重圧と根性
ただ、初雪には二の太刀、三の太刀がある。
相手の移動投げを見て、リープ中段が飛ぶ。これも初雪の代名詞だ。ガードされたときは割り込まれたが、攻撃を避けながら使うなら強力だ。こっちは昇竜と違ってしっかりとコンボにいけるしな。
リリアの体力がじりじりと減っていく。またカエデがリードをとった。一進一退の攻防が続いている。
もがなはコンボが苦手、というよりもコンボを使わないってタイプだ。投げにこだわりをもって戦っている。初雪や俺にプレイスタイルやこだわりがあるように。
もっと多くの知識や技術を身に着け、それを正しく使えばより強くなれることは間違いない。でもそれを無感情に続けられるほど俺たちは大人じゃないのだ。
勝っても負けても笑って昇竜を撃つやつ。一瞬の反撃に血を燃やすやつ。画面端のガー不にすべてを賭けるやつ。そして読みと投げだけで勝利を狙うやつ。
そういう青臭い戦いがこうやって俺や観客の心を震わせるんだろう。
大きく響いていた歓声はいつの間にか聞こえなくなっていた。誰もがスクリーンの中で起こる物語の行方を見守っている。
暗転。させたのはリリアの方だ。暗転後は回避できない。止まった一瞬、カエデがジャンプか昇竜していてくれれば回避できるんだが。
暗転が終わって演出が始まる。捕まった。この体力では残らないだろう。
「負けちゃいました」
席に戻ってきた初雪は力ない声でそう言って微笑んだ。今大会で初の敗戦。正直ここまで負けないんじゃないかと思わせるほどの活躍だった。それがストレート、一ラウンドすらとれずに帰ってきた。
絶対王者の呼び名は伊達じゃない。
「やっぱり簡単じゃなかったか」
「はい。でも楽しかったですよ」
「あれだけ昇竜撃ってりゃな」
悔しそうにこぼす初雪に気付かないふりをして軽口を返した。せっかく俺たちが決めた戦い方だ。それを守ってくれているのに、俺から壊すわけにはいかない。
それに俺だって余裕はない。今度は俺があいつと戦って、勝ってこなくちゃいけないんだ。
「じゃ、いってくる」
初雪は答える代わりにゆっくりと大きく頷いた。もう今にも涙がこぼれ落ちそうになっている。我慢しているうちに早く壇上に行ってやらないとな。
モニターの前ではもがなが待っていた。イスからはみ出そうなくらいの巨体。どうせならフィジカルスポーツやってればよかっただろうに。俺も他人の事を言えたもんじゃないが。
「よう、待ってたぜ」
「待ってた? 初雪じゃなくてか?」
「お前をぶっ倒さないといけなくなったからな」
ゲーセンで一度会ってボコられただけで、他に絡んだことなんてないんだがな。こっちがリベンジするつもりだったが、向こうに恨まれるような事情もないはずだ。むしろこっちはいきなりミツバ当てられて恨みが一つ増えたくらいなんだが。
「こないだのデートはさぞ楽しかったんだろうな」
「は? いつ誰が」
デートなんてしたって? 俺はあいにく格ゲーとボクシングで忙しいんだが。そう思ってようやく思い出す。
「あん時初雪が言ってたやつか」
確かもがなと対戦したくなくてとっさに嘘をついたんだったな。そんなことこっちはすっかり忘れてたぞ。お前が容赦なく投げ殺してくれたおかげでな。
「リコリスにサブっぽく同キャラ使わせて、ボコらせて恥かかせる予定だったんだけどな」
そんな演出のためだけにわざわざここまで隠させたのかよ。お前、もしかしてこの会場で一番の馬鹿野郎なんじゃないか?
「ま、しょうがねえから俺が直接やるしかねぇよなぁ?」
「こっちも約束があるんでな」
楽しく戦って勝つ、格ゲー部を廃部にさせない、初雪を全国に連れていく。
いつの間にか俺も背負うものが増えてきているな。昔は一人で戦っていたってのに。
部にいたって仲間なんていなかった。リングの上ではいつも一人だった。勝っても喜ぶのは俺一人だけだった。
勝利を拳に握りこむ。それは嬉しいからでも楽しいからでもない。他に俺の勝利を証明してくれるものが何もなかったからだ。
今は違う。俺が勝てば誰かが喜んでくれる。初雪が、とちめん坊が多くの人間の脳裏にその戦いを焼きつけて
「負ける気はねぇ。とことんやろうぜ」
「一瞬で終わらせてやるから覚悟しとけよ」
こっからは意地と意地の真正面からの殴り合いだ。たとえそれが画面の向こうにある世界の中だって、俺たちが戦っていることに変わりはない。
対戦画面へと移る。左にミツバとヨツバ、右にはリリア。俺と初雪が二人で力を合わせてもがなに挑む、っていうのは少し臭すぎるか。
リリアは機動力が低いおかげで他のキャラと比べて逃げ回られることは少ない。しっかりとヨツバと離されないように注意しながら、近づきすぎないように慎重に距離を測る。投げだけは簡単に振れる位置に行っちゃいけない。牽制も同じだ。隙を見せればつけこまれる。
基本に忠実に。ヨツバを前に出して攻撃を振り、相手の動きを止めて近づく。ガードさえさせていれば投げの割り込みはない。ただし、一瞬の隙間もないことが前提だから実際には無理な話なんだが。
まだろくに接近していないというのにこの緊迫感。こりゃ精神的なスタミナが削られるのも頷ける。こいつの一番の強さは大胆な読みでもタイミングを逃さないことでもなく、この横綱相撲で最初から相手にプレッシャーをかけられることかもしれない。
ただ俺だってなめてもらっちゃ困る。アマチュアでもボクシングは二分四ラウンド。プロになれば三分一二ラウンドも戦い続けなくちゃならないんだ。たったの九九カウントを三ラウンドでくたばってちゃ、話にならない。
お前のプレッシャーと俺のタフネス。水面下の根競べだ。
空中ダッシュでめくりながらヨツバの攻撃。ガードされたが、すぐさま中段で崩しにいく。固めてる間に次々択をとっていかないとな。
ガードされたのも確認せずにすぐに下段の中足に繋ぐ。こうして揺さぶっておけば相手の集中力を奪っていける。
崩れていた相手にコンボを入れて、いつもとは違う必殺技でコンボを終える。距離が離れて起き攻めがやりにくくなるが、もがなの使うリリア相手なら話は別だ。
ずっと近距離で読み合いをしてちゃこっちが先にバテる。スタミナ勝負では手を抜ける展開を作るのも大切なゲームメイクだ。
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