与えられた二つ名
「ほら、こんな感じ」
ひなたサンの案内で一階に降りて、アミューズメントスペースに向かう。旅館の歴史と趣を感じさせる豪華さと
「ほら、すごいっしょ?」
「まあ確かにすごいことはすごいが」
そこらのゲームセンター顔負けの筐体の数。それもすべてが格闘ゲームで埋め尽くされている。こんな場所、街中のゲーセンを探してもなかなか見つからないだろう。これが旅館の中にあるっていうんだから恐ろしい。
「館長の趣味で集めてきたんだって」
「いや、集め過ぎだろ。そんでこんなところに置くなよ」
公私混同しすぎだろ。まあ俺としては助かるんだけど。わざわざこんな所で格ゲーの練習をするやつだって他にはいないだろうしな。野良試合で修行っていうのはちょっと難しいかもしれない。
「ちょっとりおんさん、見てください見てください。ワールドウォーリアーズヒストリーが置いてありますよ。新選組
「全部ぶっ壊れ性能でバランスとってるので有名なゲームじゃねえか!」
俺以上に初雪のテンションがオーバーフローしている。同人ゲーだけじゃなく商業ゲーでもぶっ壊れたゲームが好きなのか。なんとなくはわかっていたつもりだが。どうやらここの館長は初雪と趣味が合うらしい。
肝心のBlueMarriageがないんじゃないかと不安になったが、探してみるとちゃんと並んでいた。このゲームも他よりはマシとはいえ結構えぐい攻めが多いからな。館長の趣味には合っているようだ。
「アタァー!」
「今度はトニーちゃんかよ」
まだ初雪のテンションも落ちないっていうのに。どんだけ俺に子守をさせるつもりなんだ。トニーちゃんにも気になるようなゲームがあったんだろうか。そう思って目を向けると、どうやらゲームの筐体じゃなくこちらに歩いてくる集団の方を指さしている。
「アタタタタ。ホォアァァ!」
「そんなテンション上がるなんて有名人なのか?」
ボクサーならまだしも、格ゲーマーなんて俺は顔と名前がまったく一致しない。名前だけなら昔の有名プレイヤーなら聞いたことはあるんだが。
歩いてくる集団は制服を着ているあたり同じ高校生らしい。とはいっても制服を見ただけでどこの高校かわかるほど俺も普段から周りに注意を払っちゃいない。確かに見たことがあるような気がするんだが、どこの高校だったか。確か私立だったな。
「
「おま、バイト先をこんなところって……で、亜久高ってどこだっけ?」
名前は聞いたことがある気がするが、何かで有名だったか。トニーが驚くぐらいだから何かあるんだろうけど、まったく思い出せなかった。
「知らないの?
「いや、知らん。新人戦に一人くらい出てたか?」
「ボクシング部はないんじゃない?」
まあボクシング部なんてどこの学校にでもあるもんじゃないからな。新人戦だってせいぜい十校程度が集まったくらいで、勉強ばかりの進学校はもちろん、私立でもないところにはないらしいからな。
「まぁ、アンタは格ゲーやってなかったんだから知らなくても当然か」
格ゲーはどこが強いだなんてまったく知らない。特にボクシングは個人戦だから比較的強いやつが集まるところはあっても、たった一人が選んだ理由は近かったから、練習は基本ジムでやってる、なんてやつがいるだけで一気に情勢は変わっていく。
そもそも高校の名前だけつけて校内で練習は一切してないなんてのもいるしな。
「あぁ! あれは亜久高じゃないですか!」
やっと筐体巡りが終わった初雪が俺の横からひょっこりと顔を出す。もうその話題は一通り済んだところなんだかな。そう思っていると、初雪が集団の中を歩いている二人を見つけて指差した。
「あ、あれは!」
「有名人か?」
「りおんさん、知らないんですか?」
その話題もさっきやったばかりだ。俺は誰も高校生の格ゲープレイヤーなんて知らない。とちめん坊というお前の前の名前を除いては。
「
「なんだそのダッサイ二つ名」
「大会で活躍していると実況さんがいつの間にかつけてくれるんですよ」
プロの格闘家ではよく変なものつけられてるけどな。あれも本人はどう思ってるんだろうか。メディアのいいように扱われてるような気がしてならないが。とにかく初雪のテンションがまたぐんぐんが上がっているあたり、あの二人も相当な強者なんだろう。機会があれば対戦してみたいものだ。
「じゃあお前のは?」
全中覇者って言うんだったらもちろんつけられているんだろう。一体どんなものなのかと思っていると、初雪は少し顔を赤く染めながら俯いてしまった。俺の顔を上目遣いでチラチラと見ているのをじっと待っているとようやくか細い声で答えた。
「……格闘変人」
「ぴったりだな」
「なんでですか!」
初雪はさらに顔を赤くしながら俺の腕をポカポカと両手で叩く。もちろんまったく痛くない。その程度の攻撃じゃ千回殴っても俺には届かない。格ゲーのボタンとは違うのだ。
「ちょっと声かけに行ってみましょう!」
「対戦でも申し込むのか?」
「いえ、スカウトです!」
いや、プロスポーツじゃあるまいし、いきなり他の高校から選手が引き抜けるわけがない。テンションが上がりすぎてついに壊れたか。
「カラキチさんといえば
なるほど、有名人なりに特徴があるらしい。初雪は変人扱いされているあたり、あのどこから飛んでくるかわからない昇竜と中段の押し付けが特徴なんだろう。こっちは定石外のことばかりされて混乱しているのも事実なんだが。
「あの二人がいれば、格闘超人はもっと上のレベルに行けるはずです。ぜひ私たち格闘超人同好会にお誘いしましょう!」
「待て。いつから俺は頭数に入ってる?」
「もちろん最初からです。発足メンバーですよ」
勝手に変な同好会に入れないでくれ。間違いなくその同好会はお前一人しか参加していないから。まぁ、他の高校のやつの方が騙されてくれるかもしれないな。中身はともかく見た目はいいからな。
今にも駆け出しそうな初雪を手で制してとりあえず抑える。数日ぶりに主人に会った犬みたいだ。どうしたものか、と思っていると、さっき初雪が興奮気味に説明してくれた二人の方からこっちに近付いてきた。やめとけ、こっちは地獄への片道切符だぞ。
「誰かと思ったらとちめん坊さんじゃないか」
「こんなところで会うなんて奇遇だねえ」
そりゃそうだろう。こんな立派な旅館に格ゲーの筐体が並んでいて、そこでトッププレイヤーたちが集うなんて俺もまったく思ってなかった。武者修行にしてはちょっとレベルが高すぎるかもしれない。
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