決戦の壇上

「くそっ!」


 隣で負けたリコリスが自分の腿を強く叩いた。台パンは厳禁だが堪えたか。俺は何も言わずに席を立った。勝者がどんな言葉を並べたって、敗者にはまったく届かないことくらいわかっている。


「おつかれさまでした」


「あぁ、今度はいい形でバトンを渡せたな」


「いやー、最後は魅せてくれたねー」


「ホォォー、アッター!」


 ひなたサンもトニーちゃんも興奮気味に迎えてくれる。勝ったときは気がつかなかったが、会場全体はまだ興奮冷めやらぬといったようで、まだ拍手と歓声が上がっている。


 ある意味ではミツバの本領発揮を見たようなもんだ。興奮する気持ちもわからないでもない。


 実際に俺もあの連携を見てミツバの強さを再確認したところだ。


 試合の流れをつかんだだけじゃなく、観客もこっちの味方につけた感がある。やられ続けていたところに同じ方法でやり返したのだ。今までの戦いでも流れをつかむためにいろんなことをしてきたが、この大事な場面で最高の結果を出した形だ。


「せっかくだからサービスしておけば?」


 そう言いながら、ひなたサンが俺の背中を押し上げる。恥ずかしかったが、軽く手を上げてみると、大歓声が返ってきた。


「すっかりスターですねー」


「アタッ」


「そういや忘れてたけど高校入ってから始めたんだもんね、格ゲー」


「その勢いまさに昇竜のごとし、って感じです」


 だからミツバに昇竜はないけどな。これで俺の戦績六戦五勝。確かに数字だけ見れば好成績だ。一戦一戦を必死に戦っているだけなんだが。


 もっと成績のいいボクシングでもこんな歓声は受けたことがない。それだけこの格闘ゲームというジャンルが多くの人間を湧かせるだけの力があるってことなんだろう。


 とはいえ今日の俺は前座でいい。これから始まる戦いの方が観客にも何倍も期待されていることだろう。


 初雪対もがな。


 決勝まで待ちくたびれたと言われても頷ける。俺だってそれほど待ちわびたカードだ。


 去年の冬に一度野試合をやったという話は聞いたが、そのときのことを知っているという人間には会ったことがない。それがこの舞台で見られるのだ。


 初雪の顔は、少し引きつっていた。


「大丈夫か?」


「はい。いまさら怖いなんて言ってられませんから」


 少し強くなったな。俺が強くした、と胸を張って言えればいいんだが、実際はそんなことはない。こいつが自分の力で強くなっていったんだ。


 ステージに上がっていく初雪の背中はどこか心許ない。ひなが巣立っていくのを見届ける親鳥の気分だ。


「困ったら昇竜でも擦っとけ!」


 アドバイスにもならない言葉を叫ぶ。すると、初雪はこっちを振り返ってはにかむように笑った。


 それでいい。楽しんでこい。


「なんか今のりーちゃんカッコよくない?」


「気のせいだろ」


「やっぱり勝者は違いますなぁ」


 そんなに調子に乗って見えるか? いい勝ち方だったとは思うが、これからの方が大変だ。もしもに備えて俺もこの戦いでもがなの癖の一つでもアタリをつけておきたい。


 壇上に二人が並ぶと本当に大人と子どもという感じだった。初雪は女の子の中でも小柄だし、もがなは完全にラガーマン体型だからな。本当に格闘技で対決すれば一瞬でひねりつぶされてしまうだろう。この二人が戦えるんだから格ゲーはおもしろい。


「正直なところどう思うんだ?」


「初雪が厳しいだろうな」


 もう初雪に声は届かないだろう。小さな声で町口と話し始める。


「名前はよく見たが、そんなに強いのか」


「一回やっただけだけどな」


 あの一戦では実力をつかんだとは言い難い。有名プレイヤーだけあって動画に野試合や公式大会の様子も残っていたからずいぶんと見たんだが、見れば見るほどわからなくなってきた。


 というのも、案外あれでよく負けているのだ。一点読みを主軸に据えつつ、相手をつかんで投げることを徹底している。やはりコンボは控えめで読み勝つ回数はどうしても必要になる。


 そうなってくると、体力のあるリリアでもダメージレースが辛くなる。読み外してパーフェクト負けをしているところもいくらかあった。


 ただ負けていたのはすべて野試合の場合だ。大小問わず大会とつくものでは絶対に負けない。舞台が大きくなればなるほど集中力と読みのキレが冴える。そういうお祭り男タイプだと見えた。


 もがなにとって、この舞台はどれほどの価値があるのかはわからないが、少なくとも動画で見た負け試合のような適当に技を振り回しているようにすら見える無様な立ち回りはしてくれないだろう。


「カエデはどちらかというと地上で崩していくタイプだから投げの割り込みに常に怯えることになるな」


「一度投げられて縮こまらなきゃいいんだが」


 結構深くトラウマに刻まれているようだったからな。コマンド投げなんてどんなにあがいたって見てから反応できるものじゃない。投げられたらしかたないとあきらめる必要がある。


 そもそも昇竜は読み外しても少しも気にせず振り続けるんだから切り替えは苦手ってわけでもないだろうに。


 モニター越しに見える初雪の顔はやはり少し固まっている。隣にあのデカいのが座っていたらそれだけでビビるやつはビビりそうだが。


 さすがにこっちも隠し玉なんてことはなくキャラは予定通りにカエデ対リリアになった。ここでキャラ変えなんてされたらたまったもんじゃない。普段使ってないキャラだってんなら大歓迎なんだが。


 開幕距離はカエデ有利だ。リーチの短い投げキャラはここからどうやって詰めるかが重要になってくる。逆にカエデはこの距離を保ちつつ攻撃を仕掛けるタイミングを見極めたいということになる。


 とはいえ向こうはめちゃくちゃな読みで牽制の先端を投げてきたりするから下手なことはできない。過去の経験が動きを強く縛ってくる。どうやって恐怖を振り払いつつ相手を抑制できるか。


 カエデは動かない。ダッシュのないリリアがじりじりと歩いてくるのを見てようやくバックステップで距離をとった。何もしていないのにもう押されている。


「まずいな」


 とはいえリリアでカエデを捕まえるのは簡単なことじゃない。早く落ち着いてほしいところだ。事故でもいいから一発当てられると気分が変わってくるんだが。


 やや弱気な牽制を移動投げで抜けて投げられる。ジャンプじゃなかっただけ安く済んだと言いたくなるレベル。流れも勢いもへったくれもないと言わんばかりの投げはあいかわらずだ。


 ダウンに起き攻め。後転受け身で距離をとるのが安定だが、読まれる可能性は十分ある。ここで大胆にリバーサルで昇竜を振っていく。


 当たった。よくある選択肢ではあるが、だからこそ警戒が薄かったのか。それとも序盤で嫌なイメージを植えつけたかったか。


 ダメージは低いがまずは一発当てた。これで初雪の気持ちも少しは軽くなるだろう。

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