勝利へのカウンター
それからは二か月ほどそんな生活が続いた。俺のケガもすっかり治って、結局家と学校の間にあるボクシングジムに通うことになった。プロテストを目指すことも考えたが、今は初雪の方が気になっていて、とりあえず練習に参加させてもらっているだけという感じだ。
格ゲー部にいることにもすっかりと慣れて、部室の一画にあるパソコン用の少し豪華なイスはすっかり俺のものになっている。機嫌のよさそうな初雪を見かけたときは声をかけて対戦を申し込む。俺が勝てば大会に出る。負ければ帰りに何かをおごってやる。そういう条件だった。
おかげでここ最近は小遣いの半分くらいが初雪に渡っているような気がする。勝てない以上はしかたがないのだが、そろそろ勝っておかないと俺の財布の方が先にダウンするかもしれないな。
「さて今日もやるか」
「あいかわらずですね。今日は何食べよっかな」
「自分が勝つ前提で話を進めるなよ」
食べ物で釣ってるとはいえ、初雪の機嫌もかなり良くなってきた。BlueMarriageを見るだけで頬を膨らませていた頃と比べるとずいぶんとマシだ。こうして声をかければそれなりに答えが返ってくるし。まぁ負けた後は格闘超人に付き合わなきゃいけないのは変わらないんだが。
今日は一ラウンドから勝負をかけた。開幕から低空ダッシュとヨツバの攻撃の二段構えだ。俺は格ゲーの勝ち方は知らないが、ケンカの勝ち方は知っている。弱い奴がやるべきことは、不意をうって相手を驚かせることが一番大切なのだ。
とにかく攻め手が苛烈なミツバということもあって、様子見から入ってきた初雪のカエデの頭を捉える。それでもしっかりガードして反撃に無敵技を入れてくるあたりはさすがだ。 結構派手にいったと思ったんだが、初手の選択としてはありえない手段じゃない。もう少し派手なことをしないと経験値の高い初雪は驚いてくれなさそうだ。
受けた昇竜でダウンを取られたが、その後の俺は以前よりもずいぶんと落ち着いていた。起き攻めは大きく分けて三つ。中段、下段、投げ。地上からの早い中段と投げ抜けができないコマンド投げが厄介だ。
そして初雪はこの性能のいい地上中段を振りたがる。毎週配信だってしっかりチェックしているんだ。癖はしっかりと覚えていた。前転で裏に回りヨツバと二人で挟む。ここからがミツバの本領発揮だ。
ヨツバの攻撃をガードさせて、まずは固める。そこにミツバの中下段択で崩しにかかる。ミツバの基本のセットプレーだ。とはいってもまだ俺はそれほど択が多くない。単純な低空ダッシュとリーチの長い中足を主体に崩しにかかるが、そう簡単には崩れない。ヨツバのフォローがあるとはいえ、隙間ができると昇竜が飛んでくる可能性もある。
逆に言えば相手にとって都合のいい逃げ方は無敵技ということになる。それをどうやってひきずり出すか。厳しい固めの間に挟んだ小さな隙間。相手にとってはチャンス。それを能動的に与えることができれば。
当然初雪は撃たざるをえない。このまま固められていても早々簡単に抜け出せはしないのだから、体力のあるうちに攻勢に出るべきだ。読み切ったそれをガードする。飛び上がって降りてくる相手にしっかりとコンボを入れると、ぐっと勝利が手元に近付いてきた。
しかもダウン状態からの起き攻めつきだ。下手にバーストして次のラウンドを不利にもできない。そのまま押し切る形で一ラウンド目は俺の手に転がり込んできた。次戦を見据えて初雪が勝ちを譲ったところはあるが、それでも勝ちに違いはない。
あとはこのまま押し切って、初勝利をもぎ取ってやるまでだ。
そう思っていたのだが、現実はそれほど甘くない。向こうは百戦錬磨と言っていい全中覇者なのだ。一度や二度、意外なところで驚かされたからといって、それで崩れてくれるような人間ならどこかの頂点には立っていないだろう。
ミツバはプレイヤー人口こそ少ないとはいえ、トッププレイヤーならその攻めの強さから愛用しているプレイヤーは多い。もちろん初雪も対策は頭に入っているに決まっている。連携の切れ目やヨツバを叩くことで隙を生んでうまく切り抜けられる。
元々二人でひとつのキャラなのだ。片方がやられるとこっちは当然ジリ貧になってくる。
やはり付け焼刃ではそうそう簡単にはいかない。二ラウンド目は早々に落としてしまった。これで一ラウンドずつ。次をとれば俺の勝ち。そうでなければこの修行はまだ続くことになる。
ファイナルラウンドのコール。不意打ちはもう通用しないだろう。ならば正統に行くしかない。
ミツバの強みは二人同時に攻撃できること。ただ攻撃だけじゃない。ミツバが裏に回れば、前から攻撃しているヨツバの攻撃もめくりになる。
熟練者と言ってもこの単純な二択を完璧に見るのは難しい。ある程度は読んでくるだろうが、ガードされても不利じゃない。仕掛ける回数はそれなりに稼げるはずだ。
そもそもこっちは何度も挑戦して一度勝てばいい、という不公平で楽な条件だ。この一ラウンドを惜しんで下手に慎重になってもいいことはない。負けたら負けたで、また練習すればいい。スポーツというのはそのために安全にできている。
まずは裏から。メインの択はめくることによって相手のガード方法を混乱させることにある。それでも読まれてしまえばガードされてしまう。投げも混ぜつつ揺さぶりをかけていく。
こうなると正直言って向こうの読み次第だ。こちらもそれほど難しいセットプレイができるわけじゃない。ただ単純になるということはそれほど悪いことじゃない。行動が単純な分、よけいな予備動作がなくなって見て判断するのは難しくなってくる。一瞬一瞬が全力をこめたじゃんけんの様相を呈してくる。
ここからは相手がミスしてくれるのを待つばかりだ。その前にこっちが倒れないということも必要になってくるが。
最初の裏はヒット。確認からコンボを入れて起き攻めに入る。さて次は。フェイントはできない。いや、なくもないのだが、ボクシングのようにジャブを半分出すような軽快な行動はできないのだから無理にやる必要もない。
当たってくれることを願って崩しをしかけるしかない。悩んでいた分、行動が遅れる。とっさに出した中足をガードされ、ヨツバのフォローもむなしくガーキャンから吹き飛ばされる。こうなるとミツバは辛い。攻めてるときは好き放題できるが、守りに入ると一気に辛くなる。これもケンカと同じだ。
こっちはゲージがあればガーキャンで切り返すか、エレメンタルクローバーをぶっぱなすという手もあるが、ないとなると相手の隙にA攻撃で暴れるくらいしかない。今度はまたお願いする時間だ。
結局自分にできることはコントローラーを通じてキャラクターに指示を出すことだけ。そうである以上、できることは限られてくる。こうして自分の読みが当たっていることをお願いするのも、ある意味大切な戦略かもしれない。
このままじゃ凌ぎきれない。ふと、そう思った。でもこれは諦めたわけじゃない。ガードができないなら、相手の攻撃をかわしながら殴るしかない。カウンターだ。
そうだ、俺はいつもそうやってピンチを切り抜けてきた。相手の猛攻の隙間を縫って、拳を伸ばす。殴るんじゃない。相手が向かってくるところに拳を置いておくのだ。自分の体は相手のフィニッシュブローを避けながら、相手が来るはずの場所に罠のようにグローブを差し出す。そうすると、自分の力を自分で受けてそいつはマットの上に倒れ込むのだ。
中段と読んだ。だから、ミツバで回避しながら後ろからヨツバでカエデが来るはずの場所に攻撃を出す。カウンター、という無機質なシステムボイスが響く。知らず知らずのうちにコンボが繋がっていた。
フィニッシュの言葉を聞いた時にも、まだ俺の手はボタンを押し続けていて、コンボの途中で相手が倒れたのに気付く余裕などなかった。
コンビネーションは無意識にできるぐらいでちょうどいい。それは格闘技でも格闘ゲームでも同じだ。二ヶ月の練習がやっと俺の手にコンボというものを刷り込んでいた。勝利のリザルト画面まできて、ようやく俺は初雪から一勝をもぎ取ったことに気がついた。
「よし!」
思わずガッツポーズだって出る。ホォォ、という感心とも称賛ともとれないトニーの鳴き声がする。
「何してるんですか? 次やりますよ」
「今ので俺の勝ちだろ」
「三本勝負ですよね?」
それは最初の日にやった対戦だけだろう。いつも一本勝ったらすぐに容赦なくお前の方からやめるじゃないか。それが今日はてこでも動かないという顔して、もうカエデのキャラ選択も済んでいる。
「ま、俺も対戦経験は欲しいしな」
「ごちゃごちゃ言ってないで早くキャラ選んでくださいよ」
「分かったって」
結局あの勝利はやっぱり奇跡みたいなものだったらしい。その後の対戦はいつも以上にボコボコにされてまったく手が出なかった。さすがは全中覇者ってことなんだろうか。それでも一勝できたというのは俺にとっては大きな自信になる。
それに何よりも初雪がBlueMarriageをやりたいと言ってくれたことが素直に嬉しかった。こいつはまだ負けていない。だから今度は二人で証明する。最強ってのはどんな気分なのかを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます