エンカウンター・ウォーロック
ローランド・ストウはイチの腕の中で息絶えた。イチは上半身だけになった彼をゆっくりと横にして、そのまぶたを閉じてやった。それから地面を思い切り殴った。
「どうして……」
「どうして?」
地獄の底から響いたような声。イチは振り向く。悪魔のような声は根本から折れた魔剣――ウォーロックから発せられていた。
「それはこいつが兵士で、ここが戦場だからだ」
「そんな理屈、俺は認めない」
「ならば止めてみろ。そして己の無力に震えろ。
イチは叫び、ウォーロックを抜いた。魔剣によってイチの身体能力が強化される。彼は猛った豹のように飛び出し、爆撃の濃度が最も濃い地点へ向かった。
基地のど真ん中。辺り一面にはばらばらになった死体が散乱し、その肉塊を踏みしめながら米軍兵士たちがアサルトライフルを撃ちまくっていた。
「やめろ! やめろよ!」
イチの叫びは彼らには聞こえない。畜生、と漏らしてイチはウォーロックを振り上げた。魔剣から放たれた衝撃波が兵士たちを吹き飛ばす。武器が手から離れ、次々と昏倒する。
その一撃で他の兵士たちはイチのことも敵と認識し、次々に銃弾を撃ち込んでくる。ウォーロックの衝撃波でそれを払いながら近づく。
「やめろって言ってんだろ! ウォーロック!」
イチはウォーロックをぶんと振り抜く。その瞬間、根本から折れた剣が蛇のように伸びて巨大な
ウォーロック。飲み込んだ武器に応じて姿を変える魔剣。
巨大な細筒銃となったウォーロックを腰だめに構え、イチは引き金を絞った。非致死性の光弾が次々と放たれ、兵士たちを吹き飛ばす。あらかた兵士たちを無力化したところで引き金が空を切った。元のアサルトライフルに装填されていた分の弾丸が切れたのだ。イチがウォーロックを振ると、空になったアサルトライフルが吐き出される。
鋭敏になった第六感が殺気を感じ取った。風を切って近寄ってきた何かをイチは素体となったウォーロックで弾き飛ばす。少し離れたところで爆発が起きた。
そしてようやくイチは襲撃者の姿を見た。
それはたった一人の女だった。
まるで血に染まったように赤い長髪、ビー玉のような灼眼。砂漠地帯ではありえないノースリーブのワンピースを着た姿はまったく戦場には似合わない。だが、この場違いな女が武装した兵士たちをたった一人で殺したのだ。
その異様さを強めるように女は浮いていた。まるでガラス板に立っているかのようにしっかりと。
灼髪の女は平和な街の並木道を行くように、空中を歩き始める。
「君は……
女は首をかしげる。まるで映画館への道を尋ねたみたいに。
「……お前はなんなんだ。どうしてここの人たちを襲った!?」
「ここにいたのが運の尽きだったんだろうね」
「ふざけるな!」
イチは地面を蹴り、弾丸のように女へと向かう。ほぼゼロ距離でウォーロックの衝撃波を叩きつけた。
だが女は微動だにしない。掲げた右手に衝撃波がすべて吸収されていた。
「嘘だろ……」
「
女はそのまま右手を振り払う。透明の斬撃が横殴りに襲ってくる。なんとかウォーロックで防ぎきるが、そのまま地面に叩きつけられる。イチはよろめきながら立ち上がり、ウォーロックをぶんと振って、近くに落ちていた
大砲と化したウォーロックを両手で抱え上げ、先程よりも威力を増した光弾を女へと連射する。だが、光弾のすべては反発する磁石のように女を避け、虚空へと消えていった。
「なんなんだこいつ……」
「張り合いないなあ。もうわたしの分の血は流したし、帰ってもいいか」
女は浮かんだまま自分の頭をつまらなそうに掻いた。
「
そう呟き、女は笑った。その笑顔にひびが入る。まるで熱せられた陶磁器のように女の身体がひび割れ始め、その隙間から白い光が漏れ出す。
「まずいな。早くこの場を離れろ」
ぴしりぴしりと女の破片が剥がれ落ちていく。身体に内包された太陽がその輝きを露出し始める。
わずかに残っていた唇の欠片で女はうそぶいた。
「もう遅いよ」
その瞬間、太陽が爆発した。残存していた女の欠片ごと吹き飛び、白い光が気絶した兵士や、すでに死んでいる兵士の身体や、地に散らばっていた肉塊や、キャンプファイアーをした射撃場や、イチが泊まっていた居住区や、みんながでバイオハザードをした談話室や、それら基地のすべて丸ごとを飲み込んだ。
真っ白い閃光が辺りを真昼のように照らし上げ、衝撃波が周囲数キロに渡って空気を震わせる。
巨大なきのこ雲が基地の真上に吹き上がった。
はたから見ればゆっくりと、だが恐るべきスピードで上昇気流に乗って雲は花開く。
まるで墓標のように。
永劫かと思えるほどの一時間が経った。
爆熱によって生じた雲がようやく拡散し、消滅する。
あらわになったのは無人の荒野だった。
一瞬ですべてが蒸発し、消え失せたのだ。最初から何もなかったかのように。
その爆心地に一つの剣が転がっていた。剣というよりは、巨大な繭に柄が刺さったものと呼ぶほうが相応しい。
ウォーロックはげえと漏らし、自らの内からイチを吐き出した。
爆発の衝撃から守るため、とっさにイチを飲み込んだのだ。イチは手をつき立ち上がるが、ふらふらともう一度倒れこんだ。強力な衝撃波はウォーロックの内部にまで浸透し、イチの身体を襲っていた。炎の中に投げこまれたみたいに全身が熱い。
手放しそうになる意識の中、一人の女がこちらに近寄ってくるのが見えた。イチはウォーロックへと手をのばす。だが、ぼやける視界の中で、その髪色が黒であることがわかった。
「…………間に合わ……たか」
身体が痛い。思考がぼやける。女の言葉が聞き取れない。
女の肩から何か白いものが落ちた。
白い細長い何かは地面を這って、イチへと近づいてくる。
そしてイチの眼前までやってくると、鎌首をもたげ振り向いた。
「姉御、こいつまだ息があるぜ!」
ああこれは夢だ、とイチは思った。
蛇が喋った。
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