ノーマンズランド

石井(5)

ノーマンズランド

序章 エンカウンター・ウォーロック

エンカウンター・ウォーロック

 外の世界と同じように、そこは広く、冷たく、暗かった。

 巨石で積み立てられた柱や壁には太古の昔に刻まれたと思しき彫り模様レリーフが並んでいる。異形の巨人と、剣と杖を携えそれに挑む人々。見る者に恐怖さえ呼び起こさせるその異様さはある種の芸術だった。

 だが、この忘れ去られた遺跡の大部分を占めているのは砂だ。長い時間をかけて洪水のように雪崩込んだ砂利に遺跡の半分近くが埋まっている。

 少年は砂に足を取られながらも、ふらふらと歩き続けた。

 あそこにいてはいけない。あそこにいては殺されてしまう。

 夜の砂漠のように冷え込んだ遺跡に逃げ込んだ少年の心は、しかし遺跡の空気よりも冷たかった。

 少年は力尽き倒れ込む。柔らかな音と共に砂塵が舞い上がり、口や目のなかに砂の粒子が飛び込んできた。だが、少年はそれを拭おうともしない。口の中にじゃりじゃりと居心地悪く残る感触や、流れる涙をそのままにしていた。

 もういい、ここで死んだって構わない。

 瓦解した天井の隙間から、陽光が一陣射し込んだ。風が吹き抜け、まるで黄褐色の海のように砂が波立つ。吹き上がった砂の粒たちが星の煌めきとなって消えていく。

 綺麗だ、と少年は思った。

 ここでなら一切の苦痛なく死ねるかもしれない。

 ここで死ねば、殺すことを生業なりわいとした人間たちに殺されるよりは、はるかに穏やかな気持ちで、優しい死に顔で逝ける気がした。

 自分の身体はここで誰にも気づかれず、砂になる。

 それが償いなのだ。

 少年は目をつむる。全身から力が抜けていく。

 父親の声が聞こえた気がした。

 少年は自分の両親の顔を知らない。育ての親も一昨日空爆で死んだ。

 だから、この声は夢に決まっている。

 だが、声はやまなかった。むしろ徐々に明瞭さを増してくる。

 頭は砂の中に半ば埋もれているはずなのに、まるで耳元で囁かれているかのようにはっきりと。

 少年は身体を起こした。

 声は依然として聞こえている。

 この真下に誰かが埋まっている。

 少年はそう気づき、火がついたように砂を掘り始めた。

 さっきまで死のうとしたことすら忘れて、砂の下で死にかけている誰かのために、脇目もふらずに砂をかき出し続けた。爪の間に砂粒が入り込み、指の皮膚がぼろぼろに裂かれて、血が流れ出しても、少年は砂を掘り続けた。

 掘り進めるにつれて、だんだんと声が大きくなる。

 そして、少年の指が何か硬いものに触れた。

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