影男と依存系女子高生
スド
邂逅
事故、殺人、病気……大抵はニュースで見るだけで、身近で起きるなんてことは想定外だった。
だから現実味なんてまったくなくて、ただただ混乱していた。
余命宣告。高校二年生。私は私の命の残量を知った。
病名はよく覚えていない――――が、ただの心臓病じゃないことだけは知っている。
心臓の細胞が徐々に死滅し、近いうちに大きな切れ目が出るという結構な難病で、移植手術でもしないかぎり回復は絶望的と申告された。十年以上前から、ひっそり、こっそり潜み続けていたらしい。
何重もの意味で絶望的だ。臓器提供にはとてもとてもお金がかかる。私にそんな財産はなく、金銭を提供してくれる人は周りにいない。借金も考えた。調べて、不可能だと察した。
「…………」
なんだか動くのすら億劫になってきた。身体が凄く辛いから動けないとかじゃない。何ををすること自体が嫌になってきた。
治す方法が見つからないことを悟った後、まず、自分が助かったところでどうなるのかと考え出した。将来のビジョンはまったく見えないし、大してやりたいこともない。
自暴自棄になっているのか、今死ぬのも何十年たってから死ぬのも大した違いはあるのか―――――――なんてことまで考える。
先がまったく見えない。お前が見ようとしていないからだ、と言われればぐうの音もでない。……でも、だ。当事者として言わせて貰うなら、見てもどうしようもないから見たくないのだ。
入院はしなくていいらしい。入院したところでどうしようもないから。解決策が移植しかない以上、それができないなら入院の意味がない。
学校にはしばらく行っていない。担任には報告だけして、休みをもらった。何か言って欲しかった訳じゃないけれど、大した反応はされなかった。淡々とした報告だった。
励ましとか応援なんて何の価値もないのだから別にいらない。別に、いらない。
(………ちょっと…ほしかったかな)
―――――――もう見栄を張ってもしょうがない。だから言ってしまおう。少しは応援の言葉が欲しかった。それだけで少しは前向きになれた……可能性は、あった。
私の最後の本音。余命までもう時間がない。最後の本音。もう、知らない。
知らない。あとは死ぬのを待つだけ。なにも知らない。なんにも。
(……知らない…)
知らない。
知らない しらない
しらない
真夜中にほっつきあるくのも今では気にしない。補導されてもどうされてもどうでもいい。
携帯の画面の時刻は二時――――――"午前"、二時。丑三つ時だ。……どうでもいいことだった。
外灯は電力が切れているのか、中途半端に点いたり消えたりを繰り返す。そういうのを見て、なにか面白くないと思う。無性に腹立たしい気持ちであふれている。
もういっそ―――――――
(いっそ飛び降りでもしてみようか)
電車でもいい。最後の最後だ。迷惑を掛けてやろう。"いとこ"も"はとこ"も"親戚"も、憎らしい。
(……やめよ)
でも止めた。自殺は怖いから、だから止めた。
とにかく歩き続ける。当てはないし、気がまぎれることを期待して歩く。もう溜め息もでない。
(………何あれ)
しばらく歩いて立ち止まった。百メートル程度先。そこで何かが動いていた。
目を凝らす。見なくても分かる澱んだ目の先には、怪しい挙動の影が四人。その一人が後の三人に急いで入るように促している―――――――と思う。私のことには気付いていない。
最後の一人が何かの建物に入ったところで私も動き出した。普段なら関わることはない。でも、今日は特別だった。
(………?……ここ、教会)
少し歩き、四人のいた場所に立つ。建物を見上げれば、見覚えのあるマークと十字架が屋根に見えた。ただ、やけに外壁はボロボロで到底整理がされている場所じゃない。窓も一部が割れ、石壁は穴だらけ。なぜ撤去されないのかが謎なくらいボロボロ。
ではあの四人はこんな場所に何の用で入って行ったのか。こんな時間に教会……宗教関係だとすれば下手に関わらない方がいい気はする。
(…別にいいか)
でも入ることにする。興味が半分。気をまぎらわせる為が半分。
どのみち大して長くない。なら、私の命をどう使おうが誰も文句はいえない。
どうなっても、そのとき考えればいい。
中は薄暗く、月明かりで辛うじて様子が見える。…ただあの四人の姿はない。
(どこに…?)
辺りを見渡す。どこかの部屋に行ったのかと思ったが、特に奥の方に部屋があったりはしない。
じゃあどこに消えたのか。気になってさらに一歩を踏み出す。
上を見たのは、たまたま、だった。
「……は」
シャンデリアが揺れていた。左右に、大きくゆらゆら動いていた。原因はぶら下がってる"者"のせい。
人が、そこにいた。―――――いた、というのは違う。吊り下げられていた。一人じゃない。二人。
「―――――」
すぐに注意は別のモノに向く。シャンデリアの真ん中。そこにいた。
「………―――…」
唖然。それだけだった。
月光で見えたのはガスマスク。そして異様な長さの四肢。まるで蜘蛛のような手足。
右手には人。胴体を鷲掴みに、握り絞めていた。血が染み出し、下に、私の目の前に零れていく。
「………」
『――――――』
「―――っ!!」
しばらく見つめ合って、我に返った。
外に体を向けた瞬間、扉は音を立てて閉じられた。
上を見た。そこに、いた。
ガスマスク越しに目があって――――――――私は吹き飛んだ。
祭壇に衝突し、置かれていた物品が散乱する。息ができず咳き込む。化け物は扉の前に座っていた。
何をされたのか一瞬わからなかった。…おそらく、殴られたというより弾き飛ばされた。胸が酷く痛む。
化け物は首の骨を大きく鳴らして歩き始める。行き先は、私のいる祭壇。気味の悪い液体がぼたぼた落ちる。
「…――――……っ!?―――いッ……!」
祭壇にもたれ掛かった――――――掴んだ布が千切れ、床に体ごと落ちる。上から何かが落ちて来る。たくさんの割物の音が聞こえた。
「―――ぁ…………―――――……っ」
ようやく持ち直した時、マスクの化け物は目の前に、手を伸ばしてきていた。腐臭のする腕に息が詰まる。
走馬燈もなにもなく、ただ目を閉じた。
「―――――」
―――……――…
「――――………」
――――…――――…
「………?」
何も聞こえないことに気付き、瞼を開ける。
化け物は確かに私の前にいた。その手は私に伸ばされたまま、宙で停止していた。
『…―――……――…』
化け物は何故か動かない。
「………え」
よくみれば化け物の腕に何かが絡みついていた。紐のような―――――いや、蔓や茨のようなものだ。それが腕だけでなく、頭から足まで全身を縛り付け、固定している。
上を見る。丁度、目の前に"それ"は浮いていた。その出どころは私の背後。
まさか私が何かした――――――と思ったが、違った。身体ごと後ろに振り向けば"それ"は背後の祭壇から伸びていた。
『――ッ』
低い唸り声に前に向く。少しずつ、しかし確かに化け物は動き始めていた。
兎に角逃げないと――――そう立ち上がりかけたその時、また何かが後ろから伸びてきた。さっきの"それ"ではない。それよりも太く、見覚えがあるような――――――――
(う………腕……)
太いのは当然だった。腕――――――真っ黒な腕だった。それが嫌な、軋む音を立てて前へ伸びていく。
何が起こっているのかも分からず、ついていけずに腰を抜かす。その間も手は伸びていき、遂に化け物の腕を掴んだ。
「え、ッ…!?」
瞬間、さらに大きな何かが背後から前に飛び出した。水のようなものを辺りにまき散らし、化け物に突っ込む。
物凄い悲鳴と音に身体が跳ねる。必死に目を瞑って縮こまった。化け物のものらしき悲鳴はずっと聞こえていた。断末魔。そうとしか言いようのない声だった。
ようやく音が止んでからも目を閉じたまま震えていた。……それから何分か経った後、動悸がようやく落ち着いたころ、ゆっくり目を開けた。
ガラスから月明かりが差し込み、目の前の――――――目の前の死体と―――――――――ソレを照らしていた。
ソレは真っ直ぐ、真っ黒な服でそこに立っていた。背の高い、男の人。その足元はびちゃびちゃに濡れていた。さっきの水のようなものだと気付いた。
顔を拭う。さっきのどさくさで、私の顔にも水が飛んでいた。
(黒い、水…)
月明かりでようやく色が分かった。インクとか墨汁とは違う、水の色を黒にしただけというか――――――……。
「っ…」
水たまりの上を歩く音にはっとした。色々なことが起こり過ぎて、意識が一瞬飛んでいた。
音は、ソレは私の方に歩いてきた。腰が抜け、足が震え、もう動けなかった。意識は朦朧と、でも目だけははっきりしていて――――――
「く……ち…………裂け……?」
ソレの顔がしっかり見えていた。
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