軽率にはとらない。初雪は落ち着いている。大丈夫そうだ。


 対するミユウはローリスクにバックステップで距離をとった。これで最初の展開はミユウの有利な状況に転がったといえるだろう。あとは銃弾の雨をかいくぐってどうやって近づくかということだ。


 完全無敵の昇竜も下段と投げをスカせるリープ中段も遠距離で弾を撃つ相手には決定打にはならない。いつもなら読み合いなんて拒否していきなりぶっぱなされる昇竜も今日は簡単には通らない。


 一歩ずつガードを固めながら相手にじりじりと近づいていくしかないのだ。


 たぶん、初雪はこういう展開が苦手だ。俺との対戦でも固めが長く続くと連続ガード中にも出もしない昇竜コマンドを入れ続けていたりする。あれが普通というか初雪のスタイルなのだ。それを真正面から邪魔されている今の状態はかなりストレスが溜まっているだろう。


「頼むからそこで昇竜撃つなよ」


「いや、あの距離ならさすがに撃たないだろう」


 町口は何もわかっちゃいない。そこで撃つからあいつは格闘変人なんだ。


 銃撃の合間にダッシュからの投げが飛んでくる。ミユウは遠距離型だから崩しはあまり強くない。投げるときも近づくためのダッシュがあるからわかっていれば抜けることは難しくない。初雪ほどの実力があればしっかり抜けてくる。


 ただ抜けたところで五分のフレームからの中距離戦。相手の攻撃を食らってバーストしても遠距離戦。相手のバックステップやバックダッシュを読んで咎められなければいつまでも同じ展開だ。


 初雪の顔がここから見てもふてくされてきている。ただ同時に期待もしてしまう。イラついているときの初雪は本当に思いもつかない行動で試合展開を一気に変えてくる。


 相手の銃撃の隙間に地上中段が飛ぶ。当たる距離じゃない。それなりに前進するといっても遠距離キャラ相手じゃ難しい。イラついてコマンドでも漏らしたか、と思った次の瞬間になぜかミユウがつかまれていた。


 つかみ投げ。中級クラスのプレイヤーでもときどき存在を忘れるほどのシステムだが、しっかり投げ抜けを入れてくる相手には効果がある。誰もつかみ投げ読みなんてしないからな。


 それにしてもどうせ投げるならコマンド投げでよかっただろうに。長いダウンにじっくりとフェイントを入れながら、カエデの起き攻めが始まる。


 屈伸を絡めた中足から大足につないでダウン追い打ち。ここで俺はすぐに気がつく。こいつ狙ってやがるな。


 加藤の方はまだ理解していないかもしれない。硬直状態が続いた状況だったから暴発したくらいに感じていてもおかしくない。いくらあの初雪だからってこんなところで狙うはずがないと思っているだろう。だが、あいつはそういうやつなのだ。


 ミユウはとらえられると切り返しが辛い。たっぷり残ったゲージを使ってガーキャンで切り返す。それを狙いすましたかのように昇竜が狩りとった。


 わずかに加藤の表情が歪む。当たり前だ。世界広しと言えども固め連携の途中で昇竜を入れるやつなんて初雪くらいしかいない。暴れ誘いじゃないんだぞ、アレ。そのまま連続ガードしていれば反確なんだからな。


 最後はダウンしている相手を中段でフェイントがてらに飛び越えてからの下段。そのまま超必殺技で締めて一ラウンド。そして次ラウンドの開幕だ。


 安定行動のバックステップから入ったミユウが止まる。暗転演出。追いかけるように突っ込んだカエデがミユウの硬直をとらえた。


 マジでやりやがった。


 この場面で、この舞台で、この状況で。


 この会場にいる全員のうち、いったい何人の頭の中にこの未来が浮かんでいただろう。初雪は満面の笑顔でこっちに歩いてくる。溜まりに溜まったフラストレーションを一気に開放してきたって感じだ。


「いやー、BlueMarriageは楽しいですね」


「一撃必殺が楽しい、の間違いだろ」


 こんな大事な場面であんなものを食らった加藤の心中はいかほどのものか。七つの炎が灯っていたのは確認していただろう。だからこそバックステップから入った。普通はコンボからつないで使うものだ。あんな中距離からぶっぱなすものじゃない。


 二戦目に入る。このインターバルでどれだけ相手が落ち着いてしまったかがポイントだな。あんなもの見せられて切り替えるのは簡単じゃないはずだが。


 どうやら俺の願いはいい方向に転がったようだった。さっきまで徹底して守りを固めていたミユウがいきなり前に出てきた。崩しは強くないが、それでも長期戦になればあのぶっぱなしに怯えることになる。


「これはいい流れだな」


「初雪が引き寄せた流れだ。このままいけよ」


 試合の展開をこっちが動かし始めたらならこれほどいいことはない。こういうときは自分の狙った技がガンガン通ったりするものだ。そして相手はどんどんとジリ貧になっていく。この流れのまま勝利につながればいいんだが。

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