プレイヤーネームは格ゲーマーの証

「いやそれはプレイヤーネームだろ?」


 格闘ゲームに限らず、ゲームプレイヤーは大抵本名ではないプレイヤーネームを持っている。昔のアーケードゲームに名前を登録するときに本名をつけなかったことの名残で、現在でもほとんどのプレイヤー、さらに言えば学生の選手権大会でも本名ではなくプレイヤーネームで登録することが当然になっている。


 だからといってこれから同じ部活をやろうという人間に対してプレイヤーネームだけ明かすというのはどうなんだろうか。


「ゲーマーにとってはプレイヤーネームこそが真の名前。本名を知られることは恥なんですよ」


「そういうもんか?」


「だから私のことは初雪と呼んでくださいね」


 理屈はむちゃくちゃだが、別にそれでも構わないとも思えた。そもそも俺はまだこの部活に入ると決めたわけじゃない。だったらお互いに本名を知らないくらいの方がかえって縁も切りやすいだろう。


「わかったよ」


「それじゃあ、あなたのプレイヤーネームは?」


「いや俺はボクサーだからそんなものは」


 eスポーツ系の部と違って俺は普通に本名で大会に出ている。そもそもこの間の新人戦で優勝したから、全校集会で全生徒の前で表彰されたはずなんだが。


「それじゃあなんて名前にしましょうか?」


「いや、待て。お前がつけるとなんかむちゃくちゃな名前つけそうな気がする」


「そんなことないですよー。えーと、じゃあ」


「今度までに俺が考えておくから。お前は絶対につけるな!」


 ろくでもない名前をつけられて、学校の中で呼ばれたりしたら恥なんてもんじゃない。ただでさえこのケガのせいで今日もクラスメイトから白い目で見られているんだ。それに加えてこんな変な女につきまとわれてると思われたら、ますます教室で浮いてしまうことになる。それだけは避けたいところだった。


 その後も何度か格闘超人の対戦に付き合って、その日は部活を終えた。当然だけど一勝どころかラウンドを取ることすらできなかった。熟練者に初心者が簡単に勝てるものではないというのは、ボクシングでも格闘ゲームでも同じことだ。


「今日はすごく楽しかったです。あのゲーム、いろんな人にやってもらってるんですけど、みんなすぐやめちゃうんですよね」


「そりゃそうだろ。あの内容だったら誰も続けようとは思わねぇよ」


 対戦していたというよりも、キャラが消えたり、空を延々と飛んでいたり画面上を走り回ってるのを見てる時間の方が長かった。ほとんどゲームをやらない俺からしても、すぐに分かるほどいろいろと物足りない出来だった。まともに格闘ゲームをやってるやつならすぐに心が折れてもおかしくない。


「いろいろできて面白いと思うんですけどねー」


「いろいろできすぎなんだよ、あれは」


 それでも今日、最後まで初雪と一緒にゲームをできたのは、久しぶりに誰かと一緒に遊ぶことになっていたからかもしれない。こんな風に誰かと文句を言い合いながらも一つの画面に映るゲームに向かうのはいつ以来だろうか。


「そろそろ下校時間ですね。それじゃあまた明日ですね」


「明日って俺はまだ入ると決めたわけじゃ」


 どうやら初雪の中では俺はもう最後の格ゲー部の部員に決まってしまっているらしい。結局今日は誰も部室に来なかったところを見ると、他の部員というのも幽霊部員とか兼部とかそういうものなんだろう。どうしてそこまで格ゲー部にこだわるのか、俺には彼女の考えがわからなかった。


「ま、ケガが治るまで、な」


 それでも楽しかったという思いは嘘ではない。どうせこのケガじゃジムを探したところですぐに練習もできるはずもない。だったらこのおかしいけどもどこか温かみのある初雪の力になってやってもいいかと思えた。幽霊部員でもいいのなら、名前を貸してやるぐらいは悪くない。


「はい。明日も楽しみにしてますね」


 部室の戸締りを済ませて、笑顔で去っていく初雪の背中を見つめながら、俺はゲームをやるという楽しさを久しぶりに思い出したような気がした。


 翌日も迎えに来るかと思った初雪は、放課後になっても教室にはやってこなかった。少し期待していた自分が嫌だ。クソゲーマニアだが、少なくとも外見は美少女であることに違いはない。放課後に毎日彼女の迎えがあるというのなら、まぁ悪い話ではないだろう。その先に待っているのはあのゲームであることを除けば。


 諦めて部室の方に向かうと、もう鍵はかかっていなかった。どうやら先に来ているらしいな、そう思って俺はゆっくりとガタついたドアを引く。


「アタッ! ホアタアアァァ!」


 また変なゲームやってんだな、と思ったのも束の間だった。初雪がいると思っていた中には女の子ではなく、真っ黄色のジャージを着てヌンチャクのようなものを振り回している男の姿があった。部室を間違えたかと一度戻って外を確認するが、格ゲー部でどうやら間違いないらしい。


「アタタタタ!」


 狭い部室の中でパソコンやゲームハードに当たらないようにヌンチャクを振り回してる姿は格闘ゲームというより本当にカンフーでもやっていそうな雰囲気だ。 そして何よりもここまで発っした言葉のすべてがまったく意味が分からない。


 こちらを見ているので俺に向かって言っているのは間違いないのだが、アマゾンの奥地で鳴いている名前も知らない鳥のような叫びを聞かされても、俺には何も答える方法を持ち合わせていなかった。


「あ、もう来てたんですね」


 俺が困っていると、ようやくやってきた初雪が後ろから声をかけてきた。どうやら急いで来たらしく少し息は荒れている。そんなに楽しみにしてたのか、と思うと自分も同じような気持ちだったことに少し恥ずかしくなる。


「ちょうど良かった。誰だ?」


「トニーちゃん先輩ですよ。格ゲー部の二年生です」


「ト、なんだって?」


「だ、か、ら、トニーちゃん先輩ですって!」


 だからその名前の意味がわからない、と言おうとしてそれがプレイヤーネームだということに気がついた。本名を知られるのは恥と言っている以上、こうして部内でもプレイヤーネームを使うのが普通になっているんだろう。


「ってかこのナリで西洋風の名前なのかよ」


 どう見たってリーとかキムとか名乗ってそうだろ。肩にかけるように止められたヌンチャクは、よくよく見るとウレタンか何かで包まれているらしく、当たってもケガはしないようになっているらしい。まあ振り回されたところで俺ならかわしてやる。そのぐらいの実力はあるつもりだ。


「アーッタァ!」


「新入部員として歓迎する、って言ってますよ」


「なんでわかるんだよ」


 ついでに言えばまだ入ると決めたわけじゃない。俺の知らないところでどんどん話が勝手に進んでいっている。まったく調子良い奴らだと思っても、俺はその強引さを否定する気にもならなかった。


「それじゃあ今日もやりましょうか」


「ちょっと待て。またあの格闘超人か?」


「当然です。せっかく見つけた格超仲間なんですから」


 勝手に仲間に加えないで欲しい。正直言ってあのゲームを今日もまたプレイするのかと思うと少し気が重い。


 部室の端でヌンチャクの手入れを始めたトニーちゃんはどうやらもう自分はいないものとして扱ってくれ、と言っているような雰囲気だった。俺と同じくアレをやるのは嫌なんだろう。


「他のゲームはないのかよ?」


「格闘超人、嫌ですか?」


 全身全霊をもって嫌と言いたいところだが、寂しそうな初雪の顔を見るとなかなか率直には言い出しづらい。なんであんなゲームを気に入っているのかはわからないが、とにかく誰かが好きという言葉を簡単に否定するのはよくないことだということは知っている。


「いや俺はほとんど格闘ゲームなんてやってこなかったから他のゲームも紹介してくれよ」


「そういうことでしたら部室には結構たくさんゲームがありますよ。どれからいきます?」


 昨日と同じようにパソコンを立ち上げフォルダの中を見ると、初雪の言った通りたくさんのゲームのタイトルが並んでいた。ここにあるのは全部同人ゲームらしい。

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