野良試合とスカウト
「こんにちは。亜久高も合宿ですか?」
「あぁ、なんでも従業員が客を連れてくるとボーナスが出るんだって」
向こうさんも同じ理由か。こっちより数が多いからボーナスもたくさん出るんだろう。ひなたサンがめちゃくちゃ悔しそうな顔をしている。
「でもその制服、
「最近できたんですよ」
「できたと言うか、強引に作ったと言うか」
部員のうち一人は兼部、一人は格ゲーキャラが好きなだけ。そしてもう一人は完全な初心者だ。まだちゃんと格ゲーができるのは初雪だけと言ってもいいかもしれない。それに比べて向こうは見えるだけでも数十人の大所帯だ。
さっきまで豪華すぎると思ったこの格ゲーだらけのアミューズメントスペースも急に狭く感じられるほどになってしまった。なるほど、強豪校というのも頷ける。これだけ人が集まるってことはそれだけ経験も多く積めるのだ。
「それよりも! ぜひお二人にオススメしたいゲームがありまして!」
「おいおい、マジで誘うのかよ」
どうやって話題を逸らそうか、と俺が考えるまでもなく、二人の顔色が一気に悪くなる。
「あぁ、いや。あれはちょっと」
「まだ何も言ってませんよ!?」
俺が間に入るまでもなく、何の話をしているのかわかったらしい。そういえば毎週配信しているんだから知らないわけがないか。俺もすっかりこいつの代名詞は格闘超人だと思っているくらいだ。
「まあここじゃできないし。今回は」
うまいこと相手が話題を逸らし始める。どうやらあのゲームの恐ろしさを知っているらしいな。それに言われてみればここは一応旅館。これだけ格闘ゲームが並んでいるとはいえ、同人ゲームが置いてあるってのは難しいだろう。
「大丈夫です。こんなこともあろうかとポータブルモニターとノートパソコンを持ってきましたから」
あのバカでかい荷物の中にそんなもの入れていたのか。女の子はいろいろ持ってくるものがあると思って、黙っていた俺の気遣いを返して欲しい。
「パッドもアーケードコントローラーももちろんありますよ」
「あぁ、いや……」
この初雪の輝く笑顔を見るとなかなかはっきりと断りづらい。それは俺自身が一番よく分かっていることだった。だからこうして今もズルズルとこんなところまで格ゲーをやりに来ているんだ。
「そうだ。格ゲー部を作ったってことは次の大会出るってことだろう。相方はそいつなのか? 見たことない顔だけど」
「高校に入ってから始めた人ですしね。まだまだですよ」
そう言ってカラキチと呼ばれた人は、俺の顔と初雪の顔を交互に見ている。不思議に思うのもしかたない。同じ一年生でも片方は去年の全中覇者。もう一人は初心者。それがタッグを組んで大会に出ようってんだからおかしな話だ。
「でもとちめん坊さんとタッグを組むってことは結構強いんだろうね」
ケンカなら強いんだがな。そんなもの今の状況じゃ自慢にもならない。画面の中じゃ街中で堂々とやりあっているが、現実はそうもいかないからな。毎日やっていてもなかなか実感が湧きにくい。負けたらちょっと痛いくらいの方が覚えられそうなんだが。
「せっかくだから相手をしてもらってはどうですか?」
「もちろんだ。強いやつとやっておかないとな」
同じ地区って言うなら大会で当たるかもしれない。何も情報が無いよりも直接戦ってみた方が色々つかめるかもしれないしな。
一番近くの筐体を指差して対面に座る。今はネット上でいくらでも対戦相手は見つかるんだがやはりこうやってすぐ近くに相手がいると思うと緊張感が違う。筐体に一体となったコントローラーはなんとなく手に馴染まないような気がするし、集まってきたらギャラリーの視線も気になる。
リングよりもかなり観客の距離が近い。俺の横でも後ろでも皆一様に腕を組んで画面を見つめている。独特の緊張感だ。だけどそれは心地よかった。戦いっていうのはやっぱりリラックスしてやるものじゃなくて、こういう緊迫感が大切なんだ。
キャラクターを選ぶ。初心者がミツバを選んでるということで、やはり相手も驚いているようだった。もしかするとチャンスがあるかもしれない。俺は少しずつ感覚がはっきりしてきた手で、レバーをガチャガチャと動かしながら相手のキャラ選択を待った。
ここのスペースがフリープレイでよかったと心から思う。相手の連勝が重なってどんどんインカムが溶けていった。百円玉を積み上げていたら、と思うと冷や汗が出るところだ。途中で焼き肉に対戦相手が変わったが、戦況はよくならなかった。どちらも初雪と変わらないように感じる。手強いが。その代わり無収穫というわけでもない。
「ありがとうございました」
礼を言って台から離れた。あまり長くやっていても向こうは練習にならないだろうからな。同じゲームをやっていてもやはりプレイヤーの個性は出る。カラキチの方はとにかく起き攻めに見えない連携を使ってきて、しっかり研究しないと対応できなさそうだ。
焼き肉ってのはコンボ中の判断がうまい。殺しきりもできるし、状況判断やゲージの使い方も華麗だと思った。どちらも異名に違わないスキルを持っているらしい。
そう考えるとわけのわからないところで昇竜を撃ってきて、フルコンもらってくれる初雪の方がいくらか楽だ。まぁ、それは対戦数が重なったからであって、一発勝負のトーナメントじゃ戦々恐々とさせられるだろうけどな。
「この土日は俺たちもここにいるから、また対戦してくれよな」
「もちろん格闘超人も……」
「いや、それはいいんで」
「すごく冷たいです。この人たち!」
いや、他校の練習に付き合ってくれるんだからめちゃくちゃ優しいだろ。むしろその口を開いたらある種の猛毒を吐くような格闘超人スカウトはやめてくれ。俺の対戦相手までいなくなったらどうしてくれるんだ。
亜久高は人数も多いし、とりあえず場所を譲るために部屋に戻ることにした。初雪は結局ほとんど対戦しないまま、格闘超人の勧誘をやっていたらしい。もちろん成果はゼロだ。みんな配信を見てどんなゲームかなんとなく察しはついているんだろう。
「あんなにおもしろいのに、どうしてみんなやってくれないんでしょう?」
「そりゃ、ちょっと独特だからだろ」
独特ってのは便利な言葉だとこれほど身に染みて思ったのは初めてだ。確かにやっていてその自由度に驚かされるのは嘘ではない。バグだって続行不可能になるようなものはないし、笑って済ませられるものだ。でもこれを全中覇者の初雪がやっていると聞くと、どうしても惜しく感じてしまうのは亜久高のやつらも同じなんだろう。
しょうがない。部屋に戻ったら少し付き合ってやるか。そう思って戻ってくると、ひなたサンが肌色率八〇パーセントくらいで部屋のど真ん中に立っていた。ついに暑さで頭がやられてしまったか。俺が残念そうに首を振ると、意味がわかったらしくものすごい形相でこっちを睨んできた。
「まだ何も言ってないんだが」
「もうアンタが私のことどう思ってるかわかるわ」
そりゃ格ゲーまったくやらない格ゲー部員ってだけで相当の変わり者だろうが。しかも他の部員は俺とカンフーマニアとクソゲーマニアだぞ。人のことは言えないがどう考えたってまともな部活じゃないことだけは一目見てわかる。
「で、なんでそんな格好なんだ?」
「それは、そこに海があるからよ」
「エベレストでも登るつもりか?」
実際には山じゃなくて海に向かう格好なんだが。この旅館に案内したというだけあって海が近いことをしっかり知っていたらしい。ひなたサンは派手なビキニ姿で俺たちを待っていたらしい。まったく気が早い。子供じゃないんだから。
「私、水着なんて持って来てませんよ」
「大丈夫大丈夫。レンタルのやつがあるから」
「今回は格ゲーの合宿に来たんじゃないのかよ」
もう従業員ボーナスが出ることだけしか頭にないみたいだな。せっかく亜久高のやつらもいるんだし、いい練習になるとは思ったんだが。連れてきてもらった手前、付き合わないわけにもいかないか。
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