王者への反逆
相手の接近を嫌ったバックステップを完全に理解していたように移動投げが飛んでくる。完全にやられた。ここから起き攻め、初雪戦でも嫌というほど見せられたが、自分が受けるとなると気分が違い過ぎるな。
こういうときだけは昇竜ができないか、と考えてしまう。甘えた使い方をしたところで通用はしないだろうが。
投げを嫌ってジャンプしようとしたところに打撃が刺さる。対空投げじゃない。そこからエリアルに移行して着地にさらに追撃。ごっそりと体力がもっていかれた。
「コンボもやりゃできるのかよ」
王者のプライドなんてない。空白の王座を奪い合う戦い。お互いが挑戦者。こうなれば流れもへったくれもない。強いやつが勝つ戦いだ。
二ラウンド目も守りに手がいっぱいになっている。打撃択を多めに使われるとどうしてもガードを固めたくなる。そこを投げで割ってくる。崩しの基本中の基本だが、そこに正確な読みが加わると簡単じゃない。
どうにかしてチャンスをつかみたい。だが、焦りは必ず悪い方に向かっていく。ミツバはそんな強引な切り返しができるキャラじゃない。さっきまでは追い詰めていた側だったのに、コーナーをするりと抜けられて、こっちが追い詰められている。
バーストを使って一度状況を戻す。さらに相手が飛び込んでくるところにエレメンタルクローバーを置いておく。ボディプレスは持続の長さが売りだが、逆に言えば出してしまえばもう着地までは動けない。
演出を見ながら一息つく。ここで迷いなく飛び込んできたってことは相手も余裕はないってことだ。
相手も早く試合を決めたいと思っているから今の超必殺技が当たったのだ。まだいける。さらにもう一つ、何かいい手はないか。
ふと画面の左上に視線が吸い込まれた。もしかしたらいけるかもしれない。
ステップから起き上がりに重ねるように投げをいれる。反応したようにも見えたリリアだったが、こっちの投げが通る。こいつはただの投げ抜けじゃ抜けられないからな。
コンボを入れて画面端。防戦一方だったおかげでヨツバの体力はたっぷりある。画面端での崩しはしゃがみで食らいたいはずだ。いきなりの中段が通る。さっきの対戦で刻みつけておいた攻撃がいい影響になっている。
体力の残りは少ない。ミツバの画面端の攻撃はたとえもがなでも受け止め切るのは難しい。ヨツバの体力が多ければ崩しの回数も増える。最後はダウン追い打ちでトドメを刺す。
これで一ラウンドずつ。そして最後の攻撃でもがなは気がついただろう。後はこれを見てどういう風に戦術を変えてくるか、だ。
こっちもチャンスは一回。それに相手はまだこっちのガー不連携が頭に残っている。相手が嫌がるならガー不連携に持っていけるチャンスも増えるだろう。
相手の選択は開幕リープ投げ。つまり攻めてくるってことだ。当然のように食らってしまったが、これで相手の戦術は決まった。ぶっぱなしに怯えるくらいなら読み勝ってやるってことか。
ならこっちも同じように受けて立つ。相手の起き攻めにレバーを左右に動かす。ここだと思ったらボタンを押す。
一撃必殺技は魂で撃つ。確かそうだったな。
まだここじゃない。自分の感覚を信じて投げを狙う。一撃を嫌がるなら当然相手の行動はガードだ。大胆な読みからの反撃が通ると気持ちがいい。
これで体力はリード。こっちはまだ負けられるが、向こうは背水の陣だ。相手の攻めからは嫌でも大胆さが少しずつ鳴りを潜めていくはずだ。
起き攻めにも前後に歩いてフェイントをかける。ミツバの一撃必殺技のコマンドは複雑でいきなり出すと必ず動きが見えてしまう。だが、今の状況ならこれ以上ないほど相手にプレッシャーをかけられる行動に変わる。
だがまだだ。その時じゃない。
初雪との対戦で何度も一撃必殺技をくらってきた。そのときはいったいどんな状況だった？
どんなにガードが固くても攻撃しなければ対戦には勝てない。どこかで必ずガードを解いて手を出さなければならない。
手を出したくなる場面は二つ。自分が有利な状況、そしてもう一つは我慢の限界が来たときだ。
常に一撃必殺技や昇竜の恐怖に怯えているのは精神的にも辛いものがある。だから自分の攻撃がちゃんと通るのだと誰もが確信したいはずだ。その一瞬が命取りになる。問答無用で勝利を決める技の前には。
ただ王者の忍耐力は並みじゃない。俺ならもう二回は暴れているだろう。怖がっているという雰囲気は立ち回りからは感じられない。ミツバの猛攻をしっかりとガードしながらじっと反撃の機会をうかがっている。
ヨツバの体力がじりじりと減っていく。そろそろ一度逃げて時間を稼がなきゃならなくなる。投げを一発もらえばすぐに逆転される。今度はこっちが我慢しなくちゃならない番か。
一度仕切りなおすか、そう思ってバックステップを入力しようとしたところで、なんとなく初雪の顔が脳裏をよぎった。
暗転が起きる。起こしたのはリリアの方だ。こっちのヨツバが動けなくなったところを狙ったタイミング。辛い場面でも狙うべきところで切り込んでくる。
初雪もやられたこの超必殺技。一発で体力の半分近くをもっていくこの大技を的確に使ってきやがる。
ミツバは、立っている。少なくともジャンプやバックステップはしていない。もがなは確信したように小さくガッツポーズを作った。ここから反撃開始だ。そう思っている。
悪いが、それは叶えられないな。
さらに暗転が重なる。今度はミツバの起こしたものだ。
普通なら超必殺技。投げを受ければそのまま無敵にかわされてしまう。だが今回は違う。
ミツバのパンチがリリアを捉える。即座にヨツバが後ろに回り込んだ。
もがなは目の前のモニターで起こっていることが信じられないのか、立ち上がって自分の真後ろにあるスクリーンへと振り返った。もちろん同じ映像が数フレーム遅れで映っているだけだ。
今度は俺の顔を見る。全力の勝ち誇った顔で迎えてやろう。
「俺の勝ちだな」
もがなは何も言わなかった。言葉を探して口をもごもごと動かしていたが、結局何も出てこなかった。
強いやつを倒すのってのはこんな感覚だったか。試合なんてほとんど赤コーナーだったからな。こんな気分は久しぶりだ。おもしろいじゃねぇか、
まだ何も言えないもがなを置いて、俺は観客席へと一足先に降りていく。こいつよりも俺には勝利を分かち合える相手がいる。
「は、ほ、ほんとに、か」
「とりあえず落ち着けよ」
言葉にならないらしい初雪が迎えてくれる。ここまで喜んでくれると、嬉しい反面冷静になっちまうな。初雪は二人分でも余るくらいに涙を流している。自分が負けたことなんてもうすっかり忘れていてくれそうだ。
「だって、ほんとに勝ってくれるなんて」
「思ってなかったか？」
「そんなことないです！ だって約束しましたから」
そうだったな。お前との約束。なんとか守ることができた。できることならこんなにも体力を使う戦いはもうやりたくないけどな。
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