ハンターズ・イン・ザ・ダーク

 ジュワードの家は広場のすぐ近くだった。ラクダを家の近くの柵に結びつけ、母親に招かれるまま五人は家に入った。階段を上り、二階へ通される。


「客間と夫の書斎が空いています。皆さんで使ってください」

「ジュワードのお父さんは……」

「……戦争で亡くなりました」


 わかりきっていた答えだった。この四年間で、イチが何度も耳にした答えだった。


 イチ、ディラン、アンマールとルカ、ヤナギの二組にわかれて部屋を借りることにした。五人はそれぞれ荷物を下ろし、一階で夕食に招待された。パンを豆と羊肉のレモン風味のスープに浸して食べ、時折酸味の効いた唐辛子や人参のピクルスをつまむ。五人とも家庭料理を口にするのは久しぶりだった。アンマールなどは涙ぐんでいるようにも見える。


 食事の間、ジュワードはしきりに手品をせがんだ。自分ばかりがやるのもと思い、イチはルカに話を振ったが「子供と話すのは苦手だ」と耳打ちされたので、結局さっきと同じようにイチが演技をして、ルカがこっそり魔擬を使うことになった。イチがピクルスを空に浮かべて口に放り込む姿に、ジュワードは驚きと憧れに満ちた表情を浮かべて釘づけになっていた。ディランは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


 夕飯の後、儀礼的に勧められた水煙草やコーヒーを丁寧に断り、五人はそれぞれの部屋に戻らせてもらった。ヤナギを除いて全員、半日ぶっ続けで慣れないことをしてくたくただったのだ。


 ディランとアンマールと共にジュワードの父親の書斎に戻り、寝袋を敷いてごろりと転がった。そうやって三人ともしばらくうとうとしていたが、明日のことについてルカたちと話し合う必要があることに気づいて、イチは起き上がった。半分寝ていたディランとアンマールの肩をゆすって起こし、隣の客間に向かった。

 扉をノックしてから入ると、まとっていた服をすでに契約破りブレイカーの制服に戻していたルカがベッドに腰かけていた。床ではヤナギが自分の拳銃を分解して掃除している。


 イチの視線に気づき、ルカが説明した。


「銃はヤナギの神威に必要なんだ。安心したまえ。彼女があれで人を殺すことはない」

「嘘やないで。うちだって人殺しは嫌やからな」


 バレルにブラシを突っ込みながらヤナギは付け加えた。


「それで、明日のことについてなんだけど」

「そろそろ魔擬も限界だ。手品に見せかけられる魔擬など限りがあるし、入れ替えで使えそうな食料も残り少ない。大体、今日のはやりすぎだ。『神に導かれし戦士たち』の指導者はおそらく魔擬使いの存在も認知している。怪しまれたらどうする」


 ごめん……とイチは謝った。


「……まあ、過ぎたことを言っても詮ない。明日、出発する前に街を見て回るしかないだろう」

「まあ今のうちらのキャラ的にはそれが無難やな。夜中に探そうにも、この街全然明かりあらへんからな。建物の外見そとみを判別するのなんて無理やろ」

「その間に見つけられるか?」とイチはアンマールに言ったつもりで振り向いたが、そこには誰もいなかった。


「あれ……アンマールは?」

「何を言ってるんだ。君は最初から一人だったぞ」


 当然、ディランとアンマールは自分の後についてきていると思い込んでいた。だが、疲労のせいで一人で客間に来たことにイチはこの瞬間まで気づいていなかった。


 今、隣の部屋にはディランとアンマールで二人きり。


 一日目の夜に起こった出来事を思い出し、イチは走り出した。


 客間を飛び出し、隣の書斎の扉を開け放つ。


 そこには誰もいなかった。二階の窓が開け放たれ、吹き込む風で茶色いカーテンが揺れている。


 あわてて後を追ってきたルカとヤナギに、イチは呟いた。


「ウォーロックがない……」


 荷物の脇に立てかけておいたはずのウォーロックが二人と共に姿を消している。性格から見て、アンマールがウォーロックを使ってディランをさらったなどとは考えづらかった。つまり残った可能性はただ一つ。


「あいつ一人で行きやがった。一人で指導者を殺すつもりだ……早く止めないと」


 そのとき、人の気配を感じて三人は振り向いた。

 開け放たれた扉のところにジュワードが立っている。その顔は廊下の照明で逆光になっていてよく見えない。


「ジュワード……? ごめん、うるさかったか?」


 ジュワードは答えなかった。代わりに手に持っていた拳銃を三人に向けた。

 もう片方の手を使い、ジュワードが撃鉄を上げる。反射的にルカは魔擬を繰り出した。


不可視の刃ブレイド!」


 目に見えない刃が空を滑る。ジュワードが発砲する前に、拳銃の上部を綺麗に真っ二つに切り飛ばした。撃鉄が何もない空間に落ちて、がちっと金属音を立てた。

 うつろな目をしたジュワードは半分になった拳銃の残骸を手から落とす。ポケットからサバイバルナイフを取り出し、姿勢を低くして走り出した。

 突っ込んできたナイフをかわし、ヤナギが下段受けの要領でジュワードの胸に拳を打ちつけた。ジュワードの動きが止まり、床に崩れ落ちた。イチはあわててジュワードに駆け寄る。


「失神しとるだけや。当身っちゅうやつやな」

「しかし、こんな子供がなぜ……まさか幻惑魔法か?」


「違う」と、この状況に覚えのあるイチはジュワードの長袖をめくり上げた。ジュワードの細い二の腕にはナイフで薄く切られた痕が走っている。血のにじむ傷跡には白い粉末がまぶしてあった。

「これは……?」

「麻薬だ。最低の大人が少年兵を仕立て上げるときに使う常套手段だよ」


 ジュワードの腕には他にも治りかけの傷跡が何本もある。今までにもこの残虐な方法をとられていたのだ。


「虎が……虎が来る……」ジュワードはうわごとを言いながら、白目を剥いていた。


 だだだ、と足音を立てて、ジュワードの母親が階段を駆け上がってきた。獣のような叫び声を上げながら、手に持ったサブマシンガンを部屋の中に向けて乱射する。イチはとっさにジュワードを抱えて、机の陰に飛び込んだ。同時にルカとヤナギも机の裏に回る。

 分厚いナラ材の机に次々と銃弾がめりこむ。


「撃つのをやめろ! あんたの子供もいるんだぞ!」

「そんなガキ知るか!」


 ジュワードの母親、とイチが思っていた女は怒鳴り返し、引き金を引き続ける。四十五口径の嵐が書斎中を吹き荒れる。


 突然、銃撃がやんだ。弾切れか、と飛び出そうとしたイチの耳を手榴弾のピンを抜く甲高い音が貫いた。イチたちの目の前に手榴弾が鈍い音を立てて落ちてきた。


「こんにゃろ!」ヤナギは即座にそれをつかみ、目の前の窓に向けて思い切り投げつけた。ヤナギの強肩によって手榴弾は窓ガラスを破って真っ直ぐに空へとのび、はるか上空で白い煙を立てて爆発した。


 その隙にマガジンを再装填した女が銃撃を再開する。


 三人は走り出した。割れた窓から一斉に跳躍して、二階から外の地面へと落下する。


 ジュワードをかばって着地したイチは肩を地に打ちつけうめいた。ウォーロックがないと、この程度のこともままならない。女が下りてくる前に、そばに停めてあった自動車の陰にジュワードを隠し、三人は街を駆け出した。

 夜はふけ、街灯もなければ家にも明かりはついていない。わけもわからず月の光だけを頼りにイチたちは走る。


「なんでいきなり襲われなきゃいけないんだ!」

「どこかの過激派のスパイだったということだろう」走りながらルカが答えた。

「とにかくディランとアンマールを見つけないと……」


 イチは言葉を失った。通りに立ち並んでいた家々に明かりが次々と灯っていく。


 そして玄関からアサルトライフルや猟銃を抱えた住人たちが飛び出してきた。ありとあらゆる建物から武装した男や女、子供や老人までもが姿を現し、銃口を向けてくる。


「ちくしょう! あの家がスパイなんじゃない! この街全体が『神に導かれし戦士たち』の拠点だったんだ!」


 住人に偽装していた兵士たちがアサルトライフルを撃ちまくる。夜の街にマズルフラッシュが花火のように輝く。ヤナギは自分のマシンピストルを抜くと、神威を発動しながら発砲した。


狂い無き放銃ウォンテッド!」


 マシンピストルから放たれた銃弾は稲妻状に走り、兵士たちのライフルの機関部や引き金を正確に撃ち抜いた。ルカが手近の玄関にいた兵士を魔擬で吹き飛ばし、三人は銃撃を避けてその家の中に転がり込んだ。


「こんなのどうしようもないぞ。早くディランとアンマールを見つけて逃げよう! あとウォーロックも!」

「駄目だ! この騒ぎで最高指導者に逃げられる前に、ウォーロックを回収して奴を確保する! この機会を逃せば次はない!」


 だけど、というイチの叫びは遠くで鳴った爆発音でかき消された。


「ちくしょう。RPGか?」

「いや、違う……」


 ルカは黙って耳をすませた。爆発の残響に混じって、かすかに空気が叩きつけられるような音が響いている。ヘリコプターの旋回する駆動音だ。


「このローター音は……MH‐60ブラックホーク……」


 奴らが来た、とルカは呟いた。


 窓からのぞくと、一機のヘリコプターが街で一番高い建物の屋上で空中浮遊ホバリングしている。その機体から黒尽くめの武装した男たちがロープで滑り降り、懸垂下降ラペリングしてきた。謎の男たちは今までイチが見たことのないほど組織だった行動で素早く屋上に散開し、『神に導かれし戦士たち』の兵士に銃撃を開始した。


「なんだあいつらは……」

「タスクフォース145。この国に跋扈するテロリストたちを暗殺するため、アメリカとイギリスが組織した首狩り部隊だ。米英も最高指導者の居場所をつかんでいたようだな……」


 タスクフォース145の隊員たちは正確無比な射撃で次々と兵士を撃ち抜く。高所を取られた上に、民兵に毛が生えた程度の練度と装備しかない『神に導かれし戦士たち』の兵士たちは為す術もなく地に倒れていく。


 立ち上がりかけたイチを、ルカは無理矢理座らせた。


「出て行っても殺されるだけだぞ」

「あんな一方的な殺し合い、黙って見てられるか!」

「ウォーロックも持たずに何を言っている! タスクフォース145は魔擬使いや契約者の存在を知らされていない! 彼らに暗殺される前に最高指導者を見つけ出すことが私たちの最優先事項だ!」


 窓の外では兵士たちが降り注ぐ銃弾に身を引き裂かれ、血しぶきを散らしながら虫けらのように死んでいく。噛み締めたイチの唇から血が垂れた。


「今、自分が何をすべきか、よく考えろ」


 イチは床を思い切り殴った。


「…………わかった」


 搭乗員にドアガンで弾丸をばらまかせながら、ヘリコプターが一旦離脱していった。戦況を玄関からのぞいていたヤナギがそれを好機と見て二人を手招きした。


「ええか。イチ、とにかく走るんや。周りの奴らはうちとルカでなんとかする。とにかく走れ。走って二人を見つけるんや」


 行くぞ、とルカが叫ぶ。同時に三人は民家から飛び出した。


 ルカが近くにいた兵士を魔擬で吹き飛ばし、ヤナギが神威で銃火器を破壊しながら、三人は銃弾が雨のように降り注ぐ戦場と化した通りを全速力で中心部に向かって走り続けた。

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