ゲーセンにいこう

「でもボクシングだって一撃必殺あるじゃないですか」


 そう言いながら初雪が放ったへなちょこなテレフォンパンチを俺は軽くパリイでさばく。そんなんじゃ一撃必殺のパンチにはならないな。


「まぁ、ないこともないが」


 確かにボクシングは他の多くのスポーツと違って一発逆転の技がある。どんなに不利な状況になっていても相手のチンこめかみテンプルをとらえればそのままK.O.ということも十分にありえるのだ。そういうところも俺がボクシングを好きでいる理由だ。


「それと同じ感じで、バシッと撃てばいいんですよ」


 簡単に言ってくれるが、適当に撃って当たるものでもない。ボディで相手を削って、ジャブで相手の意識をそらして、その先に狙い澄ましたように必殺のブローを打ち込んでいく。


 一撃必殺の条件を揃えるという意味では似ているかもしれないが、やっぱり少し違うような気がしてならない。ボクシングの準備段階は結局勝利に直結しているものであって、BlueMarriageのように勝利から遠回りをして狙うようなものじゃない。


「まぁ、やってみればわかりますよ」


「これからやるのか?」


「ここでできればいいんですけどね」


 初雪は制服の胸元を扇ぎながら、はぁ、とうだるような暑さに溜息をついた。勉強がはかどらないからこうして夏休みになっているのだ。それに新規の部活ということもあって、格ゲー部の部室のエアコンはかなりの型落ちで性能にも不安がある。


 マイナー同人ゲーならともかくBlueMarriageなら他にいくらでもやる場所はあるはずだ。どうやら省エネとやらで職員室のあたりはいいんだが、このあたりは他の部活もあまり活動していないようで、廊下も外と変わらない暑さだ。


「あ、そうだ。ちょっと出かけてみましょう」


「どこに?」


「私がよく行ってるところがあるんですよ」


 格ゲーができる場所。つまりはゲーセンなんだろうが、そんなものeスポーツ全盛期の現代ではそこらじゅうに転がってる。わざわざ選んでいくぐらいだから何かいいことがあるんだろう。もしかするとクソゲーの宝庫かもしれないが。


 ゲーセンならどこであってもこんなに暑いってことはないだろう。そうと決まればさっさと移動してしまうに限る。この暑い中にいたら、ただただ砂漠の中で死を待つようなものだ。残っていたスポーツドリンクをがぶ飲みして、俺は初雪の後ろについてそのゲーセンへと向かった。


 初雪、なんて名前だからか暑さには弱いらしく、華の乙女だというのに頭にタオルを乗せたまま、おぼつかない足取りでふらふらと前を歩いている。本当にちゃんと目的地に着くんだろうか。


「大丈夫か?」


「大丈夫ですよ、まだ、たぶん」


「もうワンコンボでダウンって感じだな」


 K.O.されると俺まで道に迷うことになって共倒れになるからやめてほしい。現実はどこも舗装されたコンクリートジャングルであって、逃げられる店なんていくらでもあるから大丈夫なんだけどさ。


 途中で休憩を入れるかと聞いたが、初雪は無言のまま首を振ってまっすぐにゲーセンに向かっていた。なんとか倒れる前に冷房の効いた部屋に流れ込む。大通りの大きなチェーン店ではなく、個人運営のゲームセンターらしい。


 大きさはそれなりで、特に格闘ゲームに力を入れているらしくこの間の旅館とは比じゃないくらいの数の筐体が並んでいる。


「こんにちは」


「いらっしゃい。とちめんちゃんは久しぶりだね」


「あ、ネーム変えたんです。初雪って今は言ってて」


 プレイヤーネームも改名すると周りに伝えなくちゃならないから大変だな。それにしてもよく行くお店に久しぶりってことはこういうゲーセンの野良試合からは離れてるってことか。旅館でも結局やってなかったからな。


「あ、こちらりおんさんです。最近格闘超人を始めて」


「待て、その説明はおかしいだろ」


 俺はお前にやらされているだけで、別に自発的に続けてるわけじゃないぞ。というかまさかここにまで格闘超人があったりしないよな?


 店長らしい人も苦笑いを浮かべているところを見ると、俺のことを誤解しているということはなさそうだ。


「BlueMarriageやるんだろ?」


「はい。ここは時間制のサービスをやっているんですよ」


「時間制?」


 大きなゲーセンだと筐体を時間貸ししているところも多い。ただそういうのは個人で大会を開いたりイベントをやったりする場合で、たった二人で借りるくらいなら、家庭用の方を涼しいどちらかの家ででもやればいい。

 でもわざわざ初雪が連れてきたくらいだから何かあるんだろうとは思うが。


「ここの格ゲー筐体、全部借りられるんです」


「ここの、ってこれ全部か?」


 ワンフロアのゲーセンの半分以上を占めているこれを全部借りるとなると、五〇台近くあるような気がする。もちろん全部が違うわけじゃないがそれでもタイトルはかなりの数になるだろう。


「はい。もちろんたくさんの人が同時にですけど」


「ってことは時間の間はフリープレイってことか」


「はい。負けてもお財布が痛まないですよ」


 それは初心者にはありがたいシステムだ。ゲーセンに来られなくなる理由は負け続けて嫌になるよりも、負けるとお金がかかることだからな。ネット対戦も充実しているとはいえ、この世界には光より速く情報を伝えるものは存在しない。


 たとえば東京からアメリカのニューヨークに行くまでには、どうしたって二フレームかかってしまう。それはわずかであっても遅延ラグであり、物理的に越えられない壁がある以上、こうして対面で対戦できるゲーセンは必要とされているのだ。


 それにパソコンのスペックが足りないことによる遅延ラグもまず起きない。最近は売り上げが右肩上がりで筐体の基板もかなりの高スペックを維持しているという話で、個人パソコンでは手の届かない高品質の対戦が保証されていることもゲーセンの根強い人気を支えている。


「負けても気にせず一撃をぶっぱなしまくりましょう!」


「嫌なやつだなぁ」


 受付に時間貸しをお願いして、首からさげるカードのようなものを受け取る。これが時間貸しをしている目印になるんだろう。


 確かに読み負けたとはいえ、クレジットがぶっぱなした一撃必殺技に呑まれていくと考えると俺も嫌になる。外れたときに呑まれるのはこっちのクレジットということになるが、今回はそれを気にしなくていいなら気楽だ。


「ほら、あそこ空いてますよ」


 初雪が並んだ筐体の一画を指差す。結構遠い場所なんだが、どこに何のゲームがあるのかだいたいわかっているらしい。あまり配置換えはしていないのか、行ってみると確かにBlueMarriageの筐体が並んでいる中に、対戦待ちの筐体があった。


「プレイヤーネームはザコキャラ、って初心者同士の方がいいのか?」


「段位見てください。格ゲーマーの自称ザコほどアテにならないものはないですよ」


 言われた通りに画面上の段位を確認する。プレイヤーの戦績に応じて与えられるもので、熟練度の目安になるものだ。俺のネット対戦のものよりも遥かに強い。アーケードの方がプレイヤーの全体レベルが高いと言われていることも考えれば、かなりの強者だ。


 使っているキャラクターは前に俺も使っていた冥夜。主人公らしいスタンダードな技構成の波動昇竜型だ。裏を返せばこのキャラクターで勝てるということは、きちんと基本ができているという話でもある。地力が高いということを示していると言えそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る