選手入場

 翌日も同じ公民館。ただし場所は聞いていた通り会議室ではなく大ホールになっていた。大きなスクリーンも用意されている。試合の様子はあれに映るんだろう。


 昨日とは比べ物にならない観客の数。たかが高校生の、それも地区大会だというのに客席は埋まっていた。


 それだけeスポーツが注目されているということなんだろうが、ボクシングの試合と比べると少し物寂しい気もする。特に高校生はアマチュアボクシングに分類されるのでファンはさらに絞られていくのだ。


 出場選手の高校ということでひなたサンとトニーちゃんは一番前に座っている。今日は時間の都合がついたらしく町口も隣に座っていた。一応試合の間に指示なんかはもらっていいんだが、うちの場合は頼りになりそうにないな。


「今日はちょっと大変ですよ」


「ラダー悪いのか?」


「各校のエースと順番に戦っていく感じですかね」


 それって最悪って言うんじゃないのか。俺も初雪の持っていた小さなトーナメント表を覗き込む。


「最初は猫天か」


 準々決勝の対戦相手の高校は珍しく俺も知っているところだった。湖南とも花富根とも違う、部活は自由な校風の高校で、それゆえに体育会系文科系問わず部の数が多い。ボクシング部もあったが、eスポーツ部もいろいろあるんだろう。


「猫天ってなんですか? 天藤高校って書いてありますけど」


「裏山に野良猫が大量に住み着いてて校内に入りまくるから猫天って言われてんだよ」


 一度中学での試合があったときに行ったが、あれが一番観客が多い試合だったかもしれない。もちろん猫ばかりだったが。


「で、相手は強いのか?」


「さすがに高校のエースとなると半端な人じゃないですよ。ベスト八まで残ってるわけですし」


「それに勝ったら順当に行くと亜久高の焼き肉カラキチで、最後は花富校のもがなか」


 もがなのタッグは、リコリスと名前が書いてある。俺や初雪と同じく一年生だ。とはいえ相手は天下の花富校。俺みたいに初心者ってことはないだろう。むしろ一年から昨年王者と組むんだから相当な実力だと思った方がいい。


「誰が来ても楽はできないんだ。どうせなら全員倒して文句なしの勝利にすればいいさ」


「りおんさんは脳筋ですねー」


 この場合は昇竜脳とどっちがいいんだろうか。俺の方が目的が広い分柔軟性があるぞ、たぶん。


「あ、もう出番みたいですね」


「今日の第一試合だからな」


 一番左に位置どったってことは、試合は全部一プレイヤー側、つまり左側から始まることになる。さすがに逆だとコマンドが出ないなんていうつもりもないが、毎回同じ位置にゲージがあると助かる。ヨツバの体力の確認は重要だからな。


 ホールのステージ脇から壇上に上がる。ちょうど逆側から対戦相手が出てきたところだった。


 同じく男女のタッグ。女の方は初雪と同じように小柄なこともあってさらに親近感がわく。夏服のブラウス越しに見ても出るところが出ているのは残念ながら大きな格差だが。


 男の方はギターでも弾いていそうな長身の優男で殴れば一発で決まってしまいそうだ。やや長い髪を払いながらこちらに歩いてきている。ま、これからやるのは格ゲーだからそんなことは勝負に何の関係もないんだが。


 まっすぐに向かってホールの中心で握手の一つでも、と思うと、会場内に爆音のようなアナウンスが響いた。


「皆様、お待たせいたしました! 地区大会も残すは八組の選手たち。泣いても笑っても一発勝負のトーナメント。悔いのないようにその雄姿を目に焼きつけ、最高の歓声をお願いいたします」


「なんだこれ?」


「ほら、前に言ったじゃないですか。実況のイトモさんですよ」


「あぁ、格闘変人の名付け親か」


 プレイヤーに二つ名をつけてくれるんだったな。初雪のプレイングを見てそう名付けたわけだからそのセンスは文句のつけようがない。


「もしかすると、りおんさんにもついてるかもしれないですよ」


 それには気が早いだろう。俺はこれが初の公式大会だ。あの高いセンスをそんな簡単に考え出せるものでもないだろう。


「さぁ、それでは第一試合の選手を紹介いたしましょう!」


「あ、始まりますね」


 巨大スクリーンの前に初雪と並んで腕組みをする。これが一種の儀式みたいなものらしい。隣では対戦相手の二人も同じように腕組みをしている。


 こうしているとやっぱり俺はこの雰囲気が嫌いじゃないと思う。


 試合中の血管が燃え上がるようなアドレナリンの奔流も嫌いじゃないが、こうして戦いの前、そして後に精神を一振りの刀にするかのように研ぎ澄ましていく時間が最高に俺を高めてくれる。


「それでは第一試合、選手の紹介をさせていただきます!」


 観客席から今日一番の歓声が上がる。名物実況だという話だし、格ゲーファンなら知っていて当然という人物なんだろう。


「まずはワンプレイヤーサイド。

 BlueMarriage界のファンタジスタ。どこから飛び出すかわからない昇竜のサプライズボックス。

 気付けばあなたも彼女の虜。変人格闘、ここに極まれり!

 格闘変人とちめん坊改め、初雪!」


 口上とともに拍手と歓声が上がる。なるほど、これは確かに面白い。


「なんでプレイヤーネーム変えたのに二つ名は変わらないんですか」


「プレイスタイルが変わってないからだろ」


 そりゃあの動きを見ていたら誰だってそう呼ぶだろう。


「あ、次はりおんさんの番ですよ」


「戦いは長くやっているやつが強いんじゃない。勝ったやつが強いのだ。

 快進撃はどこまで続く? 鮮烈のカウンターはどこで飛び出す?

 一瞬たりとも目を離すな! そこには必殺の拳が待っている!

 無垢なる反逆者ザ・カウンター、りべりおん!」


 無垢なる反逆者ザ・カウンター、それが俺につけられた二つ名か。初雪のせいでちょっと心配だったんだが、なかなかかっこいいじゃねえか。


「なんでそんないいのがもらえるんですか」


「ふてくされるなよ、格闘変人」


 初雪が俺の顔をギリギリと睨む。このくらいリラックスしているなら試合も問題ないだろう。


「続きまして、ツープレイヤーサイド。

 かかってくるなら好きにしな。下手に動けばハチの巣だ。

 画面端はピンチじゃない。ここが俺の領域ステージだ。

 砲撃要塞フォルティシモ・フォートレス、加藤! すべて読めている!」


「おいおい」


「なにかおかしいですか?」


「加藤、って本名じゃないのか?」


 ゲーマーは本名を知られるのが最大の恥なんじゃなかったのかよ。


「ま、別に普通の名前を使っちゃいけないってルールもないですし」


「だったら俺にこんな名前つける必要なかったじゃねえか」


 知っていれば俺もおとなしく名字を使ってただろう。わざわざこのようやく馴染んできた名前に苦労する必要もなかった。


 俺の愚痴に初雪は耳を貸すつもりもないらしい。後でトニーちゃんと合わせて説教だ。


「美しく舞う蝶。それを追うのは愚者の宿命。

 隠された返し刃に傷ついて、赤く染めあがった勝利の飾りになるだけだ。

 捉えられぬ美技に怯えろ! 逆択の女王、誰何すいか!」


 実況の紹介を終えて、俺は隣に立っていた誰何の方を見た。どうやら聞いている限り守りの堅いタッグらしい。攻め勝たなきゃいけないミツバにはやややりにくい相手かもしれないな。


 俺の相手になる少女の方に握手の一つでもしようと手を伸ばす。すると、当然のように平手打ちで叩き落とされた。

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