じゃんけんぽん

「汚らわしい手で触らないでいただけます?」


「ずいぶんだな」


 同じ丁寧な言葉遣いでも初雪とはまったく印象が変わってくる。けだるそうな瞳が俺をにらんでいる。こいつもまともにしていれば美人でモテそうなもんだが、性格に難あり、って感じだな。


「どうしてあなたが私の相手なんでしょう」


「そりゃ副将同士だからだろ」


 俺の返答には目もくれず、誰何すいかは初雪の方へと目を移す。


「私、必ず勝ちますから。決定戦でお会いしたいですね」


「それだとお前の相方負けてるぞ」


 俺のツッコミも無視して呆然としている初雪の手をしっかりと握りしめている。俺に対する態度と全然違う。顔もいくらか上気しているような気がする。


「はぁ、柔らかそうな頬、細い腕、まっしろな肌、可愛らしい唇。どうして私たちは争わなくてはならないのでしょうか」


 なんか悲劇のヒロインみたいなこと言ってるが、さっきからその特盛な胸が当たっているせいで初雪の怒りゲージが振り切れてるぞ。現実ってのはゲームより残酷なものだな。


「私はこの勝負に勝って、必ずあなたを手に入れます。待っていてください」


 言いたいだけ言うと、誰何はさっさとステージ前の席について、自分のコントローラーを準備し始める。


 なんだありゃ? こっちの集中力でも乱したかったのか?


「りおんさん。ボコボコにぶっ倒してきてください。負けたら許しませんよ」


 ここに見事に集中力を乱されてるやつもいるし。まったくどうしてこうアクの強いやつらしかいないんだ、格ゲーマーってのは。


 そう思いながら準備に入ろうとすると加藤の方と目が合った。今のやりとりを一人遠目から眺めていたらしい。変なパートナーを持つとお互い苦労するな。


 コントローラーを刺して動きを確認する。よし問題ない。それよりもこんな場所でこれからやるってことの方が緊張する。


 プロならともかくアマチュアでこんな大人数に囲まれて試合なんてほとんどないからな。それにモニターの向こう側に全員座っているからいやでも目に入ってくる。いつもとは違う緊張感だ。


 そして隣には対戦相手。こっちは部室で初雪の相手をしているだけマシか、と思ったんだが。


 こいつ、机に胸を乗せてやがる。


 本当に相手が初雪じゃなくてよかった。リアルファイトになるところだった。これはいろんな意味で負けられない戦いになりそうだ。


 相手の選択はひなたサンもコスプレしていたキャロル。銃使いだが発砲モーションよりも打撃が多いキャラで様々な技に部分無敵がついているのが特徴だ。


 打点の高い技には上半身無敵を、逆に低い攻撃には下段無敵を合わせてカウンターをとっていく戦法を得意としている。逆択の女王という二つ名通り、こっちの攻めに読みで反撃をしてくるタイプらしい。


 攻めている間も常に相手の反撃に注意を払わなきゃいけない。とにかく攻め切ることで勝っていくミツバには辛い相手だ。


 試合開始、と同時にキャロルがリーチの長い牽制を読んで上半身無敵の突進技で突っ込んでくる。戦いのレベルが上がってくるとお互いきちんと理解したうえで戦う関係上、見た目にはむちゃなぶっぱなしのように見える行動が増えてくる。


 だが、読みさえ当たっていればぴったりとハマる技を的確に振ってきているわけで、ただガードすればいいってもんじゃない。当然次の連携は頭に入っているだろう。次は中下段と裏周りの崩し択だ。安心している暇はない。


 ただ言い換えるならこの行動に暴れ潰しの択はない。つまりは5Aを連続ガード中に連打しても狩られないってことだ。裏周りの択に運よく小パンが刺さる。


 連打が前向きのときはスカるから本当はよくないんだが、さすがに見える速度じゃない。こういう相手には割り切りも重要だ。


 小技始動だったがカウンター始動でダメージはそれなり。ダウンから起き攻めに入る。まずはジャンプ攻撃をガードさせてのいつものルートだ。だが、その考えが甘かった。


 対空向きの上半身無敵技。せっかくこっちの起き攻めだってのに。これが逆択。半分しか無敵がない代わりに昇竜ほど大きな隙もないから読みで振ることができる。あとはプレイヤーの実力次第だ。


 いつもの癖でこういうことをすると痛い目を見るわけだ。このダメージは勉強代としてもらっておくしかない。


 起き攻めは軽めの小足の固め。堅実だが攻めっ気のある選択肢じゃない。やはり受けに回ったときの追い返しがうまいってことなんだろう。


 相手の守りにリズムを崩されて一本目は落としてしまった。やっぱりやりにくい。ヨツバの固めから崩しにいこうとしても機動力の差でうまくいかない。読み合いになるとやはり経験の差は簡単には埋まらない。


 キャロルも使用率の高いキャラなんだからもっと対策を練っておくべきだったな。


 一度みんなのところに戻ってインターバルをとる。他のところなら顧問や先輩がいろいろとアドバイスをくれるんだろうが、残念ながらうちの場合は頼りになるのは初雪だけだ。


「なんかくるくるしてぴょんぴょんしてって感じね」


「まぁ、ミツバ相手に足を止めて戦う理由なんてないからな」


 あの猛攻を真正面から受け止めてやろうなんて使っている俺でも考えたりしない。そのくらいミツバは攻撃に入ってしまえば強さを発揮できるキャラだ。しかし裏を返せばああやって捕まらないように丁寧に逃げ切られたり、攻撃で押され始めたりすると良さを出せないままやられてしまう。


「りおんさん。じゃんけんぽん」


「え?」


 とっさにグーを出すと、初雪の手はパーだった。


「それでいいんですよ」


「いや、負けたんだが」


 それとも自分で両方片付けるから負けてこいってことなんだろうか。


「結局逆択はじゃんけんです。あまり考えずにどちらか出しちゃいましょう」


「んなむちゃくちゃな」


「大丈夫です。ミツバなら一回じゃんけんに勝てばオマケがついてきますから」


 その後の攻めで押し切ってしまえ、ってことか。簡単に言ってくれやがる。向こうは守りの読みがこっちより冴えてるんだぞ。


 とはいえ他に選択肢もない。やれるだけやってみるか。


 じゃんけんというと聞こえは悪いが、実際にやっていることを単純化して考えるとそうなる。相手は上か下かのどちらかの攻撃を抜けてくるわけだから、無敵でない方を殴れば攻撃は通る。そこから攻めに転じてこい、ということだ。


 もちろんそれ以外の選択肢も準備しているだろうから簡単にはいかないが、それでも全部に対応したり、逃げ回る相手を捕まえに行くよりは可能性は高いだろう。


「それじゃ、行ってくる」


 セコンドの指示を聞いてコーナーを離れるときに似た感覚がする。あのときはたいてい興奮と痛みと疲れで頭なんて少しも働いてないんだが。


 誰何も話を終えてこっちに戻ってくる。その視線はずっと初雪の方に注がれている。俺なんて眼中にないってことか。


 そのくらい対戦中も油断してくれてると助かるんだが。


 面倒な読み合いは頭の中から捨てる。これからは単純に最初の一手だけを考える。

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