刀剣修復

「…安請け合いしちゃった」

『………』

 彼の無言が辛い。どうやら私は厄介なことに首を突っ込んでしまったようで、彼には呆れられていた。





―――――― ――――――― ――――――――




「カタナを…打ち直す……?」

 鎧武者がそういったので聞き返す。

『実は私の刀、』

 鞘から抜いて見せる。

「…ぁ」

『このように、酷い状態でして』

「………」


 素人目でも分かる。それくらい彼の刀は酷い状態だった。刃先は欠けて刃の部分は凸凹だらけ。鍔も大きく壊れ、握る部分も…なんともいえない。

 兜の奥の目が悲しそうに伏せられる。


『ずっと前の、ある方との対決でこのような姿に……いえ、無謀にも挑んだ私がすべて悪いのですが、まさかあそこまで一方的に………しかしもう一度―――――――』


 懐かしそうに熱く語る鎧武者を傍観する。目線に気付いたのか、一つ咳払いをして話を戻す。


『―――――……まぁ、それは兎も角……そういったことがあってこうなってしまった訳です。しかし、このままにしておくのは可哀そうです…どうにかして、元の姿に直してあげたいのです。…それが私の頼みなのです』

「…直すって……じゃあ、刀とか…あ、鍛冶屋とかにいけば――――――……あー…」

『お気づきになられた通り、私の姿はすべての方に見える訳ではありませんので……私が見え、尚且つ鍛冶屋であり、刀を打ち直すことができる方など……』


 物凄く低い確率―――――言われなくてもわかる。


『ですので、貴方にこの刀を打ち直して貰う、または打ち直せる方を探していただきたいのです』

「…」

 どう答えたらいいのか、躊躇してしまう。私が打ち直すことなんて到底不可能。刀を打つのはとても大変な仕事な筈。私じゃできない。

 かといって鍛冶屋の人に依頼をするのは難しい。打ち直してくれる人を探すこと、それに掛かる料金という面で難しい。私は今親戚からの仕送りのみの生活。余裕ははっきり言ってない。



「でも、貴方が見えないってことはこの刀も見えないんじゃ………」

『いいえ、問題はありません。……お手を拝借しても?』

「え」

 鞘に納めた刀を差し出される。それを受け取りかけた瞬間、彼に邪魔された。

「わ」

『…………』

『……駄目、ということ、でしょうか…』

 頷きもなにもせず彼は立ち続ける。独特の緊張感が辺りに漂っている。

 そして意外にも口火を切ったのは私自身だった。





 ――――――  ―――――  ―――――――




 その後の流れを軽く説明すると、諸々の説明が不十分なまま彼に会話を打ち切られた。直して欲しいと言われた刀も受け取れなかった……受け取りはしなかったものの取りあえず刀を修復してくれそうな鍛冶屋を探してみる、と答えた。武者には有難いと言って頭を下げられた。彼はずっと呆れた様子で私を見ていた。

「……ゴメン………でも、断り切れなかったの」

 微妙な態度の彼に謝罪しつつ本音を打ち明ける。ああして頼まれてしまうとどうも断れない。断ったら後が怖い、というのもある。しかしどちらかといえば前者の想いが強かった。

『…………』

 椅子から腰を浮かし、テーブル上のメモ帳を取ってなにか書き始めた。数秒で書き終えて、見せてくる。



 なぜ助けたい?――――――そう書いてあった。


「…え…なに」

 いきなりどうしたのか、と聞くのすら憚られる。そんな空気だった。

「どう…した、の……」

『………』

 冗談なんていっちゃいけない。そんな、空気。何かを見定められているような気がして、妙に緊張する。…それでも本心をいうしかなかった。私は嘘がつけないし。


「…なんで、かな」

『……』

「私自身もあまり分かっていないけど…」


 自分でも分からないところだった。引き受けたとして、きっと大した利益はでない。ただただ面倒で損するだけ。なのにどうして協力するのか。

 引き受けてしまった以上、今更断れないというのもある。…けれど――――――


「……見えちゃってるし…頼まれちゃったら………あの…断るのはちょっと……ね」


 最初から見えなかったならまだしも、見えてしまっていて、さらに聞いてしまった。私以外にあの武者を見える人がいるならまだしも、だ。

 見えている以上、無視と拒否だけは……できれば避けたかった。

(………無視は辛い)

 必死な想いを無視される。拒否される。その辛さは身に染みて知っている。



 なにか察するものでもあったのか、彼もそれ以上は聞いてこなかった。…ありがたかった。









 その日の夜からネットを利用して探してみた……ものの、悪い意味で予想通りの結果に終わった。

 教室の隅で溜め息をつく。問題は二つ。その両方ともが厄介だった。

 まず損傷が激しすぎるので修復の依頼自体が難しいことと、そもそも費用面が問題だった。引き受けてくれる人がいたとして、それに伴う金銭を私は持っていない。今私の手元にあるのは親戚から送られてくる仕送りだけ。とてもじゃないが足りない。

 アルバイト…をしたところで焼け石に水。…あと、個人的な問題でバイトとかをする余裕はなかった。

 じゃあどうすれば………安請け合いするべきじゃなかったと今更後悔している。


「………」


 天井を見つめる。そこに生まれた隙間から彼が小さく顔を見せる。


『………』


 だから言ったのに…暗にそう言われているような気がした。正直にごめんなさい、だった。









『…そうですか。中々に難しい、と』

「……ほんと、すみませんでした」


 放課後。人がいなくなったのを見計らって謝りに向かった。丁度今日は部活動も無いので、グラウンドに入るのは簡単だった。

 彼は隙間に入り、私の足元で様子をうかがっている。"何か"あってもすぐ対応できるように、らしい。


『何を謝るのです。そもそもが無理な頼みだった。それ以上でもそれ以下でもありませんよ』


 達観したような言い方をしてはいるけれど、どこか悲しそうだった。

 武者の腰に差された刀。もうまともに使えないその刀。そこまでの執着を見せる価値がある物なのか、気になるところだった。


『気になりますか』

「え」

『私がこの刀にここまでの執着を見せる理由です。お願いした立場である以上、詳細を話す義務が私にはあるというものでしょう』

「…ああ……まぁ………気になります」


 素直に答える。別に気にならないと答えるのは礼儀的に避けるべきだし、聞いておいて損もない。


『刀は武士の魂、という言葉を聞いたことは?』

「……何度か」

『しかし私の場合は…そんなことどうでもよくてですね』

「…はあ」


 それはそれでどうなのかと思った。でも、意外とそういう武士がいてもおかしくはない気もしていた。武士道だ刀が魂だと私たちが勝手にイメージを押し付けているだけで、本当はこの武者のような考え方が普通、という可能性もある。

 武者が続けた。

『私は元々鍛冶屋の出身でして、本来なら刀鍛冶として生きていく筈の身でした。…ですが、当時は若く、愚かなもので……"戦"というものに強い憧れを抱いていました』

 気持ちは…多少わかる。妙な例えだけど、今でいう所のプロ野球選手にあこがれるようなものだと考える。当時の人たちにとっては全力で捨て身で戦う姿が立派で素晴らしいものに映っていても決して変じゃない。今とは何もかもが違う。


『当然ですが、両親は猛烈に反対しました。…当たり前です。万が一、私が戦場で亡くなれば鍛冶屋を継ぐものが誰もいなくなる。そうなれば何もかもが壊れてしまう。当たり前の反対でした』


 当たり前という言葉を何度も使う辺り、後悔しているのだと感じた。後悔しても後悔しきれない。そんな声だった。


『…見ての通り、反対を押し切って戦場へ出ようとしたのですが……父がですね…………打ってくれたのです』 

「打つ…?」

『この鎧…そして刀です…』

「ああ」


 話の奥がようやく見えて来た。どうしてこの刀に執着するのか。理由が見えた。


「だから直したいと」

 大きく、確かに頷いた。

『……結局私は…大した戦績も挙げられず死んでしまいましたが……今、こうして、あの日、あのままの恰好で生きています。…それならせめて……せめて、この形見を。私の"恥"を父の想いを……せめて』

「………」

 思っていた以上に重く、強い意味がこの刀にはあった。……まぁ、ここまで聞いてしまった以上―――――――


『ですが、おそらくもう―――――』


 もう無理です、とは言えなくなってしまった。


「いや、まだ探してみます」

『…ですが』

「…もっと探して、本当に無理だってことになれば……その時に諦めるということに」

『……申し訳ない』

「…ぜんぜんです」


 大事な人から受け取った想いは大事にしないといけない。――――特にそれが優しい親からの想いなら、尚更そうだ。

 隙間から見える彼は、やっぱり微妙な感じだった。ごめん、と小さく手を合わせた。












 家に帰ってすぐ、また一から調べ直した。刀鍛冶だけでなく、刃物全般の修復を担当しているようなところまで目につくものは何でも検索した。

「……どうしようかな」

 それでも見つからないものは見つからなくて、試しに有名どころに電話をしてどれくらいの損傷なら直せるのか聞いてみたら、刃こぼれだけならまだしも、あの刀レベルになると難しいらしい。…こういうときの難しいは"不可能"ですと言われているようなもの。

 もう打つ手がなかった。どうするべきか分からなかった。………なのに私は往生際が悪く、気付いたら携帯に手を伸ばしている私がいた。

 意味も無く電源を入れたり消したり、ネットにつないだと思えば止めたり……自分でも何をしたいのかわからない。


『……』

「………うん…見つかんないの」


 ソファに寝転がる私を彼が見下ろす。結果を報告すればやっぱりそうかと言いたげに肩を竦めた。

『…』

 メモを渡される。諦めないのか、そう書いてあった。

「………うん」

 少し間ができたけど、頷く。

「なんだろ……諦めたら、いけない気がしてる」

 無理と分かっていてもどこかで諦められなかった。ここで諦めると何かが終わってしまうような、そんな、予感があった。

「…調べるだけ、調べる。全部やって、それで駄目なら…流石に諦めるよ」

 彼は黙ったまま、明後日の方向を見ていた。


『………』

「……」

『……――――――っ』

「…………?…」


 ただ、溜め息らしき音が聞こえたかと思えば、何故か両手を床につけ、裂け目を使って床をこじ開け始めた。


「え。なにして……る…の………?」

 質問を無視し、黙々と裂け目の中に手を突き入れる。動きからして何かを探しているらしかった。

(…アレ、どこかに繋がってるんだ)

 これまでは床にもぐったり壁とかを通り抜けられる程度のものにしか思っていなかったが、どうもどこか別の場所に繋がっているように私には見えている。それも私の理解の及ばないような―――――――…もし違うのなら、今開いた裂け目の奥は下の階に繋がっていることになる。だとすれば一体下になんの用があるというのか、という話だ。




 そして私を見て、手招きした。


「…?………―――――へ?」


 近づくといきなり手を引かれて、


「……は?」


 腰のあたりを抱きかかえられ、


「………―――――!?」


 大きく開いた隙間に、


「待っっ――――…………」


 彼と一緒に飛び込んだ。















「……」

『………』

「………えぇ…」

 鈴虫かなにかの声か羽音が聞こえる。…まぁ、場所が場所だからだと思う。

 彼の開いた裂け目の中は、どこかの森に繋がっていた。空には満点の星。…少なくとも、自宅から見えるような星空じゃない。都会とかは空気が汚いから星がしっかり見えない……と聞いた記憶がある。

 つまりはどこか遠くに、しかも田舎に近い場所に来てしまった…ということ。

「………あ」

 目の前にいた彼が手招きして歩き出す。その背中を慌てて追う。


 照明なんてあるはずもなく、念のために携帯をポケットから取り出す。懐中電灯とまではいかなくても、多少は灯りの代わりになる気がした。

「……」

『……』

 黙って彼の後ろに続く。たまに私の方に振り向いて無事を確認したりしつつ、どんどん奥へ進む。…なにか目的があるように見える。

 というよりもこんな場所、何か目的がなければこないと思う。単独ならともかく、私をこうして連れてきている。なんの目的もなく人を連れまわすような性格はしていない……ように思う。


(そういえば……)


 こうしてずっと一緒に行動していることに今更ながら違和感を覚える。なにが?と聞かれれば返答に詰まる――――ものの、理由を絞り出すことは出来た。

 まず、私はなぜか、彼に対して疑いを持っていない。普通なら彼のような"人外"を見て、ここまですぐ受け入れられるものか………という話だ。…いや…私が普通じゃない可能性だってあるので、しっかりとした理由かと言われれば違う。


 とりあえずこれについては保留して……次に…………次に……………


(………浮かばない)


 確かに妙な違和感はあるのに、どうしてか言葉にはできない。どうしても浮かばない。私の語彙力が不足しているのなら納得だけど、そういう類の感覚じゃない。

 無理に理由づけるなら、心臓病や強い恐怖体験をしたせいで誰かに頼りたくて一緒にいる―――――とも考えられる。…でも納得はできない。


 ブツブツと考えながら歩いていると何かにぶつかった。

『……』

「あ、ごめん」

 彼の背中だった。…彼が前方を指で差す。

「??………――――え…」


 その先を辿ってみれば、


「……石の家……?…違う…?」


 石の家…らしきものがあった。…家というより、何か作業をする時に使う離れ家に近いか。

『――――』

「え、行くの?」

 頷いて返された。そして私の手を引いて歩き出す。

『……』

 彼が足で扉を開ける。鍵は初めから掛かっていなかった。中は―――――


「…鍛冶場……」


 刃物とかを作るときに使うような大きな窯に、その辺りに散らばった金属の破片。中途半端な形の刃物が乗ったテーブル。鍛冶場…といっていいような場所。

 中を進む。テーブルにマッチ箱が置かれていた。

「……新しい?」

 触った感触からして煤も埃も被っていない。まるでついさっき置かれたような……そんな印象だった。

『……』

 彼が窯に何かを入れる。私の方を見て、手招きした。その手に従って近づけば、手の中のマッチを渡すよう促された。

 一本取り出して渡すと、何故か箱のマッチを全部取り出して、そして一気に火をつけて窯に放り込んだ。

「わっ……と……」

 あまりの火の勢いにたじろぐ。よろめいた身体を彼の手が支えてくれた。

「…ありがと」

『………』

 黙ったまま窯を見つめている。それに倣って、隣に座った。床は土がむき出しで、碌な修復もされないで荒れていた。

「…一気に燃えたね」

 何を入れたのか、窯の中は尋常じゃない燃え方をしていた。数分も経っていないのに空気が熱い。





「……それで…ここには何をしにきたの?」

 しばらく無言が続いたので聞いてみた。流石に目的が分からないと不安になる。彼が喋れないのもあって、酷く静かで寂しい。

『………』

「?」

『……』

 探るように私を見る。目がなくても威圧感は感じた。


『―――…』

「…??」

 何秒か経って目を逸らすと、地面をこじ開けるように手を動かす。すると隙間ができた。


 その中に、かなり深めに腕を入れる。

「……」

 状況をとりあえず見守る。何かを探しているらしい。


『……―――…――……………っ』

「あ」


 関係のない物品を取り出したりもしつつ、ようやく目当ての物を取ったのか動きが止まった。

『……』

「……」

『…――――』

 そして私を一瞥して、ゆっくりと腕を引き抜いて行った。


「……え」


 ずるりと引き抜いた手が掴んでいたのは


「…刀?」


 鞘のない、抜身の刀だった。……でも――――――


「……でも、それ…――――――」


 彼が肩を竦めた。


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