楽勝ムードの罠

 やってみるしかないか。自分が使っているんだから攻めも守りも弱点もわかっている。相手も同じだというだけだ。


 それにしても持ちキャラを隠しておけ、なんて指示を言う方も聞く方もむちゃくちゃだ。タッグの片方が本領発揮できないってことはここまではもがな一人で勝ち抜く前提だったってことだ。


「どいつもこいつもバカばっかりかよ」


 リスクには目をつぶって強みを押し出すタイプだとは思っていたが、決勝まで最終兵器を隠し通すほどのバカだとは予想していなかった。


 おかげでさっきの休みに対冥夜の復習しておいたのが全部無駄になった。ミツバと対戦するのは初めてだ。ネット対戦でも何度かはあったが、珍しいキャラを試しに使ってみているのか、立ち回りは俺から見ても粗が多いやつしか当たったことがない。


 もがなが認めるレベルのミツバがどれほどの立ち回りをしてくるのか。不安と同時に面白そうだとも思う。


 俺は今、この状況でも楽しいと感じている。いい状態だ。急に出てきた予想外の展開にも、俺は高鳴る期待を忘れてはいない。俺たちが作ってきた楽しく強くという考えはここでもしっかりと俺の土台になっている。


 落ち着いて対策を考えよう。同じキャラを使っているってことはつまりキャラの性能はまったく同じ。実力がそのまま勝敗に直結するってことだ。


 ただミツバ二人となると普段の戦い方とはずいぶん変わってくる。本来一対一の画面に全部で四キャラが並ぶわけだ。普段ならまっすぐ近づく相手に簡単には近づけない。


 兄妹でセットのミツバとヨツバは二人が並んで攻撃をしかけるのが基本になる。つまりミツバ同士になると相手の兄妹をうまく引き離すという過程が入ってくる。


 ミツバを前に出してヨツバを追いかけさせるのかあるいは逆か。


 ミツバを殴って体力を減らすか、ヨツバを殴って機能停止をとるか。


 普通の対戦なら起こらないはずの選択を頭の中に入れておく必要がある。


「いや、めんどくせえか」


 考えてもどうにもならないほど自分の頭がよくないことくらいはわかっている。考えすぎは行動すべてを鈍らせる。戦うために考えて戦えなくなってりゃ世話がない。


「よし、やるか」


 ラウンドコールが聞こえる。四キャラがひしめく画面はいつもより狭く感じた。


 最初の行動は中足を置く。普通なら距離をとって様子見したり、派手な飛び込みから固めていくことが多いが、逆に考えれば相手の接近をしっかり止める行動をミツバは咎めにくい。ややヨツバが後ろにいる開幕ならなおさらだ。


 牽制をかねて前に出てきていたヨツバに中足が刺さる。ついでなのでそのまま短いコンボを入れておく。これでヨツバの体力は有利。回復する前に畳みかける。


 こっちのヨツバの攻撃を出しつつ、ミツバは上からかぶせるように攻撃を重ねる。めくり気味の攻撃をミツバは落としにくい上に、表裏の択にもなる。


 攻められると辛いことを俺は嫌というほど経験してきているからな。ガードの隙間さえ開けなければ、ヨツバは気にしなくていい。ゲージがないうちは切り返しもほとんどない。特に下段が苦手なことはよくわかっている。


 一番使っているミツバがやっぱりよくわかっている。相手にするのが嫌なことに違いはないが、得意不得意がはっきりしている分、やりたいこともわかりやすい。


 一度とられた有利をミツバで覆すのはやはり厳しかったようだ。リーチの短いガーキャンも警戒していれば怖くない。画面端から逃さずに進めれば、ラウンドはこっちに自然と転がり込んでくる。


 これならいけそうだ。勢いに乗ったまま次ラウンドに入る。つかんだ流れを手放さないのがうまいミツバ使いだ。俺がそこまでのレベルに到達できているかは別として、頭で理解できているならやってみなきゃいけない。


 相手が怖気づいているところを狙って強引なダッシュから投げを狙う。移動も考えれば発生は遅いが相手にも悩みが出たんだろう。しゃがんだままの相手を捕まえて地面に叩きつけた。


 ダウンを引きはがしてエリアルに持っていく。炎は灯らないがダメージはこっちの方が高い。ミツバは体力が少ないから一撃必殺のうまみがないからな。


 まだゲージがない。できればガーキャンを気にしなくて済むうちに崩して体力差をつけておきたいところだ。


 まだミツバらしい動きは見えない。というよりも俺がさせていないと言っていいかもしれない。自分がやられて嫌なことを相手に押しつける。それが格ゲーの基本だ。


 ヨツバの固めを早めに置いておく。逆にここで切り返されるとこっちはヨツバの体力が少ない状態で相手の攻めを受けなくちゃならない。一見有利なようでまったく油断ならない状態なのだ。


 一番早い小技の暴れは5Aでしゃがみに当たらない。下段を中心に組み立てて相手の意識をガードに向ける。しっかりとしゃがませてから地上中段で崩していく。


 崩しも割と簡単に通っていく。少なくとも今日対戦した二人よりも明らかにガードはもろい。攻めが強いタイプだとしたらできる限り相手のターンに回したくないところだ。


 画面端からは逃がさない。前転起き上がりはやや後ろ側からヨツバを殴らせて阻止。体力の少ないミツバは三コンボもあれば十分倒せる。


 とにかく大きな始動よりも確実に固めていくことが重要だ。ヨツバの体力ギリギリまで使ってコンボに移る。最後は超必殺技で時間を稼いでヨツバの体力回復を狙う。


 ヨツバは後一回分あれば十分だ。ここで決め切る。


 思った以上に崩れるのが早いことが幸いして、一本目は押し切った。大したことはない、とあなどるつもりはないが、少なくとも花富カプ高ならもっと強いプレイヤーがいてもおかしくない。わざわざこいつを選んで、しかも決勝までミツバを隠させた理由があるはずだ。


「なんだか楽勝みたいですね?」


「なんか怪しいけどな」


 水をもらって二口飲み下す。一方的に勝っていたはずなのにやたらとのどが渇いていた。


 隠し玉があるならこのまま隠し通していてくれてもいい。この後に控えているやつはもう化け物だってことがわかっているからな。


「そのまま勝ってきてくださいね」


「あぁ、今度は仕事しておかないとな」


 単純にぶつかったら砕け散るだけの相手だ。それは初雪でも例外にはならない。ならせめて流れや勢いくらいはこっちに持ってきておかなきゃならない。


 隠しに隠していた秘密兵器がようやくその姿を現したのは二本目二ラウンドだった。リーチをかけて一気に押し切ろうと少し連携が甘くなったのが悪かった。


 暴れの小パンからターンを奪われる。エリアルを挟まず横に押してラインを上げて、一気に画面端まで運んでダウンをとられる。


 ヨツバも置き去りにされてしまった。面倒なことになった。できればガーキャンで切り返したいが、相手も簡単にはそうさせてくれないだろう。


 画面端下段からジャンプキャンセルで中段に飛んでくるところを立ち上がる。そのまま透かして下段で崩された。


 そのままコンボに入るが、俺とはルートが違う。どこかで見たことがあるが、ダメージをとるタイプじゃない。なんだったか。


 二度目のジャンプキャンセルからジャンプ攻撃とヨツバの下段が同時に飛んでくる。そこでようやく思い出した。

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