七つの炎

 クレジットを入れようとして手が止まる。ゲーセンで無料っていうのはなんとなく慣れないな。いや、さっき受付に時間貸しの代金は払っているんだが。


「いっちげき、いっちげき」


「その変なコールやめろ」


 そもそもこの相手に一撃の条件を揃えられると思うか?

 一撃必殺技の使用条件は共通する七つの条件を対戦中に満たす必要がある。


 ワンコンボで基本体力の三割にあたる三〇〇〇ダメージ。つかみ投げを当てる。リバーサル攻撃を当てる。超必殺技を当てる。バーストを使う。ダウン追い打ちをする。相手の中段技をガードあるいは投げ抜けを三度成功させる。この七つだ。達成すると画面上の対応した悪魔の炎マークが点灯する。


 ラウンドをまたいで条件達成は継続し、一撃必殺技が不発するとすべての条件がやり直しになる。簡単に満たせるものと狙ってやるのは面倒なものが存在する。特に挙げられるのはつかみ投げとダウン追い打ちだ。


 つかみ投げは一撃の条件を満たせる代わりに発生が遅く、追撃不可能な投げ技だ。さらにジャンプしている相手はもちろん、しゃがんでいる相手にも当たらないのでそう簡単には当てられない。ただつかみ投げのコマンドでなければ抜けられないので使いどころはある。


 もう一つはダウン追い打ちで、コンボの早い段階でなければ相手が復帰してしまうので使えないくせに追い打ち後は一部キャラを除いて追撃不可になってコンボが安くなりやすい。


 硬直差もよくないせいできちんとコンボを入れた方が状況がいいことが多く、一撃必殺技があまり使われない原因になっている。


 それとミツバは無敵技がないのでリバーサルでの攻撃を当てるのが難しい。ダウンバーストを使うか、相打ち上等で発生保障のある超必殺技をぶっぱなすか、ということが多くなってきそうだ。


「つかみ投げは中段の裏択として意識させていきましょう。ダウン追い打ちは早めに使っておいた方が終盤で悩まなくていいですよ」


「一撃の話になるとやたらと解説が饒舌じょうぜつになるな」


 ミツバを選びながら初雪の話を聞いておく。今までとまったく違う戦い方をしなくちゃいけないが、逆に言えば何か新しいことに気がつくかもしれない。


 開始と同時にまず狙っていくのはダウン追い打ちだ。A始動の安いコンボなら早めに切り上げても痛くない。それに本来なら硬直のせいでほとんど五分からの起き攻めになるところをミツバならヨツバのフォローで固めにいける。


 相手もまさか炎を狙ってくるとは思ってなかったんだろう。ダウン追い打ち後に様子見していたのか起き上がりが遅い。ヨツバの固めはスカされたが、おかげで投げにいける。ここでつかみ投げだ。


 発生の遅さも見慣れないせいで気にならない。見事に相手を地面に叩きつけてもう一度起き攻めに入る。ここまで二回攻撃を通した。普通なら半分近くは体力が減っていそうなものだが、まだ二割を過ぎたあたりだ。いかに一撃必殺技の準備が大変かわかる。


 あとはダウンバーストを使えばだいたい条件はなんとかなるだろう。相手もさすがに一撃狙いだと気付いているだろうから、ここからは考えなしにバーストすることもできなくなるが。


「いい調子ですよ。次はしっかりコンボとっていきましょう。締めは超必で」


 簡単に言ってくれるが、ここまではほとんど不意打ちだった。まともな刺し合いで当てるのは難しいんだぞ。初雪との対戦でもそうだったが、ミツバは不意打ち性能が高い代わりにバレると脆いところが目立ってくる。


 その辺りをプレイヤーの技量でうまく守っていかないとただのかかしと化す。切り返しはゲージがないと安全な手はないから、この間の暴れを上手に通さないとならなくなる。


 そんなことを言っている間に、ヨツバの隙をついて長い5Bをガードしてしまった。ここから横押しで画面端まで連れてこられると、厳しい固めと崩しが待っている。器用貧乏というのは裏を返せばうまいプレイヤーにとってはなんでもできるということでもある。


「あぁ、面倒なことになったな」


 ヨツバが画面から消えていく。横押しで一度離れると呼び出しコマンドを使わないと二人同時には行動できない。こうなるとミツバ一人で対応しなくちゃならなくなるから困る。先に攻めていたおかげで溜まっていたゲージを使ってガーキャンで切り返す。炎のことを考えると、超必殺技をぶっぱなしてもよかったな。


 ヨツバを呼んで牽制を任せながら中下段の択を絡めていく。一方的に殴られるんだから相手からしたらたまったもんじゃないだろう。それでもここで守り切られては困る。ミツバは特化型。これが通らないと他のシーンでは勝てなくなる。


 段位が高い相手は攻撃を見切る能力も高い。適当に技を出しているだけでは最後までガードが崩せないままになってしまう。そこで攻撃以外の行動が必要になってくる。すかし飛びや屈伸といった方法だ。


 すかし飛びはジャンプをして攻撃すると見せかけて何もせずにそのまま着地し、投げや下段を出すという方法。屈伸は立ちとしゃがみを繰り返してから下段と中段の択を迫っていくというものだ。


 どちらも直接攻撃するわけじゃないが、しっかりと画面が見えている人間にとっては逆に目をちらつかせる効果がある。飛んでいる相手には立ちガード、地面にいる相手にはしゃがみガード。この基本が染みついているからこそひっかかってしまう。


 暴れようにもミツバとヨツバの切れ目のない固めでは難しい。冷静に攻撃を見切る必要がある中で、この動きはかなり思考の邪魔になるだろう。


 そこになんとなくよぎる予感。コーナーに追い詰めた相手が一瞬だけ冷静さを失う瞬間がある。筐体の向こうに隠れているから相手の顔はわからないが、きっと同じような顔をしているだろう。


 そういうときは決まって大振りなパンチが飛んでくるものだ。そしてそれは絶好のカウンターのチャンスになる。


 わざと固めを止める。すると待っていたといわんばかりに相手の冥夜が上に向かって蹴りを放った。昇竜だ。ミツバが固めを止めるなんて暴れを誘っているに決まっているのに、固められて溜まりに溜まった鬱憤うっぷんがボタンを押す指を止めさせてくれないのだ。


 俺のガードを見たときに、ようやく誘われたことに気がつく。だが、もう遅い。ボクシングなら強烈なストレートで一撃必殺、といきたいところだが、BlueMarriageではそうもいかない。


 それでも反撃猶予の長さを生かしてパワーアップ効果のあるドライブバーストを発動してからしっかりとコンボを入れていく。バースト効果で溜まったゲージで超必殺技を決めれば体力は残りわずか。


 炎も三つ灯り、残りは中段ガードか投げ抜け、そしてリバーサルを当てることだ。


 こうなると一撃システムの意外な強みが発揮される。普段はほとんど意識していないのに、ここまで炎を揃えられると、むやみに崩しにいったり起き攻めにいけなくなる。下手をすれば読み負けてラウンドを失うどころか、次のラウンドも一撃で終わらせられるかもしれなくなるのだ。


 相手の攻めが緩くなったところを狙って、リバーサルで2Cを振っていく。無茶な選択肢だが、攻めあぐねていた相手のジャンプ移行にリーチの長さがいい形で刺さった。わずかな体力を削りきって一ラウンド目はもらう。


 炎はあと一つ。次のラウンドを落としてもいいと考えれば、これ以上ないくらいに有利な状況だ。さらに残った炎が相手の崩しを抑制してくれる。しっかりしゃがみガードからヨツバの牽制を刺していく余裕ができる。段位の差を埋めたのは、悔しいが使えないと思っていた一撃狙いの立ち回りだった。

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