三章 一撃必殺と聖帝とコマンド投げ
初雪先生の格ゲー講座(変人向け)
夏休みも月が変わって本格的な暑さが全身に刺さるようになった。減量をするなら気楽でいい時期なんだが、今の俺にはただただ体をだるくさせるだけだ。
そんなうだるような熱気の中、俺をこうして学校まで呼び出したやつのところに律義に向かっていた。
日陰でも少しも涼しくならない廊下を逃げるように走り抜けて、部室へと入る。すると初雪はいつものようにパソコンの前に座って格闘超人をやっているようだった。この姿を見ると少し安心するようになった自分が悲しい。
「あ、来ましたね」
「なんだよ。この暑いのに」
部室にはほかの二人の姿がない。トニーちゃんは創作ダンス部の方にいっている。ひなたサンはもうすぐコスプレの大きなイベントがあるからといって縫製に忙しいらしい。そんなわけで格ゲー部はほとんど集まることがなかったんだが、今日になって急に初雪が部活をやると言い出したのだ。
「なかなか格ゲーの相手がいなくて」
「ネット対戦ならあるだろ」
「だって、誰もやってないんですもん」
そりゃ日本中探しても格闘超人の相手はそうそういないだろうよ。
「りおんさんはネット環境整えてくれないですし」
「パソコンはそんなに強くないんだよ。同人ゲームのネット対戦ツールとか言われても」
本当はさすがになんとかわかりそうではあるんだが、家にいるときまで格闘超人に縛られたくないところだ。BlueMarriageはネット対戦機能が最初からついているから面倒な設定とかないしな。
「そういうわけで呼び出したわけです」
「じゃあ帰っていいか?」
「ダメですよ。じゃあまた何か教えますから、授業料、前払いで」
最近はこういうパターンが増えてきたな。前は帰りに何かを奢ることが多かったんだが、それより格闘超人の対戦相手が欲しいらしい。これに毎度付き合わされる俺にも少しは配慮してほしい。ツッコミ疲れるんだよ、このゲーム。やるたびに新しい挙動が出てくるからな。
「それじゃさっさとやって新しい授業やってくれよ」
「はいはい、やりましょう!」
俺が乗り気じゃないのを表に出しても、初雪は少しもひるむ様子はない。何かと文句をつけても俺が最後まで付き合ってくれると信じ切っている。俺自身もその期待を裏切るつもりはないんだが。
それに最近は対戦も格闘ゲームらしくなってきた。いやもともと格闘ゲームなんだからそれが正しいんだが、とにかく初雪もかなりひどいバグを使ったりするようなことはなくなった。それでも挙動のおかしい永久コンボはいくらでもあるんだが、ライフバーストでコンボを抜けることもできる。
この対戦も含めて、俺に格ゲーを教えているということなのかもしれない。だとすると初雪はまた戦って勝つということを悪いことじゃないと思ってくれているんだろうか。もしそうなら大会では一つでも上に勝ちあがりたい。
「相変わらずこれも強いな」
「一番やり込んでますからね」
「そうだな。このゲームはお前が全一だよ」
他にこのレベルでやりこんでる人間なんてまずいないだろう。元々他の格ゲーも強いんだから、そんなやつがやり込んだら強くなるのは当たり前のことだ。
スポーツに走ったり飛んだりというような基礎的な体力があるように、格ゲーにもいろんなゲームに共通する基礎的なテクニックというものがある。だからそれが理解できているかそうでないかによって上達の度合いもかなり変わってくるものだ。
密着した相手には投げを入れる。固めは極力不利の少ない技で終わらせる。崩しは有利なときにしかける。そういった小さなことをきちんと積み重ねていけば、勝ちに近づける機会は自然と多くなるだろう。
勉強と実践。その二つを何度も繰り返さなければいけないのは、どんなスポーツでも同じということなのだ。
格闘超人の対戦が終わって、古いパソコンの電源を落とす。ここからは初雪先生の格ゲー講座だ。
「さて、じゃあ今日は私の必殺技を教えましょう」
「暑い中来たんだから使えること教えてくれよな」
「もちろんです。これができたら絶対試合に勝てますよ」
ずいぶんと大口を叩いたな。普段は割と控えめなくせに、こういうところだけは妙に自信を持っていたりする。実際に強いんだから変に謙遜されるよりは扱いやすくていいんだが。
「それは、一撃必殺です」
「一撃技って、お前がよく配信で使ってるやつだろ」
「そうですよ。当たれば絶対勝ちです」
初雪は自信満々にそう言ってくれるが、本当に当たればという話なんだよな。
BlueMarriageでは相手の体力に関係なく当てれば確実にK.O.できる一撃必殺技が用意されている。対戦中に七つの条件を満たすと技の使用が解禁され、他のゲージも不要、コンボに組み込めるということもあって強力なシステムになっている。
ただBlueMarriageは攻めの強いゲームデザインになっていることもあって、一撃必殺解禁のためのコンボや立ち回りをするよりも、攻めを押し付けた方が勝ちやすい。そういうわけで特にトッププレイヤーの間ではあまり使われていない要素でもある。
そしてこの一撃技をおそらく世界で一番研究しているのがとちめん坊、つまり初雪だった。
「じゃあ実際に使ってみましょう」
「ミツバはコマンドがなぁ」
一撃必殺技はキャラクターごとにコマンドも異なる。簡単なキャラならいわゆる真空コマンドでいいが、ミツバのような攻めが強力なキャラは複雑になっている。右左右の後に後ろから前に半回転、テンキーで言うと64641236ということになる。
しかも発生が遅く通常のチェーンからは繋がらない。ミツバの恐ろしい固めと崩しの性能を考えれば、はっきり言って使うのはネタか煽りにしかならないだろう。
「でもミツバにとっては数少ない無敵技ですよ」
昇竜と同じように言うなよ。ゲージいらずとはいえ、失敗するとせっかく満たした条件が全部消えるし、ミツバの場合はヨツバが一時戦闘不能になるリスクまであるっていうのに。
それだけのリスクを冒してでも欲しいのは勝利ではなく、めちゃくちゃな読みで勝ったという快感だろう。
「無敵技でももう少しリスク少なくならないか?」
「反確もやりにくいですし、十分ですよ」
その後、ヨツバの復帰まで逃げ回る時間はリスクに入らないのか? こいつの場合は当たれば勝ちだから、と言いそうだから困る。経験値の勝負で真っ向から挑んだら、俺に勝ち目はない。そんな無理な勝負をしかけるほど俺は蛮勇ではないつもりだ。
「コンボにするなら6Aとか6Bのカウンターヒットからですかね」
「ミツバのまで覚えてんのかよ」
自分じゃ使えない、とかよく言ってるくせに一撃必殺のルートだけは頭に入っているらしい。その初雪がそれだけしか知らないことに、ミツバと一撃必殺の相性の悪さが白日の下に晒されていた。
「やっぱりぶっぱなすのが一番ですね」
「結論はそこに落ち着くのか」
使わない、と言わないところがいかにも初雪らしい。こいつはとにかく即死だとか永久だとか一撃だとかいう言葉に弱いのだ。そのうち一撃必殺技を持ってます、とかホラを吹く知らない男に騙されてふらふらとついていきそうなくらいには。
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