動揺 → 決意

「………」

 ……そういうことなのだが、いまいち驚きが無い。…いや、驚きではあるが―――――驚愕の事実かと言われれば、微妙だった。

 こうして真実を聞いても、ああ、そういう方法で助かったのか、と感心するくらいだ。それ以上の感情はないし……彼にもっと感謝しないといけない、と改めて思い直したくらいか。

『……大して驚いてないだろう』

「…正直…どこかでそんな感じなのかなって……」

『予想していたか。…確かに、ここまでならそんなに驚くような話じゃない――――ここからが、問題だ』

 ここからが――――まだ何かあったのかと目線を合わせる。



『この時、心臓病は一応治った。…しかし、治ったと言っても、その治療の方法は極めて荒かった。病気に侵されている部分を切り取り、そこに人外の細胞を癒着させているようなもの。だが、それで十分だった。癒着と言っても君の身体には影響はない。コイツが仮に死んだとして、君の身体に入った細胞はそのまま生き続ける。何の問題も無かった………"アレ"を打ち込まれるまでは』

「……アレ?」

『覚えていないか?組織の構成員が満身創痍のコイツに注射のようなものをしようとしただろう』

「…あ」

 彼を庇って代わりに打たれたあの注射のことを言っていた。

『あの注射の中身は人外を鎮静化させる為のもの。知識が半端なあの連中が"偶然"作り出せた道具の一つ』

 彼女は人間には基本無害だと言っていた。

『…人外を鎮静化させる注射。つまり、心臓に"人外の細胞"が癒着している状態なら、そこが沈静化してしまう』

「…………そういう…」

 そういうことだった。死神の話からして、私の心臓の大部分が彼の細胞で出来ている以上、そこが沈静化してしまえば、私は自然と死んでしまう。



『それに気付いた時、相当に焦ったんだろう。だから、また荒療治に出た』

「………輸血」

 それ以外に思いつかなかった。あの後、彼は私に自身の血を大量に分けてくれた。


『そうだ。注射液の標的を心臓から人外の血液へと少しでも逸らし、その隙に再び心臓を修復する。それを液体の効果が完全に無くなるまで、繰り返し続けた。その為に、君を三か月近い時間、昏睡させた。下手に動かせば危険と判断したからだ』

 少しずつこれまでの謎が埋まっていく。少し、少し、だが確かに埋まる。


『三か月が経過し、ようやく液体の効果が切れて心臓の機能が安定した後、君を覚醒させた。その三か月の間、コイツは捕まえた構成員から組織の情報を引き出していた。そして、ある薬が組織にあることを知った』

「……あそこで受けていた点滴」

『要領が良くなってきたな。あそこで受けていた……受けたんだろう?』

「……ん」

『その点滴の効果は、簡単に言えば人外に侵された身体を比較的人間に近い状態に戻す、というもの。これも"偶然"生み出せた道具だが………構成員からの説明は受けたんじゃないか?』

 人間の血液に戻している―――――そう言われた。

『心臓は前よりも完璧に治っている筈だ。それもこれまでと違い、人外の細胞だけを使った修復では無く、人間の細胞を上手く混ぜ合わせた修復作業と見ていい。だから身体を"洗浄"されても、今度は何も影響がないんだろう』

「………どこまで……」

 一体――――――

「どこまでが………彼の思惑どおり…?」



 死神の話を全て真実として受け止めるなら―――――あの注射を打たれた日から、全てが彼の思惑通りに進んでいたことになる。私があそこに捕らわれることも―――――彼自身が、こうなってしまうことも。

『……おそらく、全てが、だろう。少なくとも、君が血液の洗浄を終えて家に帰されるところまでは、予想していた筈。自分自身がこうなることも、覚悟していた……そう考えると、全てが繋がる。相手があの"無能"な組織だ。出方が読みやすいというのもきっとある』



 ――――――となると、一つ、おかしい点がある。 



「…………じゃあ、私がここにいることは…?」

 私が洗浄されて家に帰されるまでが筋書き通りなら、私が彼を抱え、こうしてこの廃墟に来ていることはどうなのか。吸血鬼、鎧、死神が彼を助ける為に動いていることは、どうなのか。

『予定外だ。君があそこに捕らわれる前日、コイツは私のところに来た。そして、何かあった場合、後を頼めないかと言ってきた。それ以上のことは、何も言わなかった』

 前日といえば、鎧が家にきた日だ。しかし、その直前に彼は隙間でどこかに行ってしまった。その行き先が、この死神の場所だったのだ。

 死神が続ける。


『一方的に頼み込み、私の返事を聞くことなく、君の元へ帰っていった。それからは―――――君の方が詳しいだろう』

「………はい」

『襲撃された場合、自分が負けることはきっと予想していた。…包み隠さず話すと、君への大量の輸血でかなり疲弊していた。いくら"格の高い人外"と言っても限度がある。だから前日、私の元へ来たんだ』

 その後は言うまでもない。私は囚われ、彼を連れて逃げ、ここにいる。それだけだ。

「……なんで…」

『…?』

「彼はどうして………私にここまで……」


 ここまでするのかが理解できない。私と彼の関係はまだたった半年程度。一年にも満たない時間だ。なのにここまでしてくれる理由が分からない。

 私に輸血し続けたせいで彼は弱り、こうなった。大量の血を失うことで弱体化することを、彼が予想していなかった筈がない。だから分からない。


『…………私にも、それはわからない』

「………」

『…言い方が悪いが……気味が悪いほど、君は愛されていた。…それ以上は、何もわからない』

「……なにそれ…」

 理由も何もなく、ただ愛されるなんて、変だ。相手に惹かれるには相応の理由がある――――――



「………私…」


 そこまで考えて、ふと思った。愛されていたと言われるが、私は、彼に理由なく惹かれていた人間だ。

『……』

「私……どうしてか知らないけど………彼に凄い惹かれていて……………理由は分からないのに、何故か、とても……好きだった…」

 そこの理由が解明できない。同じ人外なら答えを出してくれる―――――そう思って聞けば、案の定だ。


『……心臓に埋め込まれた細胞が、無意識に元の場所に戻りたがっていたから疑似的な好意を抱いた………そんなものかもしれない。心臓の補強ともなれば、かなり重要な細胞を組み込んでいる筈だ。戻りたがるのも不思議じゃない』

 ―――――…一気に力が抜けた。

 机に寄りかかる。そうでもしないと立っていられなかった。

「…やっぱり、純粋な好意じゃなかった」

 理由なくあそこまで惹かれていたのには理由があった。こういうことだった。答えは呆気ないもので、私は心の底から彼に惹かれてはいなかったのだ。

 何かが、何かがとても悔しかった。言いようのない気持ちに振り回されていた。彼を家族だと思っていたのは―――――嘘だったのか。




『………今はどうなんだ』

 死神が小さく言った。

「……―――――」

 顔を上げる。視界が涙で歪んでいた。

『今は、どうなんだ』

 淡々と、しかし強い口調だった。

「…―――……いま……は……」

 目元を拭って、考える。

「……今は…」

 今、現在の彼に対する気持ち。―――――少し考えただけで浮かんでくる。

 まずは感謝がある。私をたくさん助けてくれた感謝。

 次に後悔がある。私がいたから彼はこうなってしまったという後悔。

 他にも、良い感情、悪い感情が混ざっているが、考えていけばキリがない。


 その中に――――――好意は、まだあった。


「………」

 溜め息をつく。これが純粋な好意じゃないことを教えられたばかりだ。…でも、言われたので見つめ直していく。

 離れたくないという想いがある。傍にいて欲しかった。

 触れたいという想いがある。思い切り抱き締めて欲しかった。


 ――――家族になりたいという想いがある。家族になってほしかった。ずっと、家族として生きていきたかった。


 家に帰っても一人でいるのは嫌だ。迎えてくれる誰かが欲しかった。――――最初は、誰でも良かった。でも今は―――――それが彼以外の誰かだなんて考えられない。

 これまで出会ってきた人外や人をそこに当てはめても、全く当て嵌まらなかった。彼以外、そこにぴたりと当て嵌まってくれる"誰か"はいない。

 そこに彼以外がいるのは―――――想像も出来なかった。



『…教えてくれ』

「………―――――」

 今更隠しても仕方がない。だから恥ずかしげもなく全てを打ち明けた。彼と家族になりたいと思っていることを。彼に触れたいと思っていることも。


『………』

 なにもかも正直に言うと、また死神は考え込む。

「…―――……」

 その間、私は彼を撫でていた。聞こえないだろうけど、言いたかった。どうして貴方は私を……ここまで大切にしてくれたのか。答えられないのを知っていても、聞きたくて仕方がなかった。

 既に彼はこんな肉塊になってしまった―――――それでも愛おしかった。細胞が彼に帰りたがってるから愛おしく思っているだけなのは分かっている―――――――それでも――――――――……



『……もしかすると、本物の好意である可能性がある』

「………別に、気を使わなくても…」

 私が凹んでいるのを見て気を使っているようにしか聞こえない。

 だが、死神はそれを否定した。


『違う…死神という立場上、そういう異常な部分には多少心得がある。…まず……細胞が本体に帰りたがっていると仮定して…そこまでの好意を持つなのか疑問に思う』

 どことなく、冷めた目で死神を見た。

「………」

『…いくら人外のものといっても、ただの細胞だ。それがここまでの感情を引き起こすとは思えない。それに君は―――――既にある程度の"洗浄"を受けている』

「………血を人間に戻すための…?」

『一日にも満たない期間だが、それでも多少は人外の血は薄れている筈。効果も、注射ほどじゃないが、そこそこ強力だ』

「……」

 まだ完全に信じることはできなかった。本当にその通りなのか、本当にこれは、"私が抱いた"感情なのか。確信がなかった。




『……説明に時間を割きすぎた。納得できないところ悪いが、本題に入る』

 ここまではただの状況説明だった……が、こんな状態で肝心の本題をしっかり聞けるかが不安だった。

「…本題、は……?」

『単刀直入に聞く。あの説明を聞いてもまだ、コイツと一緒にいたいかどうかだ』

 彼を指す。…一緒にいたいもなにも、肉塊になった以上、どう一緒にいればいいというのか。


 ―――――感情に素直に従うなら、一緒にいたかった。また一緒に、家族として、共に…


「……いたい…けど……こんな状態でどうやって…」

『肝心なのは本当に一緒にいたいどうかだ』

 身を乗り上げて死神が言う。その声は先程よりも真剣で、思わず気圧された。

『今、お前はどうしたい。先のことは深く考えるな。"今"どうしたいか。それでいいんだ』

 鬼気迫る―――死神の顔は強張っていた。

「…そんな、こと……」

 そんなことを言われても困るものは困る。ただでさえ自分の気持ちが本物か自分でも分かっていない状態だ。いくらそう言われても、迷いは振り切れない。


 だから、考えた。

(………彼が……いなくなったら…)


 よく考えてみた。仮に彼がいなくなった世界で、私はどう生きていくのか。親戚との関係は良好じゃないし、私は友人を作ることがとても苦手。クラスに至ってはスパイがいたせいで、他人に対し疑心暗鬼にもなっている。

 つまり、たった一人で生きていくのだ。誰かが隣にいないと生きていけない私が、たった一人で。誰も信用できず、孤独に。

 彼が来る前は自分を騙せていた。一人で大丈夫と言い聞かせ、だまして、だまして、だまし続けてこられた。

(…もう…騙せない)

 今それがもう一度できるか――――――不可能だ。私は、誰かが傍にいる日々に、すっかり慣れてしまった。

 彼がいなくなるのは、とても困る。それだけは断言できる。好意とかそれ以前の問題だった。


 ―――――もう、一人は嫌だ。どんな形であっても、一緒にいて欲しい。誰か―――――いや、違う――――――――


 "彼"に、いてほしい。





「………本音を言うと……まだ、彼をどう想っているのかは、上手く掴めてない」

『………』

 黙って死神は聞いていた。

 自然、手に力が入る。

「けど…………彼がいなくなるのは…絶対に嫌だ」

 そう思っているのが私なのか、得体のしれない"何か"なのかはやっぱり分からない。

 しかし私は知っている。一人がどれだけ寂しいことかを。――――私は既に、一人では生きていけないことを。


『………後悔はしないか、なんて聞かないぞ』

「…後悔したら……その時はその時。それにどの道、彼を救えなかったら私はずっと後悔する。…どっちにしても後悔するなら……せめて、行動して、それで後悔したい」

 元より後悔は何かをした後に起こるもの。予想なんて、結局できないのだから。

『……なら、急ぐぞ』

 死神がビンから彼を取り出す。取り出された彼は、心臓のような形をしていた。


 短い、数分にも満たない時間で、私はとても大きな決断をすることになった。

 傍から見れば、簡素で深みも何もない覚悟に見えるかも知れない。しかしその数分に満たない時間で十分だった。結局、私の人生は彼無しでは既に打ち切られていた。それを彼が延長させてくれた。なら、その恩を返すのは至極当然。


 今度は―――――私が彼を救う番だ。



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