四章 大会と仇討と格闘超人

大勝負の前の静けさ

 目標が決まれば、自然と練習にも力が入る。もちろん対策すべきはもがな、そしてあいつの使うリリアだ。早稲田式では副将と大将の二人がそれぞれに対戦するから、もがなと当たるのは初雪になるだろう。ただ俺が勝って初雪が負けてしまったとしても最後に決定戦として俺ともがなのカードが残っている。


 そもそも俺が名門の格ゲー部員に勝てるかという問題はあるとはいえ、どちらかがあいつに勝てなきゃ優勝はない。それに高い目標に向かってやっているときほど成長ってのは早いものだ。最強の男を目標にしているのに、他の場所でつまづいてはいられない。


 夏休みという許された時間のほとんどをBlueMarriageにつぎこんだ。ミツバやカエデと違ってリリアは初心者でも扱いやすい投げキャラということで対戦相手には困らなかった。ただやはりあのレベルの相手はいない。あんなのがごろごろいても困るが。


 とにかく読みの冴えが違っていた。投げキャラは高性能なコマンド投げと豊富な体力を持つ反面、他の部分では性能が控えめだ。それに怖いものがコマンド投げだと分かっている以上、プレイヤーだって当然対策をとる。対戦のレベルが上がるほどきつくなってくるキャラだ。


 つまりそのコマンド投げを通すための立ち回りが必要になってくる。俺がミツバの崩しを安全に確実にできるように、と考えるのと同じだ。それを一点読みの行動だけでどうにかしてくるって言うんだから格の違いを見せつけられたと初雪が消沈しょうちんするのも無理はない。


 ただ俺はそれほど恐ろしいとは思っていない。それはたぶん似たようなことをするやつをもう一人知っているからだろう。


 コマンド投げと昇竜の違いこそあれ、根底にある思考は初雪ともがなでよく似ている。自分の通したい行動を決めて、そこに発生するリスクには多少目をつむるという考え方だ。負けのリスクは当然背負うが、それを経験と読みで埋めている。


 言い換えるなら行動自体に粗さは残っているのだ。一発勝負のトーナメントという性質も助けになっていると言えるだろう。強い部分でそれをうまく隠しているだけで堅実に戦われるよりもつけ入る隙はあるはずだ。


 俺は格ゲーの経験こそ少ないが、誰かと勝利を争った経験では負けていないはずだ。俺の対戦経験の中にそういうタイプの相手も少なからずいる。当たれば倒せるパンチがある。そしてタフネスにも自信がある。そういうタイプならおかしい戦法でもない。


 それならばこの相手にどう立ち回っていくか。それはきちんと相手の欲求を満たしてやることだ。


 こういうタイプは自分の目的が明確なほど集中力が増す。怖いパンチを徹底して避けるように立ち回ると、目標がはっきりする分迷いがなくなってくる。前にやったときも攻めに回った方が強いBlueMarriageにありながら、もがなのリリアは俺の攻めをしっかりと見ていた。


 通すと決めたもののためなら不利すら受け入れる。そういう横綱相撲に俺はまんまと呑まれていたわけだ。ただでさえ実力のあるやつが集中力までしっかり保てる状態になってしまえば手の付けようがない。どこかで乱してやる必要がある。


 そのためにまずわざと隙を作る。そしてそこにカウンターを叩きこむ。それが理想形だ。どんなに威力のあるパンチでもくると分かっていれば怖くはない。かわしながら代わりにこっちの拳を顔に伸ばすだけだ。


「初雪に勝つときも大体そんな感じだしな」


 固めの隙間を作って昇竜を誘い、ガード後にコンボを入れてダメージをとる。口で言うと簡単なんだが、これがうまくできないから負けがかさんでいく。


「相手の投げを誘ったとして、どう返すかだな」


 ミツバは投げ無敵技がほとんどないから攻撃で返すのは難しい。垂直ジャンプだと対空投げというもう一つの武器を使ってくるかもしれない。読み合いになると向こうが調子づいてしまう。


「昇竜かぁ」


 そんなときは昇竜を擦ればいいんですよ、という初雪の声が聞こえてくるような気がする。いや、この場にいれば間違いなく言っているだろう。


「まぁないものをねだってもしかたないか」


 格ゲーでは練習して新しい技を身に着けることはできない。持ちうる武器で対抗していくだけだ。夏休みももうすぐ終わる。休みが明ければ地区大会はすぐそこだ。それまでにはまず地力を鍛えておかないとな。


 すっかりと習慣になったBlueMarriageのトレーニングモードを開きながら、俺は忘れかけていた高揚を思い出していた。




 地区大会の会場は公民館の会議室のような一室だった。何度か世界大会の動画を見ていたせいで、あの規模とは言わずともてっきり大きなスクリーンの前に二人で座って観戦者のいる中でやるものだと思っていた。


 ずらりと並んだモニターとゲームハード。部室のものとほとんど変わらない。さすがにモニターの方はうちのボロと違って最新のものだろうが。


「なんか試験会場みたいだな」


「大会の最初の方は空いてるところからどんどん試合が進みますからね。ベスト八からは明日、ホールで大きなモニターの前でやることになりますよ」


 初雪の言葉に隣に立っていた別の高校の生徒がこちらを見る。初雪の顔を見て何かを察したように離れていった。ベスト八に残るのが当然だと思っている。そんなやつの顔なら俺も見てみたい。そしてそいつが去年の全中覇者だったら。嫌でも緊張するだろうな。


「ドカーン、と勝ってきてよね!」


「簡単に言ってくれるなよ、ってなんだその恰好!」


「知らないの? BlueMarriageのキャロルのコス。こないだのイベで着たの」


 そう言ってひなたサンがその場でくるりと回る。こっちは真面目に制服で来てるんだが。そりゃ出場しないんだからただの観客と言えなくもないが、もうちょっと自重できなかったのかよ。こっちは別の意味で目立っている。


「それを言うならトニちゃんだって同じようなもんでしょ」


 そう言いながらひなたサンは隣に立っているトニーちゃんを目で示す。あいかわらずまっ黄色のジャージを着ていてこっちも負けず劣らず目立ちまくっているが、トニーちゃんの場合はこれじゃないとなんだか落ち着かないからな。


「トニーちゃんはあれでいいんだよ。通常運転だ」


「ホォアァタァー!」


 いつもより怪鳥音も気合が入っている。うん、この声があると格ゲー部だなって感じがするな。


「それにしてもキャロルってそんな服だったか?」


「これ昔のバージョンのやつだからねー」


 ベレー帽になにか勲章のついた軍服風だ。俺の知っているキャロルはもうちょっと露出が多めというか背中あたりまで見えるノースリーブだった。


「こっちの方が落ち着いてて会場に合うでしょ」


「そもそもコスプレで来るなよ」


 一応高校生の公式大会だぞ。遊びに来ているわけじゃないんだけどな。


「まぁそのコスプレを見るとトラウマが蘇ってくるのでいいプレッシャーになりますよ」


 乾いた笑いを浮かべながら初雪がそう漏らした。


「いったい昔のバージョンで何があったんだよ」


 まぁ、ミツバもバレーボールにハマっていた時期があるらしいし、長いシリーズだとそういうこともあるんだろう。深く聞いたところで今から始まる大会には役に立たない。勝ってからゆっくり聞いてやろう。

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