暴露
しばらく空を飛んだあと、山奥に私たちは降ろされた。
運んでくれたコウモリがそれぞれバラバラに散開する。十秒も経たないうちに、静かな空が戻って来た。
一匹だけ、目の前に降り立った個体を除いて。
『どうだ。あったか』
聞き覚えのある声だった。あの吸血鬼の声だ。
「………でも……コレが…?」
不安になりつつ彼を――――ビンを差し出した。あの時は切羽詰まっていてコレを彼だと信じていたが、冷静になると……少し信じられなかった。
けれどコウモリから聞こえてきた声はとても嬉しそうだった。……一人だけじゃない。何人か、別の誰かの声が聞こえてくる。この脱出は、たくさんの吸血鬼も関わってくれていたらしい。
『それだそれ。……見た感じ、弱ってはいるが…………まだ間に合うかもしれない』
飛び上がり、浮遊したまま続ける。
『このまま道なりに進め。そうすれば、アンタも知っている人外がいる。ここから先はソイツの領分だ』
「……どこかにいくの?」
『もう一度、あの場所に戻る。アンタの知り合いの"鎧"と待ち合わせがある』
鎧武者……感謝しないといけない。あの人外には、今回だけじゃない。色々とお世話になった。
「…ありがとうございますって……伝えて貰える?」
『分かった』
そのまま飛び去ろうとしたので、慌てて
「貴方も、ありがとう」
お礼を言った。今回、脱出できたのはこの吸血鬼の御蔭だ。
コウモリが振り返らず言った。
『ソイツにも伝えとけ。これで貸し借り無しだって』
言い残して飛び去って行く。姿が遠くなるまで見送って―――――山奥に向かって走り出した。私も知っている人外となると、もう殆ど絞り込めていた。
走り続けると、道が開けた先に一軒の廃墟があった。…家というよりは、小さいがビルに見えた。
怪しいし、なんでこんな場所に、と思いつつも進むしかない。追手が来る可能性もあった。……きっと来ている筈だ。彼を狙って、きっと。
玄関の両扉を開けると窓口のような場所があった。そのまま道なり進み、階段を上って二階に上がる。
少し歩くと、多少広めの部屋があった。
『……来たな』
大きな鎌が月明かりで光る。思わず身構えたが―――――確かに、吸血鬼が言った通り、知り合いの人外だった。
ローブに大鎌…間違える筈がない。こんな特徴的な格好をした人外は、これまで一人しか見たことがない。
「…死神」
『久しぶりだ』
こっちへ来いと手招きされ、歩き出す。部屋には机が一つ。それ以外は、窓しかない。
「どうして貴方が…」
『ソイツとは、顔なじみだ。…あの子供の一件より、もっと前からの』
「……へぇ」
知らなかった。彼は死神と会う時は常に隙間に隠れていたので、何かあるのかと思っていたが、まさかの顔なじみ。
でも、あまり驚かない。鎧武者は…分からないが、あの吸血鬼とも私のあずかり知らない関係がありそうだし、死神と知り合いでもそこまで驚きはしない。
『…机に置いて』
「………」
『何かあるのか?』
「……いや…」
促され、机に彼をそっと置いた。……手は、離さない。
『……離れるのは、不安か』
「…………」
正直、不安だった。彼女の一件があるので、どこか疑心暗鬼になっている部分がある。
死神が嘆息した。
『…無理もないか………まぁ、いい。とりあえず、そのままソイツを見せてくれ』
死神が彼に触れる―――――蓋を開き、中を覗き込んだ。
『相当に壊されたな……骨は………いや、無い……………――――内臓は、心臓くらいか……"脳無し"組織じゃ、これが限度だな』
「……??」
『こっちの話だ…………さて……本題に入る前に……―――』
鎌を机上に置き、私を真っ直ぐ見つめる。空気が張りつめる。
『まず……自分の身体に何か、妙な変化がなかったか』
似たようなことを既に聞かれている。……が、彼の言葉が分かるようになったくらいで、後は特にない。
「…彼の言葉が分かるくらい……?」
『いいや、他にもある筈だ。…おそらく、コイツが置かれていた場所に入る時やあの場所で……気分が悪くならなかったか』
気分――――しっかり思い出せば、確かに祭壇へ向かう廊下のあたりで、奇妙な倦怠感に襲われた。…それでいいのだろうか。
「……札とか十字架とかがあった廊下を通った時…気分が、少しだけ」
『………――――』
「……」
何かを迷っているらしい。顎に手を当て、考えている。
『…………もう、隠してもしょうがない。これから私が話すのは、"現状"だ。君の身体がどうなって、どんな状態なのか』
「……」
心臓がうるさい。この先、死神の口から出る言葉に、言いようのない怖さが……それがあった。
『…君についてはある程度知っている。コイツに出会う前、重度の心臓病を抱えていた……そうだな?』
「…はい」
合っている。私は心臓病に掛かっていた。そして治せないことを察して、ふらふらと夜の道を歩いて―――――あの教会で彼と―――
『しかし今は至って健康。病気は完治し、移植は必要なくなった。……何故か、治っていた』
「……それは、彼が―――――」
『治してくれた……そう考えているな」
図星、だった。
『ただ、どうして治ったのかまでは分かっていない………疑問には思わなかったか』
「………何度か」
何度か疑問に思ったことはある。彼は人外だが、そういう技術を持っているようには見えない。…が、どうも疑問には思ってもすぐに忘れてしまっていた。
『そういう所には、何故か無頓着だった』
「………」
また図星だ。
「……一体、どうしてそれを知って――」
『………………人外は』
「?」
『人外は、人間以上に自然治癒力が高い。人間は腕が千切れても断面を治癒するくらいだが、人外は腕そのものを元に治すことができる』
「………」
なんとなく、知っていた。組織の犬に腕を抉られた時も、傷口は少しずつ回復し始めていた。それくらいなら今更驚かない。
『それは医療にも応用できる。人外の細胞を抽出し、四肢を欠損した人間の断面に定着させれば、時間は掛かるが元に戻せる……人間が大量に死亡するような病気でさえ、どうにかなる』
「………病気…」
先程の会話と、今の話。病気―――――細胞――――――心臓病――――――……
「…もしかして」
段々、繋がりが見えてきた。どうして私の病気が治ったのか、分かりかけてきた。
死神が口を開く。
『………君の身体の中には―――――"心臓"には、コイツの"細胞"が張り付いている』
「…………」
胸に手を当てる。今も鼓動が手に伝わってくる。
この心臓に、彼の一部がいる―――――そういうことだった。
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