マジシャンズ・イン・ザ・ダーク


 ラクダを連れて現れた五人に、住人たちの奇異の視線が突き刺さった。好奇と不審の入り混じった表情は彼らの困惑を如実に語っていた。一体あの日本人は何をしに、武装組織の勢力下にあるこんな辺境にやってきたというのか。


 こちらを見てくる大人の男女に、五人はどうもどうもと頭を下げながら街を進む。三軒ほどの露天が出ている中央の広場にやってきたあたりで、住人から話を聞いたスワディの首長が現れた。

 太った商人タイプの首長は汗を腕でぬぐいながあら、五人のそばに駆け寄った。


「困るなあ、勝手に入ってもらっては。君たちは何者なのかね」


 イチたちが演じると決めたのは、少し近視眼的なボランティアの一団だった。子供たちに手品を見せたいと言って、危険地帯であろうがお構いなしに国中を回る若い手品師たち。


「連絡もせずにやってきてすまない。俺たちは日本の奇術師だ。この街にいる子どもたちにショーを見せに来た」


 首長は疑り深い目つきで五人の姿を眺め回した。


「奇術師? ショー? この街でかね?」


 黒い燕尾服にシルクハットをかぶったイチはどうだと言わんばかりにステッキを回した。真っ青なタキシードにズボンをサスペンダーで吊ったルカは気まずそうに肩につけたマントの裾をいじっている。反対にヤナギは色彩豊かな布のつぎはぎで作ったぶかぶかの服を身にまとって道化師クラウンに扮し、楽しくてしょうがないという風に笑っている。


 誰か自分を覚えている人間に見つからないだろうか、と怯えながらあたりを見回すアンマールと、異扮装する三人を覚めた目で見ながら、こんな大人には絶対ならない、と決意するディランはふつうの格好をしていた。疑われないよう、アンマールは軍服ではなく茶色のシャツとズボンを履いている。


「別にお金をとろうなんて思ってない。俺たちはボランティアだ」


 イチはそう言って、ステッキを首長の眼前に突きつけた。


 何事か、と首長はその先を見つめる。敵対行動の現れだろうか。


「ぼ、ボランティアだ!」


 イチはステッキを突きつけたまま、あわててルカに何度も視線を送った。

 ようやくイチのやりたいことに気がつき、ルカは「こんなことに魔擬を使うとは……」とぼやきながら、こっそり魔擬を発動した。

 紙袋が破裂したような音を立て、イチのステッキの先端から花束が飛び出す。


「信じてもらえたか?」花束を首長に押しつけながらイチは尋ねた。

「いや、しかし……知らない人間を不用意に街に入れるなど……」


 渡された花束のやり場と、目の前の人間の押しつけがましさに困り果てた首長の背中をヤナギがばんばんと叩いた。


「ああ、もう! うちらが当代最高のマジックをこの娯楽の少なさそーな街で、しかもおひねりなしのロハで見せてやるっちゅうんや。ちょっとくらいええやろ!」


 勝手に喋りだしたヤナギにイチは額を押さえた。万能言語の魔擬は聞いた者に違和感を与える。疑われる可能性を減らすために、アラビア語の話せるイチが表立って交渉することになっていたのだが、じれったい状況にヤナギは我慢できなくなったらしい。


「ええやろ、ええやろ? ええな? おっちゃん今うなずいたな? よっしゃ、じゃあ広場のここらへん勝手に使わせてもらうで」


 ここらへん、とヤナギは広場の端を両手でぐるっと囲むと、ラクダから荷物をさっさと下ろし始めた。目まぐるしく移り変わる状況に、首長は万能言語の魔擬に違和感を持つ暇もないらしい。いやいや、とおろおろ腕を振ったが、かといって止めるわけでもない。

 しょうがない、とイチたちは顔を見合わせ、ヤナギを手伝った。


 とにかく始めてしまえばこっちのものだ。住人たちは必ずこのショーに魅入られる。


 彼らが見るのは手品ではない。


 種も仕掛けも存在しない、魔擬使いのショーなのだから。



 彼らは最初、何事かと集まってきた野次馬を相手にショーをしなければならなかった。まずは猜疑の目で見てくる彼らを熱中させなければいけない。小さな街だからあとは噂が噂を呼んで、雪だるま式に観客が集まってくるはずだ。住人を引きつけている隙にアンマールと空いた者で街を見て回り、最高指導者の隠れ家を見つけ出す、という段取りだった。


 手始めにディランの身体を真っ二つにし、その上半身と下半身をそれぞれラクダに変え、あっちからこっちの緞帳に二頭のラクダを瞬間移動させた。

 もはやそれは手品ではない。人にはなし得ない超常現象である。実際そうだった。


 種を知ったら本職の手品師が怒り狂いそうなショーを立て続けに行うと、徐々に観客の数が増えてきた。ショーのど派手さはさらに増し、魔擬を使いすぎたルカが休憩するときは、道化師クラウンのヤナギが無言サイレントのドタバタ劇で間を埋めた。


 いつの間にか、彼らの舞台は広場の隅から中央に移り、街中の人間が集まってきたのではないかというほどの数の観客を前にしていた。露天の主たちも自分の店を閉めて、喝采を飛ばしている。イチたちが剣を飲み込んだりするたびに、どよめきが起き、すぐに地面が揺れるかと思うほどの拍手が続いた。老若男女が仕事をほっぽりだして、この突然現れた日本人のショーに沸いている。


「やりすぎた……」とルカは魔擬で生み出した大量の金貨をぼろぼろと両手からこぼしながら呟いた。観客が金貨を拾おうと群がるが、いつの間にか砂のように消えてしまっている。


「イチ、そろそろ――」アンマールを出すべきだ、とルカが言いかけたところで、司会に興が乗ってきたイチが観客に叫んだ。


「よーし、次はみんなの中から、誰かに手伝ってもらうぞー」


 はいはい、と子供たちが我先にと手を上げ飛び跳ねる。ルカはがくりと肩を落とした。


「えーと……よし、君だ。その黄色のシャツ着てる子。そう、こっちに来て」


 イチは一人の子供を指さすと、自分たちの方に手招きした。


「君、名前は?」

「ジュワード」長袖を着た六歳くらいの男の子はもじもじしながら答えた。

「何か欲しいものはあるか? なんでも言ってみな。出してやるから」

「チョコレート……」

「甘いもの好きか。俺と同じだ」


 そう言って、イチはこっそり手の平に石を隠すと、そのまま両手で握り込む。むむむとうなりながら力を込める。ジュワードや観客の視線が自分の手に釘づけになっているのを感じつつ、ちらりとルカを見ると、魔擬を発動し終えたのを目で合図してきた。もう三時間はぶっ通しでこんな演技をやっているので、すでに二人の息はぴったりだった。


 イチは手の平を開いた。小石はすでになく、代わりに包装されたチョコレートの粒がばらばらと山のように両手からあふれた。イチはそれをそのままジュワードの両手に落としてやる。


「ちゃんと友達とわけるんだぞ」


 ありがとう、とジュワードは目を輝かせると、それから内緒話をするみたいに声をひそめてイチに尋ねた。


「……ねえ、出すんじゃなくて、消すのもできる?」

「ああ、できるぞ」

「虎も消せる?」


 もちろん、とイチは魔法使いを信じる純真な子供に笑いかけた。


「だけど、この国に虎なんていないだろ」

「……いるよ。こんな楽しい日の夜には虎が来るんだ。知ってるんだ……」


 そう言うと、ジュワードは胸いっぱいにチョコレートを抱えたまま、観客の方へと駆け戻った。子供たちがジュワードのそばに集まり、チョコレートをねだる。

 ジュワードの言った意味がわからず立ち尽くすイチに、ルカがそっと耳打ちした。


「そろそろアンマールを行かせよう。目立たないよう、ヤナギにもあのふざけた服を着替えさせた」

「わかった。じゃあ、俺たちはでっかいのをやって注目を集めないとな」

「……君はいいな、気楽で。あと食べ物を出す手品は今ので終わりだ。荷物の食料が底を尽きかけている」


 先程のチョコレートはルカが入れ替えの魔擬で荷物から取り出したものだ。荷物の中身がどんどん小石や瓶の蓋などのガラクタに変わっていることを観客は知らない。


 ヤナギとアンマールがいないことに気づかれないよう、イチとルカはディランも舞台に引っ張り出してさらに派手な手品を繰り広げた。ディランに幕をかぶせてワンツースリーと唱えると、あっという間に幕が落ちてディランの姿が消え失せる。イチがわざとらしく「あ、あれはなんだー」と指さすと、観客たちは建物の屋上でやる気なく手を振っているディランを見つけ、歓声を上げた。


「なあ、やっててむなしくならない?」戻ってきたディランはイチに耳打ちする。

「なんでだよ。みんなを楽しませて、俺も楽しい。こんな幸せなことが他にあるか?」

「……わかったよ、もういい。こっちが恥ずかしいから」



 一時間ほどそんな大技を繰り出し続けて、ようやくヤナギとアンマールがこっそり帰ってきた。魔擬を連発した疲れでぜえぜえ息をつきながら、ルカは小さな声で尋ねる。


「どうだ?」


 ヤナギは顔をしかめて、首を振った。声を出さずに口だけが「あかん」と動く。

 ルカは溜め息をついた。すでに日は傾き、夕焼けの赤い陽が街に射し込んでいる。茶番劇に等しいこのショーもそろそろ限界だろう。


 首長が近づいてきて、これはいつまで続くのかと気まずそうに訊いてきた。イチとルカは顔を見合わせた。しょうがない、今日はここでカーテンコールだ。

 イチは観客たちの前に歩み出た。


「えー、名残惜しいけど、今日はここでおしまいだ。みんなありがとー」


 子供たちは落胆の声を上げる。大人たちの方も残念そうな表情を浮かべたが、これでようやく自分の子供を家に連れて帰れると、どこかほっとしていた。


 観客(ほとんどが子供だったが)がイチたちに駆け寄ってきて、一体どうやっていたのかと口々に尋ねる。種なんてないんだよ、とイチたちは本当のことを言ったが、もちろん誰も信じなかった。大人の何人かは紙幣を手渡そうとしてきたが、イチは断った。


 ようやく住人たちが家に帰り始め、子供たちは親に連れて行かれた。イチたちはどっと疲れたような気がしながら、後片付けを始めた。


「隠れ家は見つからなかったのか?」


 荷物から石ころを取り出しながら、イチはアンマールに尋ねた。


「……ごめん。建物を見れば思い出すと思ったんだけど、似たようなのが多すぎて……」

「使えねーの」とディランが吐き捨てた。

「気にすんな。明日も探せばいいんだから」

「それもええけどな。今夜どこで泊まんねん。ホテルなんかあらへんかったぞ」


 と話していたところで「あの……」と女性に話しかけられた。

 イチたちが振り返ると、一人の女性と先ほどチョコレートをあげたジュワードが立っていた。


「もしよろしければ、うちに泊まっていきませんか。今日のお礼に……」

「そんな迷惑をかけるわけには――」と断りかけたルカは、ぶんぶんとうなずくヤナギに突き飛ばされた。

「泊まる泊まる! よっしゃ、ええ人がおったぞ! みんな行くで! いやあ、おおきになあ。うちらずっと旅続きで、しかもうちとルカは、なんでとは言わんけど、三日前までは風呂どころかトイレもおぼつかん状態でな。ほんま助かるわあ」


 マシンガンのように喋り続けながら、ヤナギはジュワードとその母親と共に歩き出した。


「おい、自分の荷物持てよ!」とディランが怒鳴った。

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