シャドーピープル ナギサ

 書類整理が終わり、溜め息をつく。休む暇もない。次から次へと仕事が舞い込んでくるせいだ。

「関川さんー……これ、追加…」

 申し訳なさそうな顔で同僚が書類の束を持ってくる。…ギリギリ、どうにか笑って対応した。


 シャドーピープルの一件から三十年。既に例の組織は解体され、今では構成員の内、大半は足取りも掴めない。

 解体の原因はあの一件のせいではない。十年前、主な資金の調達先だった宗教団体が解散した。どうやらやってはならない領域に踏み込んだらしく、解散せざるを得ない状況にまで追い込まれた。相当大きな団体だったので、当時のメディアはかなり盛り上がっていた。未だに週刊誌で取り上げられることもあるくらいだ。

 そして主な調達先が無くなった私たちは、経営が立ち行かなくなり、解体する以外の道を進めなくなった。

 まだ人外の討伐を諦めていない構成員もいると噂で聞いたが、おそらく返り討ちにあって終わりだ。もう私たちに昔ほどの力はない。



 現に今、私は普通の事務員として働いている。年収もそんなに悪い訳じゃない。結婚もしたし、かつての仲間たちは分からないが、少なくとも私個人の生活は安定していた。




 だが、どうしても頭から離れないことがあった。シャドーピープルの一件に深く関わっていた女――――幸村凪紗のことだ。

 シャドーピープルの心臓を持ち出し、逃亡した彼女については、組織の必死の捜索にも関わらず、一切行方が掴めなかった。ある廃墟に彼女の訪れた痕はあったが、私たちがそこを見つけた時、もう彼女はそこを発っていた。

 以降、彼女の姿を見た者はいない。それどころか、私の同級生、全員から彼女についての記憶が消えていた。担任も、近所の住人も、いくら説明しても返ってくる答えは皆同じ。


 もしかしたら彼女が周囲から自身についての記憶を消していったのかとも考えたが、そうだとすれば、なぜ私は彼女を覚えているのか。

 仮説が正しいとして、どうして私だけが―――――彼女を思い出す度、考えざるを得ない。


 連絡がとれる元構成員にも聞いたが、彼等も同級生同様、覚えていなかった。謎はますます深まるばかりだ。




 ―――――たまに、彼女なりの復讐なのかと思うこともある。彼女を騙していた、私への些細な復讐………しかし、それが正しいという保証はない。別の意図がある可能性は否定できない。


 その答えは彼女にしか分からない――――――謎解きを諦め、積み上げられた書類に手をつける。こうしてまた、一日が過ぎていく。













 墓を磨き終え、一息つく。こうしてまた死に関わる仕事をする破目になるとは、つくづく天命というものを信じざるを得ない。

『おい、"死神"』

 懐かしい名を呼ばれ、振り向いた。


『止めてくれ、もう違うんだ』

『そうは言っても、この方が呼びやすいんだ』

 赤いコートの男が言った。相変わらず、日陰からは出てこれないらしい。


『"鎧"の奴から手紙が届いた。一ヶ月後、立ち寄れるかもしれないってな』

 その肩にコウモリが留っていた。確かに、あの男のコウモリだった。

 結局あの一件の直ぐ後、私は死神としての責任を追及され、降格処分―――――つまり、何の能力もない人外に成り下がった。

 そして路頭に迷っていた私を、この吸血鬼は受け入れてくれた。"彼"に連なる人外の一人として、見捨てる訳にはいかないと、そう言っていた。


 だからこうして今は英国にいる訳だ。日本には――――しばらく帰っていない。


『立ち寄る?この国に来てるのか』

 あの鎧武者との関係も続いている。アレはやることもないからと言って、世界中を地縛霊の身で歩き回っている。狭い日本から出、世界を見たいと言って。

 たまにこうしてコウモリを使って手紙を寄越してくるので、元気にやっているらしい。


『いや、まだ違う国にいるらしい』

『そうか』

 会話が途切れ、なんとなく景色を見る。静かで落ち着く、いい場所だ。


『――――――彼女から、何か連絡はあったか』

 試しに聞いてみたが、答えはいつもと同じだ。

『……あったらすぐにでも知らせるさ。今はどこにいるのかも、何をしているのかも分からない』

『………人外として生きているのは間違いないだろう』

 今更だが、少し後悔していることがあった。当時は切羽詰まっていたというのもあり、彼女に碌に考える時間も与えず、人外への道を踏み出させてしまった。

 彼女は彼がいないとどうせ生きていけないからと言っていたが―――――あの時の選択は本当に正しかったのかと、悩まない日はない。


『…ほら、まだ墓は残ってるぞー』

 顎ではるか向こうの丘を指される。……吸血鬼の墓の一つだ。私の今の仕事は、一週間に一度、汚れた同胞たちの墓を清掃すること。それが唯一の生きがいだった。


『ああ――――いま行く』

 用具を持ち上げ、歩き出す。大鎌の感触はもう忘れてしまった。














 少女はとても困っていた。何に困っているって、無くしたからだ。


 大事な、大事な物を無くしてしまった。とても大事な、大切な物なのに、どこにいったか分からない。


 学校か、その帰り道で落としてしまったのかと思って何度も歩き直した。地面をしっかり見て、必死に探した。交番にだって行った。学校にも一度戻った。


 しかし見つからなかった。気づけば日は傾きはじめ、電柱の影が大きく伸びていた。


 ―――――涙目になる。どうして無くしてしまったのかという後悔。悲しくて悲しくて、もう………



「どうしたの?」


 ふと後ろから掛けられた声に驚いた。

 振り返ると、そこには女の人が立っていた。髪が真っ白な女の人。黒いスーツを着て、ズボンを履いて、でも大人じゃなかった。高校生くらいの人だった。


 いつもなら知らない人に話したりしないのに、大切な物を無くしてしまったことを、思わず打ち明けてしまった。


「……そんなに大事な物なの?」


 頷いた。無くしたものは、この間の誕生日に貰った大事なポーチ。

 お金がないのに買ってくれた大切なポーチ。鞄に入れていたのに、どこにもなくて―――――


「…もしかして、これ?」

 また泣きそうになっていると、見覚えのあるポーチを差し出された。名前と形とその絵は、間違いなく私の物だった。


 どうして持っているのか分からなかったけど、とにかく嬉しくて、お礼を言った。

 女の人は笑っていた。



「もう、無くさないようにね」

 そう言うと行ってしまった。

 もう一回お礼を―――――――そう思って振り返った途端、首を傾げた。



 一人だった女の人の横には、誰か、別の人がいて、同じ格好で一緒に歩いていた。


 多分、男の人だった。顔が包帯だらけの、大きな人。女の人はその人と楽しそうに話していた。―――――男の人も、なんだか楽しそうだった。


 いつの間に横に来たんだろうと不思議に思ったところで、チャイムが鳴った。いつもの、家に帰りなさいのチャイムだった。



 もう一度振り返ったけど、二人はもういなかった。


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影男と依存系女子高生 スド @sud

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