享受

『…おおおおお……ありがたい、本当に、ありがとうございます……まさに、あの時の………』

 とても嬉しそうに、瞳を輝かせて喜んでいる。逆に彼、サドの方はどうでもよさげな顔でグラウンドの雀を見つめていた。

『ここまでの姿に戻してくださるなんて……いったい、どのような方に…?』

「……いや…多分、凄い人………まぁ、とにかく凄い人が」

 武者が瞳を細める。

『…へぇ、凄い人がいるものですね』

「まぁ…」

 凄い人もなにも、これを直したのはサドだ。深夜、あの鍛冶場で彼はこの刀を打ち直し始めた。金属らしきものを裂け目から取り出したり刀をハンマーで打ったり……そうやって同じ作業を彼は一晩中繰り返していて、私はいつの間にか寝落ちていた。そうして今日の早朝、彼の手には立派な一本の日本刀が握られていた。

 別物じゃない筈だった。直す前に取り出した刀は確かにこの鎧武者の物だったし、現にこれを届けるまで武者は刀を紛失したと勘違い―――――でもないか。紛失したと思っていた。



 "だからこそ奇妙"だった。


(ありえないよ)


 ド素人の私でも分かる。あそこまで損傷の激しかった刀を一日どころか半日も経たない内に直すことなんて出来ないと思う。あの鍛冶場に来た時間から考えても、私が起床した時間で計算をしても、六時間も経っていない。

「………」

 武者は刀を凄く嬉しそうにずっと見ている。今にも頬ずりをしてしまいそうなくらいに嬉しそうだ。とても大事な物だったのは明白だった。



 ――――そこで一つ思った。




「…変だとは思わないんです?」

 武者が手を止め、私を見る。

『なにが、ですか?』

 爛爛と輝く目に妙に気押されつつ、どもりつつ、弁解をするように答える。

「あ、や……ぁ………―――――…修復……直すの、早すぎるんじゃないかなー…とか…そういう」

『……ああ………なんだ、そういうことですか」


 武者の目は笑っていた。



『彼ですから』

「え」

 要領の掴めない返しにさらに困惑させられた。

『では、私は行きます』

 意味を確かめる前に会話を打ち切られてしまう。


『それでは』

「あ、一つだけ、聞いても……?」

 ただ一つだけ…どうしても聞いておきたいことがあった。

『なんでしょうか』

「………貴方みたいな………人は、どういう類の――――――」


 そういうことについて、彼にまだ教えて貰っていないことを思い出した。彼は私が聞いてもあまり自分について教えてくれないので、そもそも彼等が何者なのかを私は知らなかった。少なくとも私の知る言葉で言い表すのは難しい。それなら本人たちに聞いてみるのが一番いいと思う。


 すると妙に曖昧な答えで返って来た。


『私達は何にも分類されない。ただ普通の人には見えず、特別な眼があれば見える存在です』

「…眼?」

『あまり深く考えなくても問題はないでしょう。より簡単にいうなら私たちを見ることが出来る"許可証"です』

 話が続く。

『私たちは故人であったり、謎の生物であったり――――――唯一の共通点は眼です。波長があえば観測できると言う者もいますが、まぁ、それだけのモノです」

「…じゃあ、自分でもよくわからない……?」

『その通り。よく分からない。妖とも霊とも生物とも言い表しがたい。そんな不可解で不思議な存在なのです」


 不可思議な存在と呼ばれる存在……ややこしくても、きっとそうとしかいえない存在。たしかに不可解だった。


『そうとしか言えません。…もっとも、そういったことに詳しい輩が……どこかにいるかもしれませんが』


 首を横に振って言葉を切る。この件について、それ以上は何も聞かなかった。








 武者が足を校門の外に向ける。まだまだ聞きたいことはたくさんあるけれど、これ以上引き留める訳にもいかなかった。


「あ……それじゃあ…はい…」

 微妙な心境で武者を送り出す――――――すると、数歩歩いて武者が振り返った。

『……ああ…そうでした。一つ、彼に言伝を頼まれてくださいますか』

「カレ?」

『あそこの方です』


 指された方向の先にはその"彼"、サドがいた。


「…わかりましたけど……」

 どうせなら自分でいえばいいんじゃ―――――その言葉はなんとなく飲み込んだ。







『では、お伝えください。―――――"いつかあの日のお礼をいたします"、と』








「……―――ー…」

 嫌に強い語気に少し驚く。声とは真逆にその顔は笑っていた。

『それでは、御免。まことにありがとうございました』

「……………あ」

 刀を差して甲冑の音を鳴らしながら校門を出ていく。私は少しぼーっとしていて、気が付いた時、武者は既に外に出てしまっていた。すぐそこを曲がったところで見送りに向かえば、既にそこには誰もいなかった。

「……いっちゃった……まぁ、いいか」

 見送りを諦めて彼の元に戻る。

(…?)



 ふと、気になる点があった。



 武者はお礼と言ったけれど、"あの日"のお礼と言っていた。"あの日"ということは"今日"という意味じゃないだろう。数日たって言われたなら今日はあの日になるけれど、少なくとも今使うのに適した言葉じゃない。


 あの日――――――今日じゃない、あの日――――――――――強く印象に残っていて、声に力がにじみ出てしまうような日といえば―――――――

(……刀が壊れた経緯の時も似たような感じだった…?)

 刀の経緯を話すときも似たような空気がそこにあった。それにプラス、お伝えくださいということは彼に、サドに伝えてくださいということ。


 これまで流れから少し考えて、あの刀を壊したのは誰か―――――――


(……サド?)


 彼が壊した。だから"いつかあの日のお礼をする"、ということなのか。…と、少し飛躍した結論が出た。でもそう考えると微妙につながってしまう。


 真偽はどうなのか聞こうと彼を探せば………未だにぼーっと雀の様子を観察していた。ぽけー、とした態度で棒立ちだ。

(…………すごい普通)

 ああして見ると到底刀を壊したりするほど過激には見えない。…けれど実際に過激なことをしている現場を私は見ているのでなんともコメントに困る。

(教会でも病院でも結構アクロバティックだったし)

 教会では何をしたのか分からないけれど病院では実際にあの子供(?)を飛び蹴りで吹っ飛ばしている。少なくとも運動神経は悪くない。人外めいたことも結構している。


 じゃあやっぱり―――――――




 ――――なんて考えたところで止めた。どうせすべて憶測にしかすぎない。彼自身に聞いてもきっと話してくれない。そんな気がする。だったら考えたところで大した意味はないと思う。


「ぁーぁ」

『……』

 ああして雀に逃げられて微妙に落ち込んでいる。それが彼、サドだ。


「帰るよー…」


 急いで帰ろう。早く買い出しにいかないと夕飯がない。今度は迷い込んできたカラスを追いかけていた。


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