ランナー・イン・ザ・ダーク
遠くで立て続けに銃声が鳴っている。ときおり、その合間に響く爆発の衝撃が空気を震わせ、窓ガラスにひびを入れる。ディランとアンマールの目の前を『神に導かれし戦士たち』の兵士たちが通り過ぎていった。
ディランは身を隠していた車の下から這い出て、渋っているアンマールを引っ張り出す。その際にアンマールは持っていたバッグを取り落とし、あわてて拾いに戻った。まどろこっしくなって、ディランは舌打ちした。ジュワードの家からこっそり抜け出るときも、あのバッグをぐずぐずと探していた。一体あの中身はなんなのか。
「なあ……
バッグをひしと抱きしめ、アンマールは怯えた目つきであたりを見回した。昼間はただの生き生きとした田舎の街だったのに、今や兵士たちが殺し合う戦場になってしまった。
「駄目だ。俺たちがあのバカイチより先に隠れ家を見つけるんだ」
ディランは両手で持ったウォーロックを見つめた。
「本当に殺すのか……その剣で」
「毛も生え揃っていないお前のような坊主に俺が使いこなせると思っているのか」
ウォーロックが馬鹿にしたように尋ねる。
「そんなの知るか。お前が使えなかったら、自分の手であいつの首を絞めてやる。手がなかったら足で。足がなかったら喉に噛みついて食い千切ってやる」
「それは面白い見世物になりそうだな。お前が両手両足を失うことを願うとするか」
ディランは舌打ちすると、ウォーロックを腰のベルトに差し、アンマールを路地の裏へと押しやった。別の通りに出るとそこに人通りはなく、明かりの点きっぱなしになった人家だけが並んでいた。
「隠れ家はどれだ? お前行ったことあるんだろ」
アンマールは遠くで聞こえる銃撃戦の音に震えながら、家並みを見回す。やがてあきらめきった表情で首を振った。
「わからない……」
「わかんないわけないだろ!」ディランはアンマールの胸元に掴みかかった。
「お前、一回行ったんだろ! 行ったんならわかるだろ! あいつはどこにいるんだよ!」
遠くでひときわ大きな爆発が起きた。街全体に閃光が走り、睨みつけるディランの顔と目を伏せるアンマールの顔が照らし上げられる。
君は、とアンマールは口を開いた。
「君はなぜそんなに怒ってるんだい……」
投げ捨てるようにしてディランはアンマールから手を離した。その幼い顔は憤怒に満ちていた。
「お前は……お前はおぼえてないのか? お前もあの場所にいたんだろ……お前も俺たちを殺したんだろ!」
その言葉を聞いた瞬間、何かに思い至ったようにアンマールは息をのんだ。困惑の表情が一変し、驚きと哀れみの目つきでディランを見つめる。
「君は……まさか……」
「やめろ! そんな目で俺を見るな!」
「すまない……でも、違う、違うんだ! 僕はあの作戦には参加していない……信じてくれ……あんな酷いこと…………」
「……お前の言ってることが本当でも……!本当でも! お前もあいつらの仲間だ!」
怒りに駆られたディランはウォーロックに手をのばす。だが、抜刀することは叶わなかった。
柄を握った瞬間、あの悪夢のようなイメージがディランを襲った。恐怖、憎悪、苦痛、純化された強烈な負の感覚がディランの心に刃のように突き刺さる。猛烈な吐き気が込み上げ、ウォーロックから手を離し口を覆った。心臓が早鐘を打ち、握りつぶされたように痛い。耳の中で虫が飛び回り、羽音を立てている。怖気がぐるぐると胸の中を這いずり回る。視界が真っ黒に染まる。
倒れかけたディランの身体を誰かが受け止めた。
ディランは力の入らない腕で、憎い兵士の手を振り払おうとした。
だが、ディランを抱きとめたのはアンマールではなかった。
目を開くと、こちらをのぞきこむイチがいた。優しく、だがしっかりとディランの肩を抱いている。その後ろにはぼろぼろになったルカとヤナギも立っていた。
「イチ……どうして」
「決まってるだろ、お前とアンマールを探しに来たんだ。また勝手にウォーロックを持っていきやがって」
「違う。どうしてあんなのに耐えられるんだよ」
ああ、とイチはディランの腰に差してあるウォーロックを見た。
「慣れたからかな」
一瞬、ディランは言葉を失った。慣れたと言ったのか。あの地獄のような悪夢に。
「さあ、ウォーロックを返すんだ」
イチが手を差し出す。ディランはその手を払いのけ、おぼつかない足で立ち上がった。
「嫌だ……絶対に嫌だ。俺はあいつを殺すんだ」
説得を続けようとしたイチを、「おい!」というアンマールの大声が遮った。
アンマールは信じられないという顔で一つの建物を指さした。その人差し指はがたがたと震えていたが、たしかに一点を示している。
「あ、あれだ!」
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