双子のツープラトンアタック
「今日はやるぞ」
放課後のホームルームを終えた俺は、担任がどなるのも無視して廊下を走り抜け、部室へと駆けこんだ。まだ誰も来ていない。いつものイスに腰かけると同時にBlueMarriageを起動する。初雪が来るまでに少しコンボの確認をしておこう。
始めてすぐに、部室の鍵が開いていることに少し驚きながら初雪が入ってくる。同時にひなたサンも顔を出した。この人はあいかわらずいつもの席に座って、今日はタブレット端末にスタイラスペンで何かを描いている。キャラが好きだって言ってたし、イラストも描くのか?
「ほら、初雪。対戦するぞ」
「なんで決定事項なんですか」
「俺が負けたら帰りに駅前のクレープおごってやるぞ」
俺を無視してパソコンの前に座ろうとした初雪の動きが止まる。俺は行ったことがないんだが、クラスの女子がそんな話をしていた。最近できた店でなかなか評判がいいらしい。
初雪は手当たり次第に友達を格闘超人に誘ったせいで、ちょっとクラスから、いや学校全体から浮いている。
俺は初雪がどうしても、というときだけは相手をするが、格ゲーをやらないひなたサンはもちろん、トニーちゃんだってまったくやろうとしない。部員でこれなんだから、他のやつらならお察しだ。
「……デラックスですか?」
「いや、メニューは知らんが」
「デラックスならやります」
俺の返事を聞くつもりはないらしい。初雪は今までに見たことがないくらいの力のこもった目で俺の隣に座った。いつもはパソコンに繋いであるコントローラーをわざわざこっちに付け替える周到ぶりだ。どんだけクレープ食いたいんだよ。
まぁ相手をしてくれるなら何でもいい。初雪はキャラセレクト画面でも手慣れた動きでカエデを選択する。迷いのない動きだった。俺に目配せをしながら早く選べ、と急かしている。こんなに簡単に引っかかるなら早くエサで釣っていればよかった。
「クレープー。アイスを乗せてー、くるくる巻いてー」
初雪は俺の気持ちなんてまったく知らないまま、クレープのオリジナルソングを歌っている。だからどんだけ食いたいんだよ。
俺が冥夜からカーソルをずらし、ミツバのところで決定すると、さすがの初雪も驚いた顔でこっちを向いた。この顔を見られただけでミツバを練習した甲斐があったかもしれない。
「え? ミツバ使うんですか?」
選択ミスならやりなおしてもいいですよ、なんて言いやがる。一度選んだキャラは変えられないから、一度メインメニューまで戻らなくちゃいけない。そのくらい信じられない、と初雪も思っているらしい。
「それ、初心者が使うようなキャラじゃないですよ」
「知ってるよ。知ってて使ってんだよ」
オススメしないという話なら、昨日嫌というほどネットで見たさ。それでも、こいつは難しい以上に面白い。そして強い。それを試すのにうちの部最強のお姫様ほど適任者はいないのだ。
「とにかくやってみりゃわかるさ」
「それもそうですね」
初雪の声色は少し明るくなったような気がする。俺にもその気持ちが少しわかる。相手が自分の思っていたこととまったく違うことをやってきたとき、どんな困難が自分に降りかかるのか。それを恐れるのではなくて楽しんでいる自分がいるんだ。
間違いない。初雪は強い。
もう十分思い知らされたというのに、それでもまだその強さの片鱗を何度も感じさせてくれる。リングの上ではほとんど感じられなくなっていた何かを俺は思い出していた。
戦闘開始。ゴングの代わりにラウンドコールが響く。まずはリングの中央でグローブを合わせ、なんてことはしない。いきなり殴りかかるのが格ゲーのやり方だ。
様子見のジャブ代わりはヨツバの突進技。後ろから拳を撃ち込んで相手にガードさせる。その後に続くのは当然ストレート、ミツバの大振りだがしゃがみガードできない中段技だ。普通なら発生が遅いせいで相手の攻撃に割り込まれる可能性があるところをヨツバとの連携でそれをさせない。これがミツバの真骨頂だ。
ガードされた後も連携で固め、最後にヨツバの攻撃で終われば、相手の反撃にはもうミツバの硬直は終わっている。何もできないまま相手の攻撃を食らうしかないなんてことはない。
この動きが欲しかったんだ。相手に攻撃を当てるのも相手の攻撃を避けるのも結局読みと経験がものをいうことは変わらない。それでも自分が何もできないまま画面を見ている時間は格段に減る。肌が燃えるような刹那の駆け引きをゲームで味わえるとは思わなかった。
「さ、いくぜ」
どんなに強いプレイヤーだって、連続ガードなのかわからない連携に中下段の崩しを混ぜられれば下手な行動はできない。初雪得意の昇竜だって、コマンドを入れている間は無防備になる。本来なら固めの切れ目を狙えばいいが、二人相手ではそうもいかない。
耐えきれなくなって崩れたカエデにコンボが入る。またヨツバの攻撃から崩しにかかる。この繰り返しだ。まだ俺がミツバを使っているという事実に驚きが残っているんだろう。普段は冷静な初雪にも焦りが見える。
いつもならパーフェクトもある試合が、完全に俺のペースで進んでいた。
そもそも俺にだってよくわかっていないのだ。がむしゃらに攻撃を出してはガードを崩せれば、と狙っているだけだ。さすがに一晩で連携を覚えきれるほど簡単なキャラじゃなかった。
小技でミツバ自身も固めを助けながら、ときどき崩しにかかる。四度目の択でようやくカエデが食らってくれる。さすが初雪、もう対応してきやがった。ガードの堅さも一級品だ。現実の本人はクレープにつられるくらいのおとぼけのくせに。
コンボが決まって、起き攻めに移る。またヨツバで固めようとして、画面上のヨツバが目を回しているのが見えた。やべえ、過労死してる。
ヨツバの能力は強力だが、当然弱点がある。ヨツバが休みなく行動し過ぎたり、相手の攻撃を受けたりするとゲージが減っていき、こんな風に一時的に行動不能になるのだ。そうなるとミツバ一人で戦わなきゃいけなくなる。
CPU相手ならほとんど気にしなくてもよかったが、初雪のようにガードが堅い相手だと崩すまでに時間がかかってヨツバを休ませられなくなってしまうのだ。せっかくいい感じだったっていうのに。
カエデの小技暴れを読んでガードする。ただそれができたからといって何もできない。とにかく今は耐えるしかなかった。ヨツバと二人一組な分、ミツバ単体の性能は少し控えめだ。カエデとまともにやりあったら勝ち目はないだろう。ましてや相手は初雪なのだ。
とりあえずしゃがみガードで
何かいい手は、と考えて、とっさにコマンドを入れる。無敵技はない。だがミツバだけでもできることはある。超必殺技の『エレメンタルクローバー』。
こいつには発生保障がある。相打ち上等。ぶっぱなす!
ちょうど崩しにきていたカエデの地上中段がミツバの頭を狙う。そもそもコマンドを入れていてガードしていなかったのだから投げじゃなければなんでもいい。暗転が入ってカウンター、という声が同時に二つ響く。
崩したはずのカエデが七色に光りながら回転するクローバーに切り刻まれてK.O.する姿が映っていた。
「よし」
ガッツポーズしたい気持ちは抑えたが、声までは抑えられなかった。ラウンドをとった。もう勝てないんじゃないかと昨日は思った初雪相手に。ミツバ、こいつはいける。勝ち口上も次のラウンドコールも遅く感じる。このまま勝つ、そう思っていたところに初雪の落ち着いた声がする。
「すいません。クレープ、何食べようか考えてました」
おい、全然目が笑ってないぞ。
下校中に食べたクレープは確かにクラスで話題になるだけのことはあってうまかった。ただそれ以上にデラックスサイズにトッピングの期間限定ジェラートまで乗せた初雪のおかげで、千円札が二枚も財布から消えていってしまった。これは初雪の本気をみることができた勉強代、ということなんだろう。
嬉しそうにクレープを頬張って口の周りをクリームで汚している初雪を見ていると、あの鬼神のような指さばきができるようには見えないんだけどな。
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