自称ほどアテにならないものはない

 ミツバのような攻めに特化したキャラは攻撃系の条件を満たしやすい上に、揃ってしまえば防御系の条件を満たさせたくない相手の攻撃を抑制することができるようになる。そうなれば脆いはずのミツバの守りが楽になるという寸法だ。


 初雪の言うことが正しいと証明されるようで少ししゃくだが、ここで勝って少しでも勝利の味を知っておきたいところだ。


「後は冷静にガードするだけですよ」


「わかってるよ。使わなくても勝てたらいいんだけどな」


 そればかりを狙っていてもしょうがない。使えるということはわかったといっても無理に固執する必要性はないんだ。本命の択を見せておいて、その裏で堅実に勝利への道筋を立てる。それも試合の構築の仕方の一つだ。


 カエデほどではないが、冥夜の地上中段も出が早く、相手の下段技をすかせるので性能は良い方だ。それがあまり飛んでこないとなれば、相手の崩しもかなり見やすくなる。とっさの相手のダッシュに合わせて投げ抜けを入れると、予想通り、投げをかわすことができた。


 普段ならおそらく投げられていたのだろう。よし、今の俺はかなり落ち着いている。画面がよく見えている。大振りの攻撃を見切ってカウンターを差し込む。


 格ゲーのカウンターは大技を合わせるんじゃない。速い技で相手の攻撃に速度で勝るのだ。


 きちんと理解が進んでいる。俺の頭が格ゲーに合わせて少しずつ変化していってるんだ。それでも積み上げてきた技能はグローブからレバーに持ち替えても俺のことを助けてくれる。


 威力が低くコンボが伸びないA攻撃でもカウンターなら話は別だ。最後までコンボを入れると、相手の体力がみるみるうちに減っていく。爽快感のある瞬間だった。


「ちゃんとガードしないと」


「いや、見えたなら反撃してもいいだろ」


 一撃を撃たせたい初雪からすれば気が気じゃないんだろう。俺としてはもうどれほど有効な戦術かは分かったから、このまま普通に勝ってしまいたいんだが。


「いっちげき、いっちげき」


「だからそれやめろって」


 どんだけ見たいんだよ。配信で嫌というほどやってるだろうに。何度見ても飽きないとでも言うんだろうか。初雪の面倒なコールを無視して、俺は画面に集中する。起き攻めが通っても相手にはまだバーストがある。


 かなり有利であることには違いないが、下手なことをすれば一気に持っていかれる可能性があるのは変わっていない。BlueMarriageは特に攻めている側が有利になる要素が多いから、一瞬の油断が命取りになるのだ。


 そう、たとえばこんな風に。


 重ねにいった起き攻めのジャンプにリバーサルの昇竜が刺さる。冥夜の昇竜は無敵時間も長く性能がいい。こういうときに使うには頼りになる。だからこそ一番警戒しなくちゃいけない行動のはずなのに。


「ちっ、やられた!」


 後転受け身をとりながら目で初雪に訴える。全面的に俺が悪いんだが当たらずにいられない。向こうの方が実力は上だっていうのに、こいつとかけ合い漫才なんてやっている余裕はないのだ。


 とはいえ、この程度のいらだちなんて格ゲーマーには日常茶飯事だ。初雪も怒りをぶつけられても気にした様子もないどころか、今のガードしてれば勝ってたのに、と薄笑いを浮かべてやがる。いつかボコる。もちろん格ゲーで。


 とにかく初雪は後回しだ。まずは目の前のザコキャラが操る冥夜から倒さなきゃならない。後転で受け身をとったせいで画面端が近い。バーストはまだ回復していないし、ゲージもまだガーキャンには足りない。


 ここは画面をしっかり見て暴れる機会をうかがう。知識があればピンチにも落ち着いて対応ができる。焦ってむやみに攻撃を振り回す方がかえって危ないのだ。ジャッジの代わりにガードしていればノックバックでいつか固めは終わる。相手も崩しにリスクがあるんだから、ここはしっかり見ていくのが吉だろう。


 中段は早いが防御に徹すれば見えなくはない。それよりも投げだ。投げをきっちりと抜けられれば一気に状況は五分に戻すことができる。ヨツバを呼ぶ時間が欲しいことも考えると、半端な有利をもらったって手が追いつかないに決まっている。


 しつこく重なる下段をじっとこらえ、相手がジャンプキャンセルで隙消しをしたところを狙って対空を叩きこむ。コンボでダウンをとると、相手の体力はわずか。ヨツバの体力も回復している。こっちは万全のまま残りを起き攻めのめくり択から削り取った。


 いい形の勝利。結局最後の炎は灯らなかったが、相手を抑圧するのにかなりの効果があることは理解できた。直接的なコンボにはつながらないが、じわじわと相手の行動を制限していく。まるでボディブローのような攻撃だ。


 序盤でペースを握れただけ、とも言えなくはないが、ともかく一発勝負のトーナメントでは有効な戦略だと思う。今後も意識しておく価値は十分あるだろう。


 さてもう一戦、と思ったが、相手の乱入はない。さすがにプレイングがひどすぎて呆れられただろうか。他の台も少しは空いているし、無理にこんなやつと戦う必要はないと思われたかもしれない。事実なだけに弁明のしようもない。


「お、初心者狩りか?」


 向かいの筐体を覗いてみようかと立ち上がると同時に、俺の後ろから声がかかる。振り返ると肩幅の広い大柄の男が立っていた。格ゲーよりも格闘技、いやラグビーとかアメフトでもやってそうな雰囲気だ。


「むしろこっちが初心者だよ」


「サブカ詐欺じゃないのか?」


 家庭用ではやってるけど、ゲーセンが初めてなだけだ。そもそも相手は赤一歩手前の高段位だ。そいつ相手に初心者も何もないだろう。いったいどのレベルまで初心者と言い張るつもりだ。


「お前も何とか言ってくれよ」


 俺はまた首を振って初雪に助けを求める。ここらへんどころか世界中の有名人なら話だって聞いてもらえるだろうに。そう思っていたんだが、初雪は文句をつけてきた男の顔をまじまじと見つめたまま固まっている。


「とちめんさんじゃん!」


 先に声を上げたのは男の方だった。でかい図体のまま初雪に走り寄る。一瞬ヤバいと思って俺はすぐさま拳を作ったが、男はなんとか理性で押しとどめたのか初雪の目の間で立ち止まると、所在のない手で空をかき混ぜながらしどろもどろに話し始めた。


「なんで花富高カプこうにこなかったんだよ」


「いえ、私なんかじゃ」


「そんなことないって。一年から余裕でエースになれたってのに」


 花富高、花富根はなふね高校ってのは確か亜久高と並ぶ格ゲーの強豪校だったはずだ。それなら初雪のことを知っていてもまったくおかしくない。初雪の煮え切らない態度は面倒なファンというよりも少し後ろめたさを感じさせる。


「で、こいつ誰なんだ?」


「おいおい、BlueMarriageやってて僕を知らないのかよ」


「高校入って始めたんだよ。初心者だって言っただろ」


 それどころかお前の高校も最近まで知らなかったぞ。もっといろんな学校でボクシングもやれよ。生身で殴り合うのも格ゲーと同じくらい楽しいぞ。


「それならしょうがないから教えてやる。僕が天下無双史上最強一騎当千BlueMarriage最強天帝、もがな様だ。よく覚えとけよ」


「あー、もがなな。わかったわかった」


「おいおいノリ悪いな、ツッコめよ」


 嫌に決まってんだろ、面倒くさい。さっきのザコキャラってやつが高レベルだったように、格ゲーマーの自称最強も同じくらいアテにならない。初雪は何か知っていそうな表情なのにまったく口を開こうとしない。


「で、入るのか?」


「お、僕とやろうってのか。相当自信があるみたいだな」


「負けても折れないタフネスなら一線級だ」


 こっちは毎日のように初雪にボコボコにやられてるんだ。いまさら強いやつが出てきたからっていちいちヘコんでたら大会に間に合わなくなってしまう。

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