意識の外側から撃つ

「じゃあ今から」


 そう言って勢いよく立ち上がった初雪の目の前にはまだ山盛りのかき氷がある。今回もまたデラックスの名を冠している。どうもこういう名前に弱いらしいな。


「もうちょっとだけ待ってあげます。命拾いしましたね」


「はいはい。ゆっくり食べろよ」


 あの少し背筋を凍らせるような冷たい瞳もかき氷の甘さにはかなわないらしい。初雪には鬼神や魔王のごとく強くあってほしいと思うと同時に、こうしてただの女の子でいてほしいとも思ってしまう。


 俺にとっての初雪はなんなんだろうか。こうして一緒にいることが楽しい理由は、こいつが格ゲーが強いっていうただそれだけのことなんだろうか。


 俺の悩みなんていざ知らず、初雪はまたかき氷をかき込んでは頭を抱えている。なんでこんなバカなのに俺はいつも付き合ってやってるんだろうか。


「だからゆっくり食えって言ってるじゃねぇかよ」


「そんなこと言ってやっぱり戦いたくない、って言っても許しませんからね」


「別に俺は逃げねえよ」


 相手に背を向けて逃げる。それだけは絶対にやらない。それはボクサーとしての俺の矜持だ。真正面からぶつかって前に倒れて死ぬ。それが一度拳を作ったやつの最低限の礼儀ってもんだろ。


 結局あの山盛りのかき氷を時間をかけて食った初雪は、かなり胃にダメージが入ったらしく、休憩がてらゆっくり散歩しながら部室まで戻った。


 あいかわらずあまり仕事をしないエアコンをつけ、それと同時にBlueMarriageを起動する。こうして隣に座るのにも慣れた。外から入ってきたばかりでまだ汗に濡れた初雪の方が目の端に映る。


「そんなにじっと見ても手加減してあげませんよ」


「別にいらねぇよ」


 そろそろ初雪にだって勝てる気配くらいでないと大会ではただのお荷物になっちまう。少し予定とは違うが、ここでいいところを見せとかないとな。


 そういえば初雪とまともにBlueMarriageをやるのは久しぶりだ。こうして並んで対戦をすることはあっても、それは初雪が新しいテクニックの解説をしたり、俺がきちんとできるようになったかの確認をしていたりで、いくらかの取り決めの中でやっている。


 何をやってくるかわからない本当の対戦という意味では夏休みに入る直前くらいまでさかのぼることになるかもしれない。そのときは負けてパフェをおごらされたんだっけか。


 今日はもうあれだけ食べたんだからもう何か食べることもないだろう。安心して勝負に集中できる。


 いつものように俺はミツバ、初雪はカエデ。どちらもマイナー寄りのキャラだが、お互いの使用キャラについては一通り理解している。いきなりゲーセンで出会った相手と対戦するのとはまた違う。手を知り尽くした者同士の戦いは様相が変わってくる。


 キャラごとに強い動きや苦手な動きは知識と経験を積んで理解しておけば、初めての相手にもそれなりに対応できる。ただそれ以上に重要になってくるのがプレイヤーそれぞれの癖だ。


 人が操作している以上、どうしたって癖や偏り、得意苦手が出てくる。それを対戦中にいち早く発見して対策をうっていくことが勝利へと繋がっていく。いわゆる人読みと呼ばれる技術だ。


 これが初雪相手となると勝手が変わってくる。もう何度も対戦しているんだから初雪が昇竜や地上中段を頻発してくることはわかっている。そして初雪も俺がそれを見越してガードが多くなっていることを理解している。


 ここまでお互いを理解しているなら後は読みとテクニックと運の勝負になる。つまり総合的な実力が試されることになるってことだ。真正面からぶつかって先に対応を迫られた方が不利になっていく。そして不利な状況をどう打開していくか。俺の力を試すのにちょうどいい。


「よし、いくぜ」


 いつものように気合を入れて右の拳を左の手のひらに叩きつける。これをやると自分の体に力が流れていくような気がする。ボクシングの時と変わらないルーチンワークだ。


 ラウンドコールを静かに見つめている初雪の隣で俺はレバーに手を添える。ここからどんな勝負ができるのか、楽しみでしかたがなかった。


 展開はやはり初雪有利だった。こっちは機動力で劣るうえに、守りも甘い。それを知っているから強気に出てくる。こちらもヨツバの攻撃を置いて追い返すが、やはり向こうの方が一枚上手だ。


 特にコマンド投げがいやらしい。こっちがジャンプを多用しているのを逆手にとって、打撃でプレッシャーをかけてガードさせながら使ってくる。普段の動きを抑制されるとやりづらさが少しずつ集中力を削いでいくのだ。


 ただこっちだって無策じゃない。いろいろな反撃方法を少しずつ学んでいる。まずは無敵移動技。初雪が多用する中段はこれで抜けられる。そして固め継続のジャンプに刺さる対空技の6A。崩しをかねたジャンプ攻撃が見えたらここからエリアルコンボにもっていって形勢を逆転できる。


 小技の暴れやバックステップの無敵を使って相手の攻撃をよけつつ、ヨツバの攻撃を出すという手もある。初雪のように昇竜をぶっぱなすことはできないが、ミツバなりにきちんと対応していけばまったく何もできないなんてことはない。


 こうして他の選択肢を潰していけば、おのずと相手はガードも投げ抜けもできないコマンド投げを使ってくる。それをジャンプでかわし、こっちのターンを引き寄せる。


 相手のダッシュ。これが投げのサインになる。投げは密着で出さなければ当たらない以上、固めの中に使うなら短くダッシュして間合いを詰める必要がある。コマンド投げは見てから反応はできないが、ここからなら落ち着いていれば間に合う速さだ。


 ジャンプしながらヨツバの攻撃を出す。俺の予想通り投げのスカりモーションにヨツバの攻撃がカウンターで刺さる。さぁ、ここからは俺のターンだ。


 こうして格ゲーをプレイしてきて、一番好きなシーンだ。無機質なシステムボイス、派手はヒットエフェクト、大きくのけぞる相手キャラ。さらにここから続く一連の高火力コンボ。派手な演出とダメージが続く。


 ボクシングではきれいにカウンターが入れば、たいていの場合はそのまま相手は倒れて試合終了になってしまう。だが、格ゲーではここから試合が大きく動く瞬間になる。そして何度でもこの瞬間を見ることができるのだ。


 いつもより少し長いコンボを終え、起き攻めに入る。今度は攻めのパターンの成長を確かめる。最初はなんとなくガードを崩せる技を振っているだけだった。だが今は違う。攻めている時ほど相手の状態をよく見なきゃいけないんだ。


 相手は基本的にしゃがんでいる。だから中段技で崩す。それが基本であることには変わりはない。ただしゃがんでいるからこそ下段に対して意識が薄くなっているのも間違いじゃない。つまり相手はしゃがんでガードしていながら、実際の意識は中段が飛んできたときに立つことに集中している。


 つまりここで中段で崩しにいくのは相手の予想どおりということになる。単純に振っていたら簡単に反応されてしまうだろう。考えていることが間違っていたのだ。


 俺がやるべきことは『どうやってしゃがみガードしている相手に下段技を通すか』ということだ。


 それを理解して初めて本来の崩しである中段技の意味がわかる。基本的に中段技はジャンプ攻撃と特定の地上中段技がある。どちらも動きが大きく、落ち着いていれば見切ることができるものだ。それを逆手にとる。


 立ち上がってみたりジャンプをして攻撃せずに着地に下段を出したりと、相手が見切ろうとしている技に繋がる行動をとってみる。戦っているときは誰でも自分が試合の展開を握っていると信じたいものだ。だから自分が待っている行動につい釣られてしまう。


 それは熟練の格ゲーマーである初雪だってまったくなくすことはできない。ジャンプから急降下技で足元に下段、一度立ってから下段、少し歩いてまた下段。


 そのまましゃがみガードをしていれば当たらない攻撃なのに、こうして少し動きが加わるだけで、誘われてしまう。そして少しずつ疑念が募っていく。相手の狙いは下段技なのではないか。それに対してしっかりと対策をするべきじゃないか、と。


 そこまでもっていくことができれば、俺の勝ちが近づいてくる。下段を意識し始めれば今度はしゃがみガードに固執し始める。本命の崩しを通すための布石が打てたということだ。


 ここから今までやってこなかっためくりや投げを混ぜていく。すると、あんなに硬かった初雪の守りにほころびが生まれる。まずはリターンの小さい択から狙い、高威力の始動を狙う、はずだった。

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