ダンサーズ・イン・ザ・ダーク

 すでに戦闘は終結していた。タスクフォース145は『神に導かれし戦士たち』を全滅させたのだろう。耳が痛くなるほどの沈黙が全員に重くのしかかった。


 手がかりは失われ、事態は最悪のかたちで終わりを告げた。たとえ犯罪者だったとしても一組の親子を非道に傷つけ、その結果は完璧に無益だった。イチには何もかも間違っていたとしか思えなかった。もっと他の方法があったのではないか、と思わずにはいられなかった。


 あのときルカが記憶再生の魔擬を出すのを止めていれば。ディランを車から引き離さず、自分がアル・アリに尋ねていれば。ジュワードの家でウォーロックから目を離さないでいれば……


「……二人を埋めないと……せめて一緒の墓に」


 ようやくイチは呟いた。ルカは親子の死体を見つめたまま、感情のない声で言った。


「駄目だ。そんな時間はない。それよりもイチ……いや、ウォーロックに尋ねたいことがある」

「アル・アリが言った刃とは、君の半身のことだな」


 ウォーロックは黙り込んだ。つまり肯定だった。


「ここに三つの前提がある」とルカは自分の指を三本立てた。一つ、と読み上げるたびに、その指を折っていった。

「一つ、契約者はお前の半身で邪神を復活させると言った。一つ、邪神が封印されているゴルアディスの扉は神々にしか開けない。一つ、そして聖神は六百年前に絶滅している。これらから導き出される真実は一つしかない」


 ――君は邪神だな。


 再び沈黙があたりを支配する。


 話の飲み込めないアンマールは一人、場違いな声で疑問を呈した。


「邪神……ゴルアディスの扉……? 君たちは一体なんの話をしてるんだ?」

「この魔剣が己の半身を手に入れ、完全復活すれば、この世界のすべてが戦火に包まれるということだ」

「ちょっと、待てよ! まだそんなの決まってないだろ」


 イチは目を見開き、自分の腰に差してあるウォーロックを見た。こいつが邪神? 確かに口は悪い。人の命のことなんて路傍の石くらいにしか思っていない。だけど、四年間一緒に旅をして、イチに力を貸してくれた道連れだった。


 ウォーロックは言った。

使


 ふん、とルカは鼻を鳴らした。


「それでも邪神だから悪い奴だなんて……」

「邪神の本質は闘争、破壊、虐殺……人類に益するものなど一つもない。さらに現世に存在することによって、契約を容易にし、より多くの契約者を生み出すことに繋がる」


 イチは自分でも気づかぬうちにウォーロックの柄を握りしめていた。


 ウォーロックは一人、他人事のように尋ねた。


 

「そうだ。君を破壊する。契約破りブレイカーとして」


 イチは自分の手の中にあるウォーロックを見下ろした。


 ウォーロックを壊す? そんなことをすればどうなる?


 ただの人間でしかない自分は戦う力を失う。平和を取り戻すために、殺し合いを止めることなんてできなくなる。それを想像した途端、呼吸が乱れ、肺が痙攣し酸素を求める。脂汗が玉のように吹き出る。指が震える。そんな自分に意味はない。そんな俺は俺ではない。俺でなくなった俺は――


「イチ。ウォーロックをこちらに渡せ」


 手をさしのべ近づいてくるルカにイチは怒鳴った。


「来るな!」


 ルカは立ち止まった。


「必要なんだ……この国の戦争を止めるために」

「ウォーロックの存在はそれだけで最終戦争の可能性を引き上げている。君の言っていることは矛盾している」

「矛盾なんかしてない! 戦争なら全部俺が止める……」


 イチはウォーロックを抜いた。やめろ、とルカが叫ぶ。イチは衝撃波を地面に叩きつけた。


 激音と共に地面がへこむ。砂煙が爆散して、周囲を薄黄色のベールが埋め尽くした。


 視界を奪われたルカとヤナギがせきこみながら、大声でイチを探す。


 イチは近くにいたディランを抱え上げると、強化された脚力で地を蹴り、一瞬でその場を離脱した。


 イチはディランを脇に抱えたまま、風のように夜の街を駆ける。ディランが何か叫んでいるが豪風に巻かれるイチの耳には届かない。


鹿」ウォーロックの声だけが異様にはっきりと聞こえた。


 索敵するタスクフォース145の隊員たちを吹き飛ばしながら街中を突破し、ジュワードの家にたどり着く。その前に止めてあった自分のラクダに乗り込む際、ジュワードを隠していた場所をちらりとのぞきこむと、頭を撃ち抜かれた少年の死体が一つ転がっていた。


 イチは手綱を握りしめ、ラクダの脇腹を強く蹴った。


 ぶひひひと悲鳴を上げ、ラクダは猛烈に走り出す。前足と後足が同時に地面を蹴って、尻が乱暴に突き上げられる。抱えていたディランを自分の前の鞍に下ろした。


 後ろを振り向くと、追いかけてきたルカとヤナギが自分のラクダに乗り込もうとしていた。


 速度を上げるため、イチは再びラクダの脇腹に足の側面を打ちつけた。

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