勝利を握りこまない理由

「本当に勝っちゃうなんてやるねぇ」


「その感じだと負けると思ってたろ」


「いやいや、信じてたよ」


 なんか軽いな。一応部の存続がかかった大事な勝負だったんだぞ。全国にいけなかったら廃部だったんだから。ま、勝ったんだからもうどうでもいいことか。そう思って一緒に笑っていると、大きな影が俺たちを覆うように伸びてきた。


「借りは全国で返す。覚悟しとけよ」


「え? あ、あぁ」


 それだけ言うともがなは足早に俺たちの席から去っていった。名門校のエースが無名の、それも初心者に負けたんだ。これからさらに練習を積み重ねて実力をつけていくんだろう。こっちも負けないようにしないと、ってちょっと待て。


「なんであいつ負けたのに全国いけるんだ?」


「なんでって、上位二組が全国大会に進むからでしょ」


「ちょっと待て。優勝しないといけないんじゃないのか?」


 全国大会に出るにはそうだって話していたはずだ。確か、あれ? もしかして言ったの俺か?


 そう思うと、ボクシング部のときのイメージで勝手に決めつけたような気がする。選手の少ないアマチュアボクシングじゃ地区大会は不戦勝なんてこともあるくらい過疎ってるから、勝手に優勝者だけが全国に進むものだと思い込んでいた。


 それなら俺が必死に戦ったさっきの一戦は、部の存続にはまったく関係ない消化試合だったってことかよ。


 最悪だと思っていたトーナメントのラダーはどうやら最高の引きだったらしい。


「っていうか初雪は知ってただろ」


「すっかり忘れてました」


 その本気で驚いた表情は嘘じゃなく完全に忘れてたな。まぁ、俺がもがなに勝てなきゃ廃部だって煽ったようなもんだからな。初雪もかなりいっぱいいっぱいだったろう。


「アッタタタタァー!」


「まぁ、そうだな」


 とりあえず部の存続はこれで決まりだ。後は町口と一緒に教頭の鼻を明かしにいくだけだ。


「じゃあさ、打ち上げどこにするか決めようよ」


「今日は疲れてるから今度にしてくれよ」


「せっかくコス着てるんだから今日がいいって」


 そんなもんまた着ればいいだろうに。借りてきたものでもあるまいし。ってかそんな格好でどっかの店なんて入れたもんじゃねえぞ。


「いえ、りおんさん。今日にしましょう」


「なんだよ、お前まで」


「今日、会場の近くでジャンボパフェのフェアをやってるんです。今日行かないと後悔しますよ」


 後悔するのはお前だけだろうけどな。まったくどいつもこいつも言いたい放題だ。


「もうどこでもいいからさっさと行こうぜ」


 ツッコミを入れ続けるにはちょっとばかり今日は疲れている。初雪じゃないがパフェのひとつを食べてもバチは当たらないだろう。


「さあいきましょう。パフェは待ってくれないんですよ」


 いやそんな機敏に動くパフェなんて食いたくねえよ。心なしか俺が勝った時よりも笑顔が輝いている初雪に続いて、俺は会場を後にする。


 今日は撤収作業を待つことも拳を握って勝利の余韻に浸る必要もない。その代わりにこうして一緒に笑ってくれる仲間がいる。


 あの日、暗い路地裏で失ったものを、俺はようやく見つけたような気がした。

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