第三章 トラベラーズ・イン・ザ・ダーク

ワンダラー・イン・ザ・ダーク


 イチ、ディラン、ルカ、ヤナギ、そしてアンマールの(そして場合によってはウォーロックを加えた)一行は廃村を出て、西へと向かった。アンマールによれば『神に導かれし兵士たち』の最高指導者アル・アリは四十キロほど北西のスワディという街にいるらしい。

 そこまで西に行くと国境も近い。その一帯ではいくつもの武装勢力がいまだに権勢を誇り、米軍との小競り合いが続いている。激戦期には大規模戦闘が何度も起きた地域だ。


 ルカとヤナギはそれぞれの、イチはディランと一頭のラクダに二人で乗って、進み続けた。移動手段のないアンマールは徒歩だ。イチは最初、自分のラクダと交替で乗ることを提案したが、アンマールを信用しきっていないルカが却下し、何よりもディランが嫌がった。


 途中、街があればディランを下ろしていけるのに、とイチは思ったが、ルートの中に他の街は存在しなかった。一人でルートを外れれば、イチが加わるのに賛成ではないルカとヤナギはそのままイチを置いていくだろう。ディランはスワディで下ろすしかない。


 幸いにして、水は魔擬で砂から生み出せるので、荷物は軽くてすむ。食料も『神に導かれし戦士たち』の拠点で手に入れた分を合わせればスワディまで充分もつ量だ。


 一日目の夜、あまり気の入らない会話をぽつぽつと交わしながら、イチたちは食事をとった。メンバーがほぼ初対面、しかもイチ以外はお互いを疑惑の目で見ているとあればしょうがないことだった。イチは胃が痛くなるような思いを抱えたまま、寝袋に入った。

 そして、イチがうとうとしだした頃に、事が起こった。

 ディランがヤナギの装備の中から拳銃を持ち出そうとしたのだ。とっさに気づいたヤナギが妙な訛りの日本語でどつきながら拳銃を取り上げたので、ディランがそれを使うことはなかった。


「アンマールに向ける気だったのか?」


 イチは詰問調にならないようにしながら尋ねたが、ディランはぶすっと横を向いて答えなかった。


「僕に向けるって……どういうことだよ! そんな奴が一緒にいたら寝られないじゃないか!」

「兵士のくせに子供にびびるなよ!」


 基地から持ってきた自分のバッグを震えながら抱きしめるアンマールに、ディランは怒鳴り返した。


「……わかった。私とヤナギとイチで不寝番に立とう。不埒な輩が近づいてくる可能性もあるからな。それでいいか、イチ?」


 ああ、とイチは頷いたが、ルカの提案は対症療法にすぎない。ディランがどうしてそこまで『神に導かれし戦士たち』の兵士を憎むのか、そのディランの気持ちの方をどうにかするべきではないのか。

 だが、ディランは自ら話そうとはしない。ディランの心の中に何が潜んでいるのか、イチにはわからなかった。


「これで安心やな。快眠せえよ! 寝不足で倒れられたら困るのこっちやからな!」


 肩をすぼめるアンマールの背中を、ヤナギがばしばしと叩いた。



 二日目の夜、ルカの提案どおり三人で交替しながら、不寝番に立った。さすがにディランはあきらめたのか、大人しく床についている。その様子を見たアンマールも、びくびくと怯えながらも目を閉じた。


 そして三日目の深夜、イチは交替の時刻ぴったりにルカに起こされた。

 だが、すでに番を終えたルカは寝袋に入らず、イチの隣に座って、地べたの砂をコップですくった。魔擬によって砂が水へと変化する。まだぼーっとしている頭でそれを見つめていると、ルカはコップをイチに差し出した。


「どうもまだ眠れそうにない。少し話をしないか?」


 ああ、とイチはコップを受け取った。ルカは自分のコップも水で満たし、口をつけた。


「ディランのこと、君はどう思う?」


 イチも水を一口含み、砂漠の睡眠で乾いた喉を潤した。


「……わからない」

「そうか」と答えるルカは消沈しているように見えて、彼女もディランのことをちゃんと考えてくれていたようだった。


「そういえば、あいつは俺に家族は死んだと嘘をついてた。でも、もしかしたら本当だったのかもしれない」

「『神に導かれし戦士たち』に殺されたというのか?」

「そんな子供たちがいっぱいいる。ディランもそうだったのかもしれない。でも、人はあんなに人を憎めるのか?」

「……私にはわかる」


 コップを両手でにぎりながらルカはぽつりと呟いた。


「……契約者を、か」


 イチは『神に導かれし戦士たち』の拠点で、上官に詰め寄っていたときのルカを思い出していた。ルカは尋問のかたちをとって、契約者の魔法を利用したあの男に怒りをぶつけていた。


「奴らの存在は許容されるべきではない……奴らは人として大事な何かを邪神に売り払い、それを対価に魔法を得た危険な存在だ。超常の力を使って人々の幸福に寄与するという考えなど、最初から持ち合わせていない。そもそも発想できないからだ。契約者は、契約者となった時点で大罪人と等しい。たとえ邪神と契約した時点では無害でも、人の思考を失った状態ではいずれ力の誘惑に負け、罪を犯す。邪神たちがゴルアディスの扉の向こうに封印されていて、本当に良かったと思う。そうでなければ、この世界にいる契約者の数は今より多かったはずだ」


 イチは何も言えず、ルカを見つめていた。その視線に気づいたルカは言葉を切る。


「……すまない。とにかく、私にはディランの憎悪がわかる。その憎悪が容易には消えないことも。もし消せるとしたら、それは私やヤナギではない」


 そう言って、ルカはイチを見つめた。水が気管に入り、イチはむせ込んだ。


「お、俺か?」

「そうだ。君が砂漠の停戦者デザートピジョンならば……本当にこの戦争を止めたいと思っているなら、君が真にすべきことはそれだ。兵士や契約破りブレイカーには不可能なことを」

「……考えてみるよ」


 イチはそう言って地平線近くの星に目をやった。コップを傾けたが、すでに空だった。


 ああ、とルカは立ち上がった。

「よく考えてくれ、イチ。君の選べるもう一つの道を……君のそばで寝るのはとてもつらいからな……」

「なんだって?」最後の言葉がよく聞き取れず、イチは振り向いた。

「独り言だ。おやすみ」


 ルカは手を振り、自分の寝袋にもぐりこんだ。


 ふう、と息を吐き、イチは横になったルカから地平線へと視線を戻す。漆黒のカーテンに覆われたように黒い空。月や星の明かりに照らされた灰色の雲がわずかな速度で流れている。


 夜はまだ明けそうにない。



 次の朝、もそもそと起き出した全員は、初日よりは若干気の慣れた会話を交わしながら出発した。だが、ディランは徹底的にアンマールだけを無視していた。

 昼頃になり、スワディの街が見えてきた。街といっても、朱良と行ったモアジブほどの規模ではなく、百戸ほどの家が集まった程度の大きさに思える。

 おそらくほとんどの住人が顔見知りだろう。最高指導者の隠れ家は探しやすいだろうが、同時によそ者が警戒されるということでもある。特に、ディラン、アンマールはともかくとして、やたらに若い日本人の男女三名など怪しいにもほどがある。


 イチたちはすぐさまスワディには入らず、街の手前の岩場に隠れて作戦会議を敢行した。


「で、どうするんだよ。どう見ても外国人だぞ、俺たち」

「魔法使いなんだから魔法で顔変えればいいじゃん」馬鹿にしたようにディランが言った。

「魔法使いならばよかったんだがな。残念ながらそんな強力な魔擬は存在しない」


 よくわからん、とディランは早速会議に飽きたのか、小石を蹴り飛ばしながら走り回るのに熱中しだした。


「ディランとアンマールだけ潜入させるっちゅうのはどうや。そんで、最高指導者様とやらの住み家を見つけたら、うちらが突入して一気に拉致る」

「危険すぎるぞ、それ」イチは抗議の声を上げた。

「私も反対だ。申し訳ないが、この二人は信用できない」


 ルカの言葉に今さらショックを受け、アンマールは悲しそうな顔を浮かべたが、発言して撤回を求めるまでには至らなかった。


「お、そうだ」とイチは手を叩く。

「ほら、砂漠の停戦者デザートピジョンがひらめきよったぞ。なんやなんや、お姉さんに聞かしてみい」

「魔擬で顔は変えられなくても、服くらいなら変えられるだろ。変装するんだよ」

「何に?」


 イチが答えると、ルカは露骨に嫌そうな顔を浮かべ、ヤナギは大声を上げて笑い、アンマールは不安げに尋ねた。


「本当にそんなことでうまくいくのか……?」

「めっちゃおもろそうやん。それでいこ!」笑いながらヤナギはばしばしとイチの背中を叩いた。

「私は認めないぞ。栄えある契約破りブレイカーの正装をそんなものに変えるなど……」

「頑固やなあ、ルカは。じゃあ、他にええ案あるん?」


 ルカは黙り込んだ。


「よっしゃ決定! ディランちょっと来い!」


 ぶつくさ言いながら寄ってきたディランにヤナギが作戦を伝える。ディランは顔をしかめた。


「それ誰の案? ……いや、やっぱいい。どうせバカイチに決まってる」

「よく俺ってわかったな」

「そんな馬鹿なこと考えるの、この国じゃ一人しかいないだろ」


 かくして一時間後、日本人の手品師とその助手の子供、そして現地人のガイドがスワディの街に現れた。

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